鳴けない鳥
『てめえ、今どこにいるんだ』
茂の声が心に響いた。
「(どこだと思う?)」
友哉は心で思い返した。
このやり取りを、今まで何度繰り返してきたことだろう。
そしてそれを、どれだけ心地いいと思ってきたんだろう。
『俺の質問に答えろ』
怒ってる。
友也はよく知っている。茂は人を心配するときにも怒る。悲しいときにも怒る。
昔から変わらないね。
友也は茂に伝えないように、心の中でその思いを広げる。
昔から優しくて、優しすぎて、でも不器用で、損ばかりしてた。
「(茂、俺たちさ)」
『…何だよ』
「(ちょっと繋がり過ぎてたんじゃないかな)」
『…』
心の中の沈黙。その中から、動揺が読み取れた。
初めて茂と出会ったとき――友也の住んでいるマンションの隣の部屋に、茂たちが引っ越してきたときの茂の第一印象は、「仲良くなれそうにないな」だった。友哉と茂が小学校三年生の秋のことだった。
ひ弱そうな背の低い母親に連れられて友也の家に挨拶に来た茂は、友也が目に入るや否やすごい目でにらみつけてきたのだ。
どちらかというと温厚で物静かな方だった友也は、明らかな苦手意識を感じた。
だから、驚いた。茂と繋がったときは。
『俺はお前と通じてることを嫌だなんて思ったことねえけど、お前は違うのか』
そんなはずはない。
茂と初めて会ったすぐ後、と母屋は自分の部屋で茂のことを考えた。
これからやってけるかな。ていうか何でにらまれたんだろう。明日から同じ学校だ。しゃべれるのかな。
茂のにらんだ顔を思い出した。
すると、ふっと、繋がった。
あまりにも自然に、体と体が重なるような感覚に陥った。脳が、心臓が、心が一つに合わさって、幸せすぎる気持ちがした。
ずっと探していた唯一の存在に巡り合えた、そう思った。
「嫌なわけないだろ」
思わず声に出した。ふと周りを見る。集まる視線。
奇怪なものを見るようなその目たちが、ひどく不愉快だった。
俺と茂のことなんか、お前らには一生わからない。わからせない。
『…じゃあ、何でそんなこと言うんだ』
視線を無視して、歩みを速める。
「(ずっとは無理だ。…繋がり続けることは)」
『どうして』
「(俺の繋がりは弱り始めてる)」
自分で言って、死ぬほど悲しかった。
「(気付いてただろ)」
『…あぁ』
心に聞こえる茂の声が、だんだん小さくなっていることに気付いたのは、つい最近のことだ。きっと茂はもっと前から違和感を感じていただろう。
そして、沙樹のことも。
沙樹と出会って、茂と沙樹は繋がった。友也は繋がれなかった。
嫌でも、友哉には新しい繋がりを築く力はないのだと、思い知らされた。
二人が繋がったとき、すごく幸せそうな顔をしていた。沙樹は涙を流した。
友也はそれを見ていた。二人の外から。
「(俺たちは繋がり過ぎてた。繋がるのが当然過ぎて、それが出来なくなることが恐ろしいんだよ。体の一部が欠損するみたいな気持ちがする)」
『それは、俺も同じだ』
「(うん、ありがとう。わかってる)」
それでも。
「(…でも、もう戻れないから)」
気付いてしまった。茂と沙樹が繋がったときに。
言いようのない悲しみと、疎外感以外の、その感情に。
抱いてはいけなかった感情に。
茂と繋がることは、自分だけの特権だった。沙樹が現れるまでは。
特別ではなくなった。それに、腹が立った。
そんなのは紛れもない、ただの嫉妬だった。
『なんでそうなるんだ。繋がれなくなるからか?』
「(…)」
『ふざけんなよ。例え繋がれなくなったとしても、お前が大事な存在なことに変わりはないだろうが。友也も同じだろ』
「(…うん)」
違ってしまった、『大事』の意味。
俺は茂を愛してる。
だから、行くんだ。
「(ごめん、今までありがとう。楽しかった)」
『おい!』
繋がりを遮断する。
肩がふっと降りた。力が入っていたことを知る。
これで終わりだ。茂との10年。
待ち合わせの場所に、足が届いてしまった。
「いいのかあ、彼?」
白衣にあごひげの男が、こちらを見て無表情で言った。
「いいんだ、ほっといてくれ」
「まあいいけど。すげえ顔してたよ、この世の終わりだけど仕方ない、死のう、みたいなさ」
「…」
この世の、終わりか。
「まあ、俺としてはこっちサイドにお前が来てくれるだけで大助かりだし、何も言わねえけど」
男は口笛を吹く。
「じゃあ、行こうぜ。こちら側へようこそ友哉くん。その優秀な頭脳を思う存分生かしてくれよ」
そう言って、男は歩き出す。
その背中を見て友哉は思う。
これから何でもできる。どこにだって行ける。この男のおかげで。翼をもらったような感覚。
でも、もう会えない。話せもしない。そういうことだ。
たったそれだけのこと。
友哉は、男に続いて歩き出した。
男の背中は、やけに大きく感じた。
読んでくださってありがとうございました!