第5話
実際にまた会おう。
そんな話が持ち上がったのは、僕とレイくんがメール友達になって、少ししてからのことだった。
僕としても、あの時のお礼がきちんと出来ていなかったし、会うこと自体はやぶさかではない。むしろ僕から誘わなければならないのに、向こうから誘わせてしまったことが申し訳なかった。
ただ……問題が、一つだけある。
レイくんは僕のことを――『まもる』のことを、間違いなく女の子だと思っている。
初対面の時に着ていたのはメイド服だったし、彼が男装女装コンテストのことなんて知るはずもない。それに――僕には、事実を伝える勇気が一欠片もなかった。
普段着で会えば、十中八九男だとバレる。
レイくんにしてみれば、女の子だと思っていた相手が実は男でした、なんてショック以外の何物でもないだろう。
「……どうするかなぁ」
自宅のリビングで、ソファに寝転がりながら天井を仰ぐ。
そこで不意に、悪魔的な妙案が浮かんだ。
そうだ。そもそも、『バレなければ』問題なんてないじゃないか。
僕は弾かれたように起き上がると、階段を駆け上がり、一つ年下の妹の部屋へ直行した。
僕は成長が芳しくない体格をしているから、妹の服でもサイズに問題はない。それに妹はボーイッシュな服を好む傾向にある。ひらひらのスカートを履くよりも、ずっと抵抗は少ないはずだ。
「のぞみ!」
「……どしたの」
妹ののぞみは部屋の中で、いつものやる気なさげな目で漫画を読んでいた。
僕は単刀直入に切り出す。
「服を貸してくれ!」
「……お兄ちゃんにそんな趣味があったとは驚きだよ。でも、のぞみ、否定はしないよ。だってたぶん、すごく似合うから」
「あ……いや違う! そうじゃない!」
「誕生日にもらった、お父さんの一眼レフ。まさか日の目を浴びることになるとは」 「本格的だなおい! だから、そんなんじゃないんだって!」
「大丈夫。目元にはきちんとモザイクかけるから」
「お前、僕の女装写真を何に使うつもりだ!」
あれこれと理由を付けたところで、妹から服を借りた事実は変わらない。
結果として――妹の中で、兄は「女装を嗜む変態さん」ということになってしまった。
◇ ◇ ◇
待ち合わせは、レイくんの住む街の駅になった。
最初は向こうが僕の街へ来ると譲らなかったけれど、僕からお礼をしないと駄目だと押し切ったのだ。本当は、地元の知り合いに会って女装がバレるリスクを回避したかっただけなんだけど。
自動改札を抜け、構内を見渡す。
柱に背中を預けてスマホをいじっているレイくんを見つけた。
爽やかな色合いのシャツに、細身のパンツ。
よほどスタイルに自信がないと着こなせないファッションが様になっている。シュッとした立ち姿に、整った顔立ち。
端的に言って、ものすごく格好良かった。
「……はぁ」
思わず見とれてしまい、慌てて自分の頬を叩く。
いかんいかん。今の僕は、男の誰もが理想とする女の子なのだ。口を半開きにしてイケメンに見惚れるなんてあってはならない。
深呼吸をして、意を決して近づく。
「……レイくん」
「あ、ごめ――」
レイくんは慌ててスマホをポケットに突っ込み、顔を上げた。
そして、そのまま石像のように固まってしまった。
「……え、えっと……どうか、しました?」
まさか、女装に穴があったのだろうか。
一目で男だと看破されてしまったのか。
不安で心臓が早鐘を打つ中、レイくんは目を見開いて、大きな声で謝った。
「ごめん!」
「わ、わたし……何か、おかしかったですか?」
「ああいやっ。そうじゃなくて……その……可愛かったから」
レイくんが、そっぽを向いて呟く。
カッと顔が熱くなった。
「あ……ありがとう、ございます……」
普段なら、「可愛い」なんて言われても嬉しくない。
僕にとってそれは、男としての未熟さを指摘されるような、賛辞紛いの悪口でしかなかったから。
なのに、レイくんに言われると、心がむずむずする。
恥ずかしいけれど、嫌じゃない。
そんな、正体不明の感情が渦巻く。
「きょ……今日は、どうしましょうか?」
「あ、そうだね! えと、えと……その、まもるさんが良ければ、なんだけど……」
レイくんがおずおずと僕を見る。
断られるかもしれない、と不安がっているのが痛いほど伝わってくる。
「ぼ、僕に行きたい所があって……」
「いいですよ。でも、ごめんなさい。本当は、わたしがお礼をしないといけないのに」
「いやそんな! 全然! じゃ、じゃあ行こう! ここから歩いて五分くらいだから!」
レイくんがパッと顔を輝かせて歩き出す。
僕は歩幅を小さく、ガニ股にならないよう細心の注意を払って、彼の背中を追いかけた。
辿り着いた先は、小さな公園だった。
レイくんはベンチに腰を下ろすと、「ど、どうぞ」と僕を隣へ誘う。
「実はね!」
僕が座るのを確認すると、レイくんは裏返った声を上げて、手提げ袋を膝の上に置いた。
「今日はその……お、お弁当を作って来たんだ」
「えっ」
「色々考えたんだけど、まずはお話をするのが一番かなって。でも会話だけってのもどうかなって思って、お昼ご飯を食べながらがいいんじゃないかって。でもお店に入ると、お礼だからって代金を払われたら困るかなって、それで、それで!」
目を白黒させながら、早口でまくし立てるレイくん。
開かれた弁当箱の中には、色とりどりのおかずと、美しい三角形のおにぎりが並んでいた。
「うわぁ、美味しそう……。あ、でも……すみません、わたしからは何も……」
完全に裏をかかれた。
僕はお金を払う気満々だったのに、まさか男の子にお弁当を作ってきてもらうなんて。
理想の女の子を演じているつもりで、完全にリードされている。情けない。
「う、ううん! ぼ、僕は料理が少ない趣味の一つだし、全然苦労とかしてないから! それに、とびきり美味しいわけでも……」
「いただきます」
僕は唐揚げを摘んで、口に放り込んだ。
もも肉のジューシーな旨味と、黒胡椒のスパイシーな香り。冷めているのに、驚くほど美味しい。
「……ん!」
「あ……」
咀嚼して飲み込んだところで、気がついた。
僕はお淑やかな大和撫子キャラを作っていたはずなのに。
緊張と空腹で思考がショートして、手掴みで唐揚げを食べるという暴挙に出てしまった。
「あわわ……そのっ」
「ぷっ」
慌てふためく僕を見て、レイくんが吹き出した。
「あはは、まもるさん、なんだか僕のイメージと全然違う」
「うう……意地汚くて、面目ありません……」
「ううん、嬉しいの。なんだか僕、勝手にまもるさんに理想を押し付けていたのかもって。でも、まもるさんって結構やんちゃな所もあって、面白くて……それがまた、可愛くて」
レイくんが、愛おしそうに目を細める。
格好良くて、強くて、頼りがいがあって。
その上、こんなに美味しくて綺麗なお弁当を作る女子力まで持っているなんて。
一男子として、敵う箇所が何一つない完璧超人だ。
なのに、ちっとも嫌味がないから、嫉妬すらできない。
――レイくんに「憧れ」めいた気持ちを抱いたのは、たぶん、この日が最初だった。
彼が本当は「彼女」だなんてことには、まだ気づかないまま。
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