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初節句

作者: 日下部良介

 息子が生まれたのを機に田舎の親父が届けてくれた。今年の初節句に飾るようにと。

 僕が小学校の途中までは毎年居間に飾られていた兜。箱を開けると、懐かしい写真が入っていた。付属の陣羽織を着て頭より大きな兜を被り脇差を手にポーズを決めている。

「あら、これお父さん?」

 妻が横から覗いて言う。もちろん、“お父さん”とは僕のことだ。今までは名前で呼ばれていたのに、子供が生まれた途端に“お父さん”になった。

「どうだ?可愛いだろう」

「そうね…。可愛いと言うよりはきかん坊という感じかな」

「ああ、よく親父に怒られたよ」

 そう言って、別梱包の脇差を取り出した。鞘の飾り付けが壊れている…。はずだった。

「へえー。親父のヤツ直したんだなあ」


 小学校の三年になったときだっただろうか…。兜と一緒に飾られていたこの脇差を外に持ち出して近所の子供たちとチャンバラをやったことがある。その時に。放り投げた鞘がコンクリートの塀にあたって飾り付けの一部が壊れてしまった。その時の親父の怒鳴り声が今でも頭の中で響いてくる。確か、その翌年から兜は飾られなくなったような気がする。

 

 箱の中から出てくる兜の付属品は懐かしいものばかりだった。毎年親父が飾り付けをしていたし、まだ子供だった僕は触らせてももらえなかった。

 その頃の記憶をもとに、今は僕が僕の息子のために飾り付けている。

「まあ、こんなもんかな」

「うわあ!立派な兜じゃない」

 妻が感心して隅から隅までなめる様に見ている。

「男の子はいいなあ。こんな格好いい兜があるんですもの」

「女の子だって雛人形があるじゃないか」

「雛人形なんて絶対に触らせてもらえないんですもの。つまらないじゃない」

 そう言って脇差を手に取る妻。鞘から抜いてみる。

「本物みたい。私が男の子だったら絶対にこの刀でチャンバラごっこやるわ」

 そう言って脇差を振り回す妻を見て僕は苦笑した。

「男だって同じだよ。僕も子供の頃は触らせてもらえなかったんだ。一度だけ、親父の目を盗んでその脇差を持ち出したことがあるんだよ。その時にさやの飾り付けを壊しちゃって大目玉をくらったんだ。」

 僕の話を聞いて妻は慌てて刀を鞘に戻す。

「へえーそんなことがあったんだ…。あっ!ここね。ここだけ金属が新しいものね」

「こいつのためにわざわざ直してくれたみたいだ」

 その視線の先にはそろそろ十か月になる息子がすやすやと眠っている。

「でも、この子が被るのにはまだ早そうね…。ねっ!どう?」

 振り向くと、妻が兜を被ってVサインをしている。

「どう?似合う?」

 まったく…。


 初節句のお祝いには田舎の両親を招待しよう。そして、この兜の前で記念写真でも撮るか。その時、兜を被ってVサインをしている妻の姿が目に浮かび、僕は一瞬ぞっとして身震いした。

「どうしたの?寒いの?窓閉めましょうか?」

 まあ、我ながらいい家族だと思う。これからはこの子のことを見守って下さいね。そんな願いを込めて僕は兜に向かって手を合わせた。妻の頭に被せられた兜に向かって。






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