第二話 約束の娘
緑に囲まれたフルメヴァーラ城。北の大地を治めるガーランド家が城である。実直なガーランド家に相応しい実直な城。何百年もの間、バルバロイと呼ばれる異民族の侵入を拒んできた。野蛮人、バルバロイ。家を持たず、土地を持たず、常に馬で移動を続ける。力ある者が長となり、長の位は子には引き継がれない。群の中で女を奪い合い、時には父の違う子供を生むこともあるという。群の中で子供を育て、子供こそが彼らの宝だそうだ。その異民族バルバロイはこのブリガンテ《略奪の》王国に侵入を繰り返してきた。
今現在ブリガンテと呼ばれるこの王国を建国したのは東のエルヴァスティ家である。約百年ほど前にエルヴァスティはビルバリから玉座を略奪したのだ。名の通り、略奪の王国ブリガンテ。金の玉座を巡って常に戦いは続けられてきた。
「姫さま、やはりこちらの召し物の方がよろしいかと。お母上様はそんなに胸元の開いた服はお許しになりません。それに王太子殿下は華奢で儚げな女性がお好みらしいですよ。」
「ならば、やはりこちらの方がいいわ。王太子様も行幸の先々で、華奢で儚げな女性ばかりお目にしたでしょう。同じ趣向でいっても面白くないわ。一人くらい私みたいのがいなくては。胸元が美しく見えるように髪は高く結ってちょうだい、ばあや。」
寝巻きのガウンで鏡台の前に座り、気だるげな雰囲気であれこれと指図をする少女。簡素な装いがかえって彼女の美しさを際立たせる。
フルメヴァーラ城に到着した王家の一族に、ガーランド家は今宵宴を催す。その場で王太子に見初められさえすれば、こちらのものだ。
アマランテは自分の美しさを十分に理解しているし、その使い方も心得ている。どうすれば男が歓んで、彼女に傅くかは流れの娼婦が教えてくれた。
厳格な父母や乳母に知られたらなんて言われるかはわからないが、その娼婦は城では誰も教えてくれなかったことを教えてくれた。自分の魅せ方、会話の内容、男好きのする服装、 そして閨でのこと。全てがアマランテの知らない世界のもの。毎日のように隠れて町に下りてはその娼婦の元へ通った。だが、彼女は猫のように気まぐれに、いつの間にか姿を消してしまった。次の町へ向かったのだろう。彼女の仕事は高貴なお姫様の教師などではなく、流れの娼婦なのだから。
「ねえばあや、ばあやは王太子様の姿をご覧になって?」
「ええ、素敵な方でしたよ。身長は六フィートほどで、お兄様より少しばかり高くいらっしゃいました。王妃様と同じような赤い毛は、光の中では燃えさかる炎のよう。端正なお顔立ちは冷たい夜の月のように冴え渡って・・・・・・・・。」
アマランテの髪を梳かしながら、寝物語をするように乳母は優しく話しかける。
「私は王妃になれると思う?ブリッド=マリー叔母様がなれなかった王妃に。」
「あなたさまが王国中で最も王妃に相応しい方ですわ、アマランテ様。誰もがあなたを敬い、拝し、愛するでしょう。ブリッド=マリー様にはない強さを持った方ですもの、私の姫様は。」
鏡に映る一人の少女。蝶のように華やかに、蜘蛛のようなしたたかさを持つガーランド家の秘宝である。
彼女の父親は彼女に賭けていた。ガーランド家がかつての栄光を再び手にするには、娘の力が必要である。彼女が王太子の妃となり、男を生み、王妃になる。そうすれば自ずとガーランドの道は切り開かれる。暖かな地で異民族の襲撃に恐れることもなく、守られながら生きているオーギュスティーヌ。あの忌まわしい一族の鼻を明かしてくれる。幸いなことにオーギュスティーヌには王太子に相応しい年齢の女の子供がいないのだ。遠縁の娘はいるだろうが、王太子に相応しい血をひく女の子供は存在しない。神が味方したに違いない。