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冷水機の水が冷たい

作者: 有梨束
掲載日:2026/02/03

千歳はいつもペットボトルの水を飲む。

私はそれを気づかれないように盗み見る。

なんてことない仕草に、喉が鳴らないようにするのが精一杯で。

そして、ちょっとトイレ行ってくるね、と言って席を立つ。


私はその足で校舎の奥にある冷水機に向かう。

うちの高校でいつからか言われている、子供騙しのおまじないの一つ。

『校舎の奥の冷水機の水を飲むと、好きな人が振り向いてくれる』。

私はその水を飲んで、自分を慰める。


あのペットボトルの水を飲んでみたい。

千歳が飲む水が飲みたい。


千歳が飲む度にそう思って、自分が嫌になって、ここの冷たい水で思考を冷やす。

そこまで1セットになっていた。


千歳には少し前まで先輩の彼氏がいたし、私はそれを応援していた。

私は、千歳にとって無害な友達でいたい。

これは強がりでもなんでもない。

大学に進学しても、縁が切れない友達だといいと本気で思っている。

いつか結婚式にだって呼んでほしい。

千歳に子どもができても、きっと私には子どもがいないけど、関係が続いていたらいい。


でも、千歳があの水を飲む時だけ、だめだった。

腹の奥底から悍ましいものが、迫り上がってきてしまう。

『千歳の水が飲みたい』

私はそれを沈めるために、冷水機の水を飲んだ。


「先輩がより戻したいらしい」

千歳がなんでもないように言うから、私は一瞬言葉が出てこなかった。

「…え」

「受験に集中したいからって言ったのは、あっちなのに勝手よねえ」

「だね。…どうするの?」

スマホをいじっている千歳の手元を見る。

「ないない。受験がなくても別れてたよ」

「そうなの?」

「うん。それにこの2ヶ月で悠里と一緒にいる方が楽しいってわかっちゃったもん。彼氏より友達と生きてく」

「はははっ、両立しなよ」

「ええ〜、つれないなぁ」

千歳が笑ってくれるから、私も笑う。

今、隣にいるのが私だと思うと、どうしようもなく浮き立って、悲しくなる。


彼氏より友達が上に来ることは、多分ない。

その人は千歳と将来を共にする可能性はあっても、私にはないから。

友達というものは、脆くて、心許ない。


「あ…」

千歳が購買から帰ってこないから、こっちから迎えに行こうかと思ったら。

千歳と一緒にいる人、元彼の先輩だ。

肩を叩いて笑っている千歳が、可愛い。

私の前ではしない笑い方だ。

別れたからあの感じの千歳はしばらく見られないのかと思っていたけど。

「やっぱり、男の人といる時が最高にかわいい…」

ほう、と自分でも気づかぬうちに、長い息を吐いていた。

あの千歳を、近くでいつまでも見られたらいいのに。


私はUターンして、教室には戻らずに冷水機のところに来ていた。

昼休みでさえ人がいないこの場所で、冷たい水をがぶ飲みする。

口内も、喉も、キシキシする。

頭も、気持ちも、冷えればいいのに。


「あ、悠里どこ行ってたのぉ。メッセ入れたんだよ」

「ごめん、トイレ行ってた」

千歳はいつものペットボトルの水を買ってきていた。

その手の中にあるだけで、私には魔法の水だ。

同じものを買っても意味がない。


「さっき購買で先輩に会ったんだよ」

「そうだったの?」

白々しいけど、気づかれなければ何も問題がない。

「より戻そうって本気だったらしいよ」

「えっ、千歳は嘘だと思ってたの?」

「半分くらい冗談だと思ってた。だからお断りしまーすって言ってきた」

「そうなんだ」

あんなに楽しそうに、笑っていたのに?

可愛い千歳を引き出せるのは、先輩だったのに。

ペットボトルを手のひらで転がしている千歳を見て、つい口にしてしまっていた。

「その水、いつも飲んでいるよね」

あ、今じゃない…、絶対今じゃない。

「あはは、それさっき先輩にも言われた。そんなに飲んでるかな、私」

「…うん、いつも買っているイメージだよ」

「そうかぁ。なんとなく体調悪かった時に買って以来、お守り的に思ってるのかも」

「そうだったんだ」

知らなかった。

どうしよう。

私には劣情に見えてしまうそれが、千歳にとってはお守りだったんだ。

ああ、やばい、今すぐ冷水機のところに行きたい…。

「悠里が言ってくれたんだよ」

「…私?」

「そうそう、『お水買ってこようか?』って聞いてくれたの。そっか、水を飲めばいいのかって思って、それで買ったんだよ」

「そんなことあったっけ…」

「私、ああいう時甘えられないからさぁ。悠里がそう言ってくれたの助かったんだよね」

くすくす笑う千歳は、パキッとキャップを開けて、水を飲んだ。

いつもは盗み見していたそれを、そんなことする暇もなく凝視していた。

喉が動く、私も喉を鳴らす。

「あ、悠里も飲む?」

「え…」

「ただの水だけど、はい」

差し出されて、受け取ってしまった。

千歳が口をつけた反対側に口をつけて、一口にも満たない水を飲んだ。

「普通の水だ…」

「あはは、そりゃそうだよぉ」

千歳は先輩のそばにいる時ほどじゃないけど、可愛く笑った。

魔法の水は、冷水機の水より美味しくなかった。

味わわなければ、これが甘いと夢を見れていたのに。



毎日投稿34日目。お読みくださりありがとうございます!

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