第6話
それから、二回目、三回目のデートはすぐに実現した。
どうやら僕たちは、案外相性がよかったらしい。
性別を偽っているという致命的な爆弾を抱えているのに、そんな事を忘れてしまうくらい、彼との時間は居心地がよかった。
レイくんは甘いお菓子が大好きで、隠れた名店に詳しかった。
もっぱら彼のおすすめに従って、スイーツ巡りをするのが僕たちの定番デートになった。
だけど。
チャットでのやり取りが続き、僕とレイくんの仲が親密になるにつれて……。
僕は次第に、重たい罪悪感に蝕まれていった。
ふと、気づいてしまったのだ。
――もしかしてレイくんは、僕に好意を持っているのではないか。
最初は本当に小さな、瞬きすれば見失ってしまいそうな違和感だった。
けれどそれは日を追う毎に、無視できない確信へと変わっていく。
僕の思い違いである可能性も、重々承知だ。
だけど、一度「そうかもしれない」と疑うと、合点がいくメッセージや態度は山ほどあった。
おそらく――レイくんは僕に。
彼が呼ぶ「まもるさん」という虚像に、恋をしている。
その事に気づいた時にはもう、僕とレイくんの仲は唯一無二のものとなっていて。
今さら「本当は男なんです」なんて、言い出す事は出来なくなっていた。
僕からしてみれば、気の合う最高の男友達。
だけど彼からしてみれば、僕は惹かれつつある異性。
住んでいる市も、通っている学校も違う。
その距離感が、僕たちの奇妙な関係を維持させていた。
どちらからともなく悩み相談をする日もあれば、くだらない雑談で夜を明かす日もある。
たまに顔を合わせて、ケーキをつつきながら駄弁る。
それは、代わり映えのしなかった日常に不意に現れた、きらきらした時間。
少なくとも僕にとっては、何よりも大事な居場所になっていた。
そうこうしているうちに、僕はレイくんという人間について詳しくなった。
レイくんは僕と同い年の男の子。
顔は普通にイケメンで、童顔だけどきりっとした目元が特徴的。
実家が道場で、幼い頃から剣道に打ち込んでいるスポーツマン。
そのくせ、女子力は異常に高い。
手作り弁当の件からも分かる通り、炊事洗濯なんでもござれだ。
一方、僕が家事全般が壊滅的だと伝えると、「やっぱり」と笑われた。悔しい。
そんな風にパーソナルな情報を共有した僕らだけど、決定的なことだけは、どちらも口にしなかった。
そう、お互いの「本名」だ。
ネット発の関係なら珍しくないけれど、何度も会っているのに名前を知らないなんて、普通はおかしい。
でも、僕たちはそれでよかったのだと思う。
「レイ」と「まもる」
愛称だけで繋がっている関係だからこそ、僕は彼を「理想的な親友」として見ることができたし、彼も僕に「理想の女の子像」を重ねることができたのだろう。
そんなやり取りは、二年間も続いた。
頻繁に会っていたのは、最初の一年間だけ。
ある頃を境にレイくんから誘われる事は減り、今はもう直接会うことはない。
それでもメッセージのやり取りだけはずっと続いていて……現在進行形、中学三年生の秋。
僕らの絆は、細く、長く、途絶えることなく続いていた。
そんな中。
僕の人生は、ある日突然、大きな転機を迎える事になる。
◇ ◇ ◇
「父さん、会社を退職しちゃった」
「あらあら」
夕飯を食べている最中、父さんは愉快そうに爆弾を落とした。
母さんもまた、釣られて笑っている。
僕はと言えば、口に運びかけた白米をテーブルにボロボロとこぼして固まっていた。
ちなみに、隣に座る妹ののぞみは「我関せず」といった具合で、ひたすらに肉を咀嚼している。大物すぎる。
「ど、どどどどうすんだよ!」
僕が慌てて叫ぶと、父さんは落ち着き払った様子で「まあ待て」と手を上げた。
「再就職先は決まっているさ。流石に、父さんと言えどそこまで向こう見ずな事はしないよ」
なんだ、よかった。
安堵のため息を吐こうとした瞬間、父さんは続けた。
「だけど、収入はぐんと下がるからね。葵には悪いけれど、高校は公立に通ってもらおうと思ってる」
「……のぞみは転校?」
そこで初めて、のぞみが反応して小首をかしげた。
父さんは「いやいや!」と慌てて否定する。
「勿論、のぞみも高校は公立に行ってもらいたいが……今はまだ中学生だ。慣れ親しんだ今の場所が良いだろう。進学する時の方が、環境を変えるにもうってつけだ」 「そだね」
のぞみはそれだけ言って、母さんの注いでくれたお茶をすする。
小柄で小動物みたいな見た目の割に、どうして我が妹はこんなにも肝が据わっているのだろう。
父さんは僕の方へ向き直った。
「どうだ? 葵、成績は悪くないし、受験は問題ないだろう」
「え? あ、うん。そりゃあ構わないけどさ」
幼稚園からずっとエスカレーター式だったから、受験なんて他人事だと思っていた。
「全然考えてなかったから……どこ、受けようかな」
「ま、焦らず考えるといい。別に市外の高校でもいいぞ。部活が強いとか、偏差値が高いとか、理由なんてなんでも」
「そうねぇ。学費も馬鹿にならないし、これから大学の事も考えると、節約していかなきゃね」
そんなこんなで、僕は九年間育った学び舎を離れる事が決定した。
住み慣れた温室からの卒業。
しかし、それ自体は大した転機ではない。
もっと大きな、運命の悪戯とも呼べる事態が待ち受けていることを、この時の僕は知る由もなかったのだ。
そう。
僕が選ぶことになるその「公立高校」に――『誰が』通うことになるのかということを。
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