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るいとハジメとダンカン


「……フゴッ!」


 目が覚めた。

 私は目が覚めた。

 目が覚めて直ぐ、クリスマスの朝に子供がするように、バッと飛び起きた。

 サンタさんからのプレゼントを期待していたわけでは無くて、悪夢から現実に戻ったことを期待して、飛び起きたのだ。

 でも、私のぼやけた視界に映ったのは、自分のみっともない衣装から生えた、みっともない脚だった。


「クソ! ハイレグかよ!」


 寝起き声の虚しい叫びが部屋に響いて、その後にチュンチュン小鳥の鳴き声が聞こえた。


「起きた?」


 突然声を掛けられて、モンスターの恐怖から立ち直れていない私は総毛立った。

 声の方を見ると、部屋の入口からこちらの様子を探るように、少年が顔を出した。

 茶色い髪の少年だった。見た感じは小学生だか中学生あたり。

 知らん子だ。誰だろう……。

 私は眠い頭で必死に状況を整理しようとした。

 でも、状況を整理しようにも、整理できるだけの情報が無い。


 とにかく、話し掛けられたのだから返事しなきゃ。


「お、おはよう……。ハジメちゃんは?」

「誰? それ」

「ええとね、赤ちゃんいなかった?」

「そこで寝てるよ」 

「そっか。……ところで、きみだれ?」

 

 少年は木のカップを持っていた。私にスープでも作って来てくれたのかも。

 しかし少年は、その中身を自分で飲み始めた。


「僕? ダンカン」

「ダンカン?」

「名前」

「外国人なの?」

「違うよ。ここではそういう名前になるんだ」

「はあ?」


 彼はダンカン君だ。OK。私とハジメちゃんを助けてくれたのかもしれない。部屋には勉強道具やボードゲーム等のオモチャが散らかっていたから、ここはダンカン君の部屋なのだろう。

 そのダンカン君は外国人では無く、そういう名前なだけ……。

 寝起きの頭では、どうしようもなかった。


「そうゆう名前になるんだよ」


 その時、かわいい声が聞こえて、そっちに目をやるとミカンを入れるようなの木箱が置いてあった。

 

「るいにも、そうゆう名前があるんだよ」


 また気持ちの悪いことを言いながら、箱からハジメちゃんがにゅっと出て来た。

 相変わらず可愛い。親友っていうアドバンテージもあり、母性が芽生えそうだった。


「無事で良かった……。っていうか、ハジメちゃんのその知識どこから出て来るの? 本物のハジメちゃん?」

「本物本物。あほか。なんか、ここ来たことあるのかな……。ないわ。前世かな? 多分前世で有るんだと思う。あ、違うわ。ここに来る前に勉強したんだ」

「なになに、気持ち悪いこと言わないでよ。元のハジメちゃんに戻って欲しい……」

「いや……思いだした。わたしは重要なフェイトコンダクターとしての任務を背負って、仕方なくこの姿になったのさ」

「任務?」

「うん。そんな気がするの」

「なにそれ……。“そんな気がする”っていうレベルの言い回しじゃなかったけど……。それで、私の名前って何なの?」

「ルイン・ハサウェイ」

「ルイン・ハサウェイ!? なんかパクッてる! いやだ!」

「あっはっは! さあ、るい改めルイン・ハサウェイ! わたしと共に進むのだ!」

「ごめんやめて! 呼ばれるたびに赤面するから!」


 ダンカンは、緊張感の無い私たちのやり取りを黙って見ていた。部屋を出て居なくなったかと思えば、新しいスープを注いで持って来て、自分で飲んだ。


「でも、名前はるいが自分で決めたんだよ?」

「いやいや。そんなの決めてないし……」

「だってわたし見てたもん」

「ねえ」 ダンカンが言った。「何か食べる?」

「え、いいの?」

「いいよ。お金持ってる?」

「持ってない」

「そっか。でもいいよ」


 ダンカンは、付いて来なという風に手で合図をして、部屋を出た。

 私はハジメちゃんを抱き、狭い階段を下りて行った。ここですっ転んだら親友を殺してしまう……。赤ちゃん扱うのって怖いな。


「あのダンカンって子が、失神してるあんたとわたしを見つけてくれたんだよ」ハジメちゃんが言った。

「今はあの子よりもハジメちゃんのほうがずっと子供だけどね」


 一階は日当たりが悪いせいか、少し薄暗かった。

 レンガ剥き出しの壁を支えるように古臭い家具が並べてあり、リビングには公園の休憩所にあるような木のテーブルと、板に足が生えただけの二脚の椅子が置いてあった。

 部屋の隅にはソファーがあり、そのまま人が眠れそうな形をしていた。

 小さくシンプルな台所で、ダンカンはエプロンをつけてやる気満々だった。


「料理できるの?」

「やらなきゃ腹が減って仕方ないからね」

「お腹空いたけど……。やっぱりなんか、体がだるいわ……」

「モンスターの攻撃のせいかな?」

「ハジメちゃん見てた? 私なにかされてた?」

「触れただけって感じだったよ。でも毒とか電流が出てたのかもね」

「怖っ。生きてて良かった」


 その後、ハジメちゃんから、初戦で敗戦した情けない女勇者の話と、その後どのようにしてこの家に運ばれて来たのかなどの話を聞いた。

 私が倒れた後、ハジメちゃんが一生懸命助けを呼んだらしい。赤ちゃんの泣き声(嘘泣き)は、かなり遠くまで轟くのだと、彼女は誇らしげに語った。


 話の途中で、ダンカンが食事を持って来てくれた。それが朝食だか昼食だか良く分からなかったのは、部屋に時計がなかったからだ。

 皿にはスクランブルエッグに塗れた小魚が数匹乗っかっていて、朝の料理だか昼の料理だか判別できなかった。

 柳川鍋のように見ようと思えば見えなくもないその料理を頂くと、そのまんま玉子と小魚の味がした。


「ハジメちゃんも食べる?」

「どうかな? わたしの体格的に行けると思う?」

「ハジメちゃん何歳くらい? 一歳くらいかな。もっと小っちゃいか」

「分かんない。とりあえず、魚の骨は刺さったらヤバそうだから、玉子だけもらう」


 ダンカンはハジメちゃんのことを興味深そうに見ていたが、現実として受け入れてはいるようだった。

 彼は小さなスプーンを持って来て、ハジメちゃんに玉子を食べさせてくれた。


「優しいね」 私は感心して言った。こんな、客でもない人間を助けて寝かせ、ご飯まで食べさせてくれるなんて。


「別に。でも、勇者は好きなんだ」

「へえ、勇者が好きなんだ。……え、私? 勇者?」

「勇者じゃないの?」

「勇者じゃないよ! 戦えそうに見える?」

「じゃあなんでそんな格好してるの?」



“じゃあなんでそんな格好してるの?”



 私は狼狽えた。

 なんとも返すことが出来なかった。なんでこんな格好してるの? なんでだろう……。ブーツを履き、ハイレグスーツに短剣を差して、マントで背を覆い、言うなれば犯罪すれすれの超絶ダサい格好をしている。



“何でそんな格好してるの?”



 心に響いた。

 上手いこと言い訳しなきゃ……。

 じゃないと、好きでこんな格好をしている変態女だと思われてしまう……。


 切羽詰まって、私はこう答えた。




「私の国では割と普通だけどね。まあ、全員がこの格好をしているわけじゃないけど、普通にモテ服っていうか、どっちかって言うと女ウケするファッションではあるよね。確かに一見、奇抜って言うか、攻めの姿勢が出過ぎちゃってる格好に見えるとは思うけど、ほら、この色使いなんかは万人にウケる今年の新色を使ってるわけだし、このスタイルが今年流行るって、ヒルナンデスで益若つばさが言ってたし……」




 酸欠を起こしそうになって、私は言葉を止めた。

 私はハジメちゃんの顔を見ることが出来なかった。鼻で笑っているか、呆れているかのどっちかだ。


「変な国から来たんだね」


 ダンカンが率直な感想を述べた。

 私は、今のやり取りが存在しなかったかのように、小魚をむしゃむしゃと食した。

 現実逃避……夢幻逃避? する為には、いかに自分の味覚に集中できるかが重要だった。


「そっか。じゃあ、ハサウェイはモンスターを倒さないの?」

「るいって呼んで」

「分かった」

「私はモンスターなんか倒さないよ。日本に帰りたいだけ」

「日本ってどこ?」

「ずっと遠く。多分……」

「でも、るい」 ハジメちゃんが言った。「多分、モンスター倒したりしないと帰れないよ?」

「え、やめてよ! 待って? もしかして、タイムスリップとか異世界転生とか阿空間とか、そんなん?」

「良く知ってるね。そんな感じなのかな。後で調べとくよ」

「お願いします……」


 頭がくらくらしてきた。映画で見たことがある。おかしな世界に迷い込んでしまって、何か事を成さないと元の世界に戻れないって言う話……。

 ああ……どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 ここに来る前には可愛いパンツとカットソーを買ったんだ。美味しい食事を堪能してきたんだ。スマホも持ってたし、定期でバスや電車にも乗れたんだ。今は全部叶わない。鬱になりそうだった。

 

「そもそも、こんなか弱い女子が勇者とか、意味わかんない……」



 その時だった。



「意味なんてねえよ」


 知らない声がした。


「勇者はランダムに選ばれるんだ。それで、次はお前の番ってだけだ。ルイン・ハサウェイ」



 戸口から男が現れた。

 


 レ・ミゼラブル!


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