50メートル走
私は一人
動かずに立っている
今この気持ちを言葉にするなら「不安」で
間違いないと思った
私は胸に手を当ててみる
心とかじゃなくて、本物の胸に
そうやって当ててみてから気付くんだ
手を当てているんじゃなくて
手で胸を強く押していたことに
まるで何かを押し込めるように
ああ、何度めかなこの気持ち
何度もいつの間にか体の真ん中に居座って
それを抱えて歩き続けることしかできない
でも、いつの間にかどっかへ行っている
抱えてたこともどっかへ行ってる
それだけは覚えてる
そして、今
繰り返すこと何度めだ
懐かしいほど前にも少し似た思いをしたような
そう
そうそう
あの時だ
まだ夏の時代の力を持った太陽が
運動場を照らしている日
私もまだ小さかったころ
白い線で引かれた
ただまっすぐに続く直線の道
横一列に赤と白の帽子を被った子供たちが
一緒にスタート地点についている
ただ
みんな前をひたすら見据えていた
私には分からなかった
目の前に祝福のゴールテープは見えているのに
走らなければならない距離は
50メートルなんだって知っているのに
どれだけ遠くにあるのか
今もまだ心じゃ分からなくて
信じられないままだった
けれど
待ってはくれない
何かせり上がってきそうなほどの
このドキドキバクバクは収まっていないというのに
関係なくピストルは上へと掲げられる
「いちについて」
いやちょっと待ってくれ
「よーい」
まだ心の準備が出来ていなー
「どん」
スタート地点から一歩
全員の足が前に踏み出されていく
私の中は空っぽになった
足が地については蹴り
また
足が地については蹴る
太陽の光に照らされた運動場は
なんだかいつもより
白く
明るく
光っていたような
ゴールした後の順位は覚えてない
けれど
もしかしたら
毎年やってくる運動会で一度ぐらい
一位を取ったかもしれない
ただ
絶対に確かだって言えることがひとつだけ
楽しかった
あんなに苦しかったのに
こんなにも楽しい気持ちがあった
そうだった
走り出せば、
どんな時もいつも楽しかった
そう
つまり今の私はまだ
走り出していない
お久しぶりです。
この度「50メートル走」を読んで頂き、
ありがとうございます。
今日投稿が出来て、
皆さんに読んでもらえる機会を得られて
とても嬉しいです。
それでは、
またお会いしましょう。