第六話「書きすぎた代償」
「あと何回、書けますか?」
アリアの言葉が、頭の中で何度も反響する。
(回数……?)
考えたことがなかった。
でも確かに。
あの力は無限じゃない。
(頭痛、記憶の流入、ズレ……)
全部、代償だ。
「……どういうことですか」
リゼットが問い詰める。
視線が、私とアリアの間を行き来する。
「簡単ですよ」
アリアは軽く肩をすくめた。
「この人、“物語を削ってる”んです」
「削る……?」
「本来あったはずの展開を、別の結果で上書きする」
一歩、こちらに近づく。
「その分だけ、“元の物語”が押し返してくる」
(……やっぱり)
仮説は、ほぼ確定だった。
「つまり」
リゼットが低く呟く。
「あなたは、この世界に干渉している?」
答えられない。
否定も、肯定もできない。
「……試させてください」
リゼットが言った。
「何を?」
「あなたの力です」
(……やるしかない)
ここで逃げたら、全部終わる。
私はペンを握る。
(慎重に……)
『ユイは、机の上の本を少しだけ動かした』
小さい変化。
負荷を抑える。
……数秒。
コト。
本が、わずかにズレた。
「……!」
リゼットの目が見開かれる。
(成功……)
だが、その瞬間。
ズキンッ!!
「っ……!」
強烈な痛み。
さっきより、明らかに強い。
(なんで……!?)
小さな変化のはずなのに。
そのとき、気づいた。
(“机の上の本”……?)
曖昧すぎる。
(特定してない……!)
つまり。
(“範囲が広すぎる”)
その瞬間。
ガンッ!!
部屋中の本が、一斉に動いた。
「……は?」
棚の本が崩れる。
机の上が散乱する。
紙が舞う。
「危ない!」
リゼットが私を庇う。
ドサドサと、本が落ちる音。
静寂。
「……今のは」
リゼットが呟く。
私は、震えていた。
(やばい……)
小さな一文。
たったそれだけで。
(範囲が暴走した)
「……ふふ」
アリアが笑う。
「雑ですね」
その言葉に、イラつきが走る。
「仕方ないでしょ……!初めてなんだから!」
思わず言い返す。
「初めて?」
アリアが首を傾げる。
「あなた、何回もやってますよね?」
言葉が詰まる。
「その力、“慣れてる動き”でしたよ?」
(……見抜かれてる)
「ねえ」
アリアが近づく。
「あなた、本当に理解してます?」
その瞳は、冷たかった。
「それ、“魔法”じゃないですよ」
「……じゃあ、何?」
一瞬の沈黙。
そして。
「“物語の侵食”です」
ぞくりとした。
「あなた、書くたびに」
一歩、さらに近づく。
「この世界、削ってますよ」
(削る……)
頭の中で、何かが繋がる。
(だから、元の物語が押し返してくる……)
つまり。
(均衡が崩れてる)
「……限界は?」
私は聞いた。
「ありますよ」
アリアは即答した。
「たぶん」
笑う。
「“世界が耐えられなくなるまで”」
その言葉に、空気が凍った。
(……やばい)
これは。
(本当に、取り返しがつかない)
だが。
それでも。
(止められない)
私は、ペンを握りしめた。
(この力があれば)
どんな展開も。
(変えられる)
そのとき。
「ユイ様」
リゼットが、静かに言った。
「あなた、危険です」
まっすぐな視線。
「ですが同時に」
一歩、踏み出す。
「――必要な存在でもある」
(……選ばれてる)
その実感が、じわじわと広がる。
そして。
アリアが、笑った。
「いいですね」
その笑顔は。
明確な敵意だった。




