るいとハジメとトラメロ
私は「るい」。
否、私は伝説の女勇者、『ルイン・ハサウェイ』!
「すごいね。何度見てもスベってるよ、この名前……」
「知ってる……。名前変更できないのかな?」
「どうだろうね。今度役所で聞いてみようか」
素質占い師、ナターシャの館に立ち寄った帰り道。
ナターシャのことは最初から最後まで胡散臭く思っていたが、結果、有益な情報をくれた気がする。
当初の目的である必殺技についても、彼女はズバリこれだという答えをくれた。
「ズバリ! 『トラメロ』!」
「と、トラメロ……」
詳しく聞くとそれは、剣をしまい、足を踏ん張り、両の手を前方に付き出して「トラメロー!」と唱えることで、コツさえ掴めば飛び出す、魔法系の必殺技らしい。
「どんな必殺技なんですか?」
「あのね。ちょっと嫌な思い出を、相手に思い出させるの」
「嫌な思い出を思い出させる?」
「そう。それで士気を低下さたり」
「それだけですか?」
「それだけです」
「へえ……」
必殺技ってそういうのだっけ? 火が出たり、体力を回復させたりするんじゃないの?
しかし、ナターシャによると私の必殺技はトラメロで、少し嫌な思い出を思い出させるのがその技の特徴だった。
ナターシャは占いの結果をパソコンで打ち込み、プリントアウトしてくれた。
ファンシーなデザインが散りばめられた紙には、私の勇者としてのタイプ、資質、特徴、技、弱点などが書かれていた。
資質は経験や加齢によって変わるから定期的に来てね、と言われた。またあの占いを受けると思うと気が重い……。
「みして」
ハジメちゃんが要求したので、その紙を渡した。
「揺れて見にくい」
近くで座れる場所を探した。噴水公園までは少し距離がある。シャッターの下りている軽食屋の前にベンチが有ったので座らせてもらった。
「私もまだ読んでないんだ」
「先に読みたい?」
「別にいいよ」
「そっか。えっと……『ハサウェイ』……レベル2。勇者。いつの間にレベル上がってたの?」
「分からない……。カブトガニじゃない?」
「そっか。『スネ夫タイプ』。スネ夫タイプだって! あははははは!」
「うそ! 本当だ書いてある……。勇者なのにスネ夫っておかしいでしょ……」
「勇者だろうが内面は誤魔化せないんだよ。まあ、お金の無いスネ夫って最悪だけどね」
「そうだね……」
「要するに、長い物に巻かれつつ、ちゃちゃを入れるのが向いてるってことだね」
「向いてると思うけど、そんな勇者いないよ」
「既成概念に囚われちゃだめだよ、るい。ほら、長所『何かにつけ文句は言うが、基本は気が小さいので、なんだかんだでやる』って書いてある。当たってるよ!」
「ただの性格診断じゃん! 当たってるけど!」
「弱点『全般』。全般!」
「全般!!」
こりゃ弱いわけだ!
静かな街角にあるカフェのベンチ。定休日と書かれたの看板の前で、緊張感無く自分の勇者としての才能を確認して行った。
ずっと、この村に……この世界に来てから、自分が勇者であることに違和感を持っていたが、その違和感は本物だったんだ。違和感が、こうしてキッチリと、謎のフォントでもって記されている。
「こりゃ弱いわけだよ……」
私は脱力した。
実のところ、隠された才能やら、一発逆転の必殺技を期待していたんだ。
私が少なからず落胆しているのを、ハジメちゃんも気付いていた。
少年漫画のような展開を期待していたところまで気付かれているかは分からないけど……。
彼女は言った。
「でもさ。注目すべきは、るいがしっかりと勇者として分類されているということだよ。勇者証とはちょっと違う意味があると思わない?」
「そうなのかな」
「うん。しかも伝説のだから。幻の、だっけ?」
「伝説の方が良いな」
「どっちにしろ、クズじゃないってことでしょ。ゴミクズの、じゃないわけじゃん?」
「ゴミクズの勇者だったら色々諦める」
「ってことは、それなりの価値があるんだよ。成長して行ったら必殺技が凄くなるとか」
「そっか……。ねえ、必殺技試しても良い?」
「え、いいけど……」
深く考えずに言ったものの、ハジメちゃんの戸惑い顔を見て、自分が友人……しかも赤ん坊に向かって、必殺技を試させろなどとキチガイじみた発言をしたのだと知った。
でもまあ、良いって言ってるから良いか……。
私は、ナターシャが教えてくれたポージングを思い出しながら、心で呪文を復唱した。
周りを見た。人影は無い。誰かに見られたら完全にアウトっぽいことをやろうとしているので、タイミングは慎重に計らないといけない。
「いくよ……」
「うん」
「トラメロー!」
ババーン!
しかし、両手を突きだした大股開きの私の前で、ハジメちゃんのリアクションは薄かった。
「何ともないよ。やっぱり訓練が要るのかな」
「そっか」
「あ、違う。戦闘スーツじゃないからじゃない?」
「ああ……」
スーツは洋服の下に着ている。
洋服を脱ごうとしたが、向こうから男の子が犬の散歩しながら向かって来たので、とりあえずやり過ごした。記憶が消えたとしても恥じらいは捨てられないだろうな。
人通りに気を付けながら服を脱ぐ。
久々のハイレグスタイル。
この格好も、自分のレベルを上げて行けば、もっと可愛い、もしくは勇ましい格好に変えられるのかもしれない。今度誰かに聞いてみよう。
「まだその格好恥ずかしいの?」
「うーん。別にいいんだけどね……。公の場で脱ぐのが恥ずかしいのかも」
「ああ、確かに。変態っぽさ増すよ」
「変態性を否定して欲しいんだけど」
「ほれほれ、技やってみてよ」
「あ、そうだね」
周りに人がいないことを確認した。
「トラメロー!」
「なんともないよ」
「もう一回良い? トラメロー!」
「なんともないよ」
「……ハジメちゃんって、嫌な思い出とか無いんじゃない?」
「そんなことないよ。波乱万丈だよ」
「でも、家お金持ちじゃん」
「え? そうだけど?」
「うん……。もう一回良い?」
「バッチ来い」
私は集中した。何としてでも、この人生順風満帆で来た赤ん坊に嫌な思い出の一つでも思い出させてやりたかった。
目を閉じた。足から気を吸い上げ、胸に溜め込むのをイメージした。そして、手を突き出すと同時に気を放出するのだ!
必殺技が、こんな東洋的な方法で出るものなのかは分からないが、今はこれで精一杯なんだ。
私は目いっぱい両腕を突きだした。
「トラメロー!!」
目を開けた。
ハジメちゃんは、ケロッとした表情でベンチに座っていた。
「なんともなかったよ」
彼女は笑った。
私は脱力した。
「むずい……」
その時、視界の左の隅に動く物があった。
南門に続く緩やかな坂道を、白く、薄茶の模様が入った猫が登っていた。
その後ろ姿は心なしか、気落ちしているようにも見えたのだった。