幕間 多田澪、一
「あー、つかれた!」
部屋に入った勢いで、ベッドにダイブする。
普段はジャージばかり着ているからか、慣れないセーラー服で一日過ごすのは意外と体力を消耗するらしい。
「って、制服皺になっちゃうな」
慌てて起き上がり、スカートのファスナーを降ろして、いつものジャージに着替える。
鏡に映るのは、ショートカットに長身、寸胴体型の自分。
セーラー服は可愛いけれど、やっぱり私には似合わない。こんな男勝りな女には。
納豆パワーで女性ホルモンが増えるなんて噂を信じて毎朝食べているけれど、今のところ効果はゼロだ。胸も相変わらず平らなままだし。
ジャージに着替え終わると、再びベッドに腰を降ろした。
部屋の隅には、竹刀が立てかけてある。
文化祭の出し物――「男装女装コンテスト」のために持っていったものだ。
思い出すのは、あの先輩たちのこと。
人目につかない場所でタバコを吸うだけならまだしも、他校の生徒をナンパするなんて言語道断だ。しかも、あんなに気弱そうな女の子を。
怯えて縮こまっていた彼女の姿が脳裏に蘇る。
元剣道部の先輩たちだから、ある程度の手加減はして威圧したつもりだ。
大事にならなくて本当によかった。
「……それにしても、可愛かったな。あの子」
お人形みたいなメイド服。小さな身体。長い髪と、大きな瞳。
加えて、風の悪戯で見えてしまったドロワーズ。
「……っ」
思い出して、顔が熱くなる。
同性なのに、下着を見てドキドキするなんて変態みたいだ。
でも、本当に可愛かった。あんなにメイド服が似合う女の子、他に知らない。
「…………」
私は、ちらりと姿見を見た。
もし私が彼女みたいに可愛かったら、人生違っていたのかな。
なんて、柄にもないことを考えた直後。
ピコン。
スマホの通知音が鳴った。
画面を見ると、見知らぬアカウントからのメッセージ。
ユーザー名は、ひらがなで『まもる』。
ああ、あの美少女だ。
電話番号を渡したから、自動で友達追加されたらしい。
おっとりして見えて、意外と行動力があるんだな。脳筋な私とは大違いだ。
メッセージには、丁寧なお礼の言葉が綴られていた。
私も慌てて返信を打つ。
『何事もなくてよかったよ』
『ただ、あいつらは結構根に持つタイプだから、用心してね』
これでやり取りは終わり。
の、はずだった。
でも――指が勝手に動いていた。
『友だちになってくれませんか?』
送信してから、ハッとする。
今の私は、彼女にとって「男装した男子」だ。
こんなメッセージを送ったら、完全にナンパじゃないか!
慌てて訂正のメッセージを送る。
『突然ごめんなさい! その……まもるさん、すごく、可愛いし』
『違くて! ナンパとかじゃなくて! 単純に、友だちになりたいって思っただけで!』
支離滅裂だ。
でも、たぶん本心だった。
あんなに可愛い子と友達になりたいと思うのは、女の子だって同じだ。
ピコン。
返信が届く。
『こちらこそ、レイくんみたいな格好いい人と友だちになれるなんて、光栄です』
「…………」
胸が、チクリと痛んだ。
彼女は私を「格好いい男の子」だと思っている。
不純な動機なんてない、爽やかな好青年だと信じてくれている。
なのに私は、性別を偽って彼女を騙している。
『実はわたし、女の子なんです』
入力欄に文字を打つ。
でも、送信ボタンは押せなかった。
数秒迷って、バックスペースキーで一文字ずつ消していく。
どうせ、すぐに連絡なんて取らなくなるだろう。
そう高をくくっていた。
けれど、予想に反して私とまもるさんの相性は抜群だった。
おっとりしているようで強気なところがあったり、意外と自堕落だったり。
彼女の内面を知れば知るほど、庇護欲を掻き立てられて――。
気がつけば、私は彼女に恋をしていた。
初恋だった。
会いたいと、触れたいと思った。
でも、ある時期から急に胸が成長し始めて、男装が難しくなってからは、会うのを避けるようになった。
会いたいのに会えないジレンマが、さらに恋心を燃え上がらせていく。
この恋は、絶対に叶わない。
だって彼女は、私を「男」だと思っているから。
本当のことを言えば、きっと嫌われる。気持ち悪がられて、友達ですらいられなくなる。
だから私は、嘘をつき続けた。
絶対にバレてはいけないと、自分に言い聞かせて。
そうして、嘘と秘密を抱えたまま、数年の時が過ぎ――。
私たちは、高校生になった。
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