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「……カップ麺だった」


「そういえば大谷君、前に花占いが趣味って言ってましたよね」


「デートの昼飯が、お湯を320ml入れて三分で出来ちゃうカップ麺だった……」


「今時花占いって古いですよね、どんな花でやるんですか」


「え、ああ、バラかな」


「バラに花びらはありません。赤いあれは花弁です」


「じゃあ桜」


「初めから五枚って分かってるじゃないですか」


「まあ花占いなんてやったことないし」



お昼を食べ終え、何だか呆然としている大谷に話題を振ると、流石大谷と言うべきか、茫然自失の渦中でも彼のボケに隙はないらしい。



「それよりカップ麺……」


「貴方に費やす光熱費は持ち合わせてませんので」


「酷い」



おいおいと泣く真似をして、そんなに手料理じゃないのが残念なのか、本当に不思議な人だ。


ふと思い出してみて、嘘吐きという点では中学時代と何ら変わりがないけれど、こんなにも演技じみていたかと聞かれれば、答えは否である。


もっと自然な誘導で皆の雰囲気を和らげて、今みたいに白々しい嘘で人を苛立たせるようなタイプでは決してなかった。



きっと高校で色々あったんだろう。


私にも彼にも三年半の空白があって、何かが変わるには十分過ぎる時間だからな。



それにしても私にとっては彼が初めての彼氏になるわけだが、彼にとって私は何番目の恋人なのだろう。


それこそ三年半もの年月だ。少なくとも一人ではない人数が算出されそうだ。



素朴な疑問というものが大概そうであるように、突然頭に浮かんだそれは妙に気になって、別に知った先に何があるわけでもあるまいに、ぐるぐると頭を巡っていく。



インスタント麺の残ったスープをちょびちょびとすすっている大谷に目をやって、改めてじっと観察してみる。



大体に異性どころか同性からも受けのいい性格。


ルックスは中の中。平均より五センチ程高い身長に、運動部を思わせる体格だ。声は穏やかな低音で、言いようによっては愛嬌十分とも取れる嘘ばかりを吐く。


きっと、男女構わず五人くらい同時に捌いていたに違いない。何て不貞な輩だ。



「けしからん」


「……深川さん?」


「あ、いえ、何でも」


「それより人の話、聞いてた? 深川さんの高校時代、聞かせてよ」



私が聞きたいのは大谷の高校時代恋愛遍歴なのだが。


期待と真反対の大谷の質問に私は投げやりに返事する。



「平々凡々に暮らしてました。特筆することもないかと」


「それでもいいからさ」


「そう言われましても。そうですね」



辟易する程に凡庸だった自身の三年間を振り返って、誰もが同じような人生を歩んだに違いない、至って標準的な思い出を語ってみるが、どうしようもなく退屈である。



入学式に緊張して、体育大会に大声を出して、文化祭にはしゃぎ回り、修学旅行では観光そっちのけの徹夜三昧。


一年生の期末試験で試験教科を間違えて頭を抱えただの、同年の冬にはどうにも息の合わない相手と馬鹿らしい嫌がらせをし合ってみただの、まさかの三年生最後の調理実習で友達が塩と砂糖を間違えて阿鼻叫喚だっただの、そして卒業式は意外にも皆が泣いて私はそうでもなかっただの。



十人集めて話させれば全く違わぬ内容の思い出話が聞けるような、そんな青春であろう。



だというのにその間の三十分程、買い置きしてあるお菓子を出して、水道水を飲みながらも、大谷は楽しそうに聞いていた。



相変わらず変な人だな、そう思いつつ、以上ですと締めくくると、ほうっとやっぱりご満悦な大谷だ。



「満足ですか」


「うん」


「そうですか」


「でも」



だから、そういう顔をするな。


にこにこしながら、逆接の接続詞を使って、彼はそうやって必ず面倒な何かを発するんだ。



何だか慣れてしまった流れに、溜め息を吐くと、大谷はやっぱり爆弾を投げて寄越す。



「高二の話が全然なかった」



どうして、そう、鋭いんだ。


脳細胞が酸素を求めて喘いで、視界が白んだ。


そっと水で口内を湿らせて、絞り出すように震える言い訳を口にする。



「……一年も二年も三年も似たようなものですから、偶然高二の話が少なかっただけでしょう。それが何か」


「いや、何かあったのかなって思って」


「特に」


「そっか」



そう。特に何もなかった。


高二と言えば、高校生活に慣れて来て、勉強もなかなかで、将来への嘱望もあって、恋愛にだってそれなりな興味があって、そして、儚い影に出会ってしまった、そんな年だった。



香水をつけた誰かが、友達になろうと言った。


何度訪れても真っ白で殺風景なその人の部屋で、私達は何かを失った。


笑いもせず、泣きもせず、私達は大事だったはずのものを手放した。



ただ、それだけのことだ。



逃げるように目を向けた窓からは青い空が見えて、流石に寒いですね、と言いながら立ち上がって窓を閉める。


眼下をカップルらしき男女が楽しげに通り過ぎて、腕を組む彼女らへ目眩に近い既視感を覚える。



香水が、漂った気がした。



秋の高い空は酷く苛立たしいから乱暴にカーテンを閉めて、振り返りざまに放つ言葉は、恐らく八つ当たり以外の何物でもなかったのだろう。



「大谷君」


「どうしたの」


「私は恋愛が何たるかを知るために貴方と付き合っているんですよね」


「うん、そうだよ」


「では、その恋愛ごっことやらに性交渉は含まれますか」


「……ご冗談を」


「まさか」


「……後悔しても知らないよ」


「構いません」



後悔なんて、二年も昔に置いてきた。



カーテン越しの覚束ない明かりの中、カップ麺の容器とお菓子の袋が散乱するこの部屋で、誰かが悲しげに笑った気がした。


 

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