第四話「書けば壊れる」
アリアが部屋に入ってきた瞬間、空気が変わった。
軽く微笑んでいるのに、その気配はまるで刃物のように鋭い。
「……何か、書いてましたよね?」
静かな声。
逃げ場を塞ぐような言い方だった。
(バレてる……)
だが、ここで認めるわけにはいかない。
「……何のことでしょうか」
できるだけ自然に返す。
アリアは、じっとこちらを見つめた。
そして、ふっと視線を机に落とす。
「インク、薄くなってますよ」
心臓が跳ねる。
机の上。
さっき書いた紙。
確かに、文字がほとんど消えかけている。
「普通、そんな風に消えませんよね?」
(やばい……)
一歩、距離を詰められる。
「ねえ、ユイ様」
顔が近い。
囁くような声。
「“何をしたんですか?」」
――耐えきれず、私は口を開いた。
「……書いたんです」
「え?」
「ただ、紙に書いただけです」
アリアの目が細くなる。
「それで?」
「……現実になりました」
沈黙。
数秒の、重たい静寂。
そして――
「……やっぱり」
アリアは、嬉しそうに笑った。
その笑顔に、ぞくりとする。
「あなた、“外側”の人ですね」
(外側……?)
意味はわからない。
でも、この子は確信している。
「いいなぁ」
ぽつりと呟く。
「私も、そっちに行きたかったのに」
その言葉は、あまりにも不自然だった。
(この子……何を知ってるの?)
問いかけようとした瞬間。
――ズキン。
頭に激痛が走った。
「……っ!」
思わず膝をつく。
視界が歪む。
呼吸が乱れる。
「なに……これ……」
アリアがしゃがみ込む。
「それ、“反動”ですよ」
「……反動?」
「書いたんでしょう?」
楽しそうに言う。
「この世界、本来固定されてるんです」
「固定……?」
「でもあなた、それを無理やり変えた」
――ぞわり。
嫌な予感が走る。
「だから、その分だけ」
アリアは、優しく微笑んだ。
「“帳尻”が合わされる」
ズキンッ!!
さらに強い痛み。
頭の奥を、何かに引き裂かれるような感覚。
同時に。
――視界が切り替わる。
知らない風景。
知らない記憶。
知らない感情。
「……これ、なに……」
「“元の物語”ですよ」
アリアが、平然と答える。
「あなたが変えた部分の、“元の流れ”」
(まさか……)
理解する。
(押し込まれてる……?)
書き換えた内容の代わりに。
元の物語が、無理やり流れ込んでくる。
「……ふふ」
アリアが笑う。
「面白いですね」
「なにが……」
「あなた、“壊しながら進んでる”」
その言葉に、寒気がした。
「ねえ、ユイ様」
アリアは立ち上がる。
「気をつけてくださいね」
振り返りながら。
「書けば書くほど、この世界――」
一瞬だけ、表情が消えた。
「壊れますから」
扉が閉まる。
静寂。
(……最悪だ)
床に座り込んだまま、息を整える。
整理する。
・書けば現実になる
・だが、反動がある
・元の物語が押し返してくる
つまり――
(無制限じゃない)
どころか。
(むしろ、危険すぎる)
だが。
ゆっくりと、立ち上がる。
(それでも)
この力は。
間違いなく――
使える。
「……なら」
私は、ペンを握り直した。
「“壊れない範囲”で使えばいい」
そのとき。
コンコン、とノック。
「ユイ様、失礼します」
入ってきたのは、初めて見る人物だった。
長い黒髪の女性。
鋭い目。
無駄のない動き。
「私はリゼット。王都魔導局の調査官です」
(……新キャラ?)
そんな設定、なかった。
「あなたの魔力測定結果について、確認させていただきます」
――物語は、さらにズレ始めていた。




