第二話「設定が、壊れてる」
広間の空気が、明らかにおかしかった。
本来なら――
ここはただの通過イベントのはずだ。
貴族の子女たちが順番に魔力測定を受けて、
一喜一憂して終わるだけの、何の波もないシーン。
なのに。
(なんで……ヒロインが、あんな位置にいるの?)
銀髪の少女、アリア。
彼女は本来、この時点ではまだ登場しない。
物語の中盤、特別な事件をきっかけに現れる存在だ。
それが今、
まるで“最初からここにいる人物”のように、
堂々と中央に立っている。
(あり得ない……)
違和感が、確信に変わる。
この世界は――
設定からズレている。
「次、ユイ・アルセリア様」
呼ばれて、はっとした。
(……まずい、集中しないと)
今は考えている場合じゃない。
私は前に進み、魔力測定用の水晶の前に立つ。
透明な球体。
これに触れれば、魔力量と適性が可視化される。
(このキャラは……確か“平均以下”だったはず)
モブだから、特に意味のない数値。
つまり――
(ここは、変わらないはず)
そう思って、手を伸ばした。
水晶に触れる。
――瞬間。
ぶわっ、と。
空気が震えた。
「……え?」
水晶が、淡く光る。
いや、それだけじゃない。
光が、揺れている。
まるで、不安定に、何かを“選ぼうとしている”みたいに。
(なに、これ……?)
ざわ……と周囲が騒ぎ始める。
「今の、見たか……?」
「光が……変じゃないか?」
「測定器の不具合か?」
教師も眉をひそめている。
だが、次の瞬間。
光は――
ぴたりと止まった。
「……魔力値、Cランク」
会場が、一瞬静まり返る。
(C……?)
あり得ない。
このキャラは、確かEかDだ。
Cなんて、普通に“優秀側”の数値。
(なんで……上がってるの?)
混乱する。
だが、それ以上に。
さっきの“揺れ”が気になる。
まるで――
(……選び直されたみたいな)
そんな感覚。
「ふふ……面白いですね」
不意に、声がした。
顔を上げる。
アリアが、こちらを見ていた。
その瞳が、細くなる。
「あなた、“変わりましたね”」
どきりとする。
(なに、それ……)
まるで、私の中身に気づいているみたいな言い方。
「……何のことでしょうか」
平静を装って返す。
すると、彼女はくすりと笑った。
「いいえ。ただ――」
一歩、近づいてくる。
距離が、妙に近い。
「“物語が動いた”気がしたので」
――心臓が、止まりかけた。
(この子……知ってる……?)
いや、そんなはずはない。
これは私の書いた世界だ。
彼女は“キャラクター”であって、
そんなことを認識する存在じゃない。
なのに。
「ねえ、ユイ様」
アリアは囁く。
「あなた、“何をしたんですか?」」
冷たい指が、私の手首に触れた。
びくりと身体が跳ねる。
(何もしてない……!)
そう言いたいのに。
言葉が、出ない。
なぜなら。
私自身が、一番わかっていないから。
(今の……なんだったの……?)
ただ触れただけだ。
何もしていない。
でも確かに。
結果が変わった。
「次の方、どうぞ!」
教師の声で、流れが再開する。
アリアは、何事もなかったかのように離れた。
けれど。
その視線は、ずっとこちらを捉えたままだった。
(……落ち着け)
広間の隅に下がりながら、思考を整理する。
まず。
・ヒロインが早期登場している
・性格も違う
・イベント順もズレている
ここまでは確定。
そして。
・私の魔力値が変わった
・測定時に“揺れ”があった
(つまり……)
一つの仮説が浮かぶ。
(この世界、“固定されてない”)
本来、物語は決まっているはずだ。
設定も、展開も。
でも今は違う。
(変えられる……?)
いや。
もっと正確に言うなら。
(“再選択されてる”……?)
あの瞬間。
水晶の中で、何かが選ばれていた。
まるで。
(物語の分岐みたいに)
そして、その結果。
本来の設定とは違う“Cランク”が確定した。
(もし、そうなら……)
ごくりと唾を飲む。
(私は……)
この世界の“展開”に、干渉できる。
完全にコントロールはできない。
でも。
(選び直させることはできる)
そこまで考えたとき。
ぞくっと、背筋が震えた。
それは恐怖じゃない。
――確信に近い、何か。
そのとき。
視線を感じた。
顔を上げる。
アリアが、こちらを見ている。
そして。
にやりと、笑った。
(……この子)
間違いない。
この世界で一番危険なのは。
魔王でも、敵でもない。
ヒロインだ。




