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大体、どうして引っ越した先で中学時代の知り合いに出会うんだ。


心の中で悪態を吐いて、普段はあんまり動かさない表情筋でわざとらしくその気持ちを露呈させてみたら、普通の人なら気持ちを察してくれるだろうに。


目の前の旧友は人懐こい笑みを浮かべ、感動の再会だの奇跡はあるんだ、だの抜かしている。



ああ、そう言えばこの男はそういう奴だったなあ。



犬に例えるならゴールデンレトリバーか。


女子を魅了する柔らかそうな髪と、全てを癒せるんじゃないかって感じの柔和な笑顔。


決して美形ではなく、言ってしまえば端正からは程遠い顔立ちなのだけど、まあ、つまり、愛嬌に溢れた彼は、クラスの人気者。



皆が嫌がる仕事を快く引き受け、先生が怒鳴ろうと生徒同士が喧嘩しようと一言二言彼が喋れば、世界は笑いに包まれた。



まさに、天使のような、男。



「あれ、もしかして人違いだったりする? だとしたら、俺、相当恥ずかしいな。君、深川優香さん、だよね?」



天使と言うには些かフランク過ぎる人柄ではあるが。



「そうですけど」


「良かった、恥晒しにはならなかった。じゃあ、俺のこと忘れちゃったのかな。中学三年生の時に一緒のクラスだっただけだもんね」



決して都会とは言えないこの街。

時計は夜の八時を指し示していて、秋の夕日はとうに住宅街の向こう側だ。



会社帰りのサラリーマンが訝しげな目線を寄越して通り過ぎていった。


きっと通行人の目には下手なナンパにでも見えたろう。



しかし、目の前の彼はそんなものを気にすることなく、寧ろ視界に入ってないようで、頭の後ろを掻いて「覚えてて欲しかったなあ」とぼやいている。



「ま、忘れられちまったもんは仕方ない。改めて名乗ろう。俺は君の中学時代の同級生。大谷敬。歳は十八、番茶も出花。趣味は花占い。実は君に会うためにここまでやってきた。そう、つまり、君に片思いしたまま何も出来なかった臆病な男なんだ」


「そうですか。初めまして。では、さようなら」


「ちょ、何、その展開。どう考えても今の流れは驚くところでしょうが。俺は中学の三年間、君に夢中だったの。なのに、さようならって」



彼の横を通り過ぎて、街頭に照らされた夜道を自宅へと進むと、彼は構わずについてくる。



本来ならあら素敵、敬君、実は私も好きだったの、とか、そういう展開になるわけで。

ほら、漫画でも小説でもあるじゃないか、遅刻しそうになってトースト咥えて走ってたら角で誰かにぶつかると、それは転校生でさ、後に二人は恋に落ちるって奴。

そういうお約束って言うのかな。演技でもいいから、深川さんもそういうのやると人生楽しくなるよ。



長ったらしい演説をかまして、演技が人生を楽しくすると言うのなら、先程彼が言った片思いとやらも彼の人生を彩るスパイスに過ぎないのだろうか。


だとしたら、何という身勝手。



私だから良かったものの、普通の神経をした女の子なら、嘘で好きだと言われたら怒るだろうし、そう言った重要な気持ちを偽るなどとは随分と非礼ではないか。



「ついて来ないで下さい。私は貴方と話す気はありません」


「いや、でも、俺もこっちに用事だしさ」


「……大体、お約束って何ですか。先が読める小説に何か価値があるんでしょうか。平凡な女の子と格好良い男の子が恋をする話や、剣と魔法が勧善懲悪をなす話や、スポーツを通じて友情を語る話に、どんな魅力があるんです。泣いて笑って恋をしたいのなら現実ですべきであって、紙に記された文字が提供するのは、もっと別のもののはずで」



言葉を軽んじる男にそんな怒りを向けても仕方ないのに、思わずそう抗議してしまったのは、きっと職業病のようなものだろう。


が。



「あれれ、もしかして、深川さんさ、小説家志望、だったりする?」


「え」



まず、足が止まった。次にジジ、と街頭の電気か何かの音が鼓膜に届いた。それから冷や汗をかいて、足を止めたことを後悔した。



「図星か。そっか」



彼にとっても予想外の展開だったのか少々罰の悪いそうな声。



バレてしまった。


例え自宅の位置がバレようと、例え恥ずかしい趣味がバレようと、それだけは隠したかったものが、バレた。


しかも、自分の失態で。



熱くなる顔に反比例して凍りつく背筋に、恐る恐る隣の彼の横顔を伺うと、きっと馬鹿にしたような顔か、笑い出すような素振りか、そんな類のものを想像していた私には、少々予想外な表情を浮かべていた。



悲しそうに、笑って。遠い過去を振り返るような目。俺もさ、なんて、全くもって絵になる台詞の言い出しだ。



「実は、その、小説家志望だったんだ。だけど、親の都合で医学部行けって言われちゃって。医学部っつったら、国家試験だよ。小説書いてる暇なんてないの。全く、世の中、馬鹿げてるよなあ」


「そう、ですか……」


「だから俺は羨ましいよ。夢を追いかけられる君が」


「大川君……」


「いや、大谷ね」


「というか、今の嘘ですよね」


「バレた?」



全てを白日に晒す一言を口にすると、彼は先程と打って変わって嬉しそうな笑みになり、これだけ表情豊かなら小説家や医者より俳優に向いてるんじゃなかろうか。


可愛い男子ばかり所属する事務所か何かがあるだろう。

そこに応募すればいい。


長身に程良い体格。

朗らかな顔、明るい性格。


首都圏から微妙に離れたこんな田舎の、蛾が群れるような街灯ではなく、映画の撮影で使うライトとライト板と、他にも何やらかにやらとにかく明るいものに照らされているのがお似合いだ。



嘘吐き狼少年はその嘘から命を落としたわけだが、この大川、違う、大谷は、いつ命を落とすのか。



「貴方、大学通学のためにこの郊外に来てるんでしょう? その大学に大嘘吐きって噂を流されたくないなら、私の夢なんて忘れて、どっかに行って下さい。それでは」


呆れのため息を吐いて、その場を立ち去ろうとすると。



「あのさ!」



ああ、これは良くない予感だ。


例えばここが小説の世界なら、彼と私は恋に落ちるような筋書きになっていて、今から彼が発する台詞は、その恋愛に至るまでのきっかけを作るような、爆弾みたいな発言なんだ。



さよなら、私の平和な一人暮らし。


 

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