第4話
「んだよ、王子か。びっくりさせんなって」
「なあ? センコウかと思ったじゃんか」
ヤンキー二人は、現れた男子を見るなり安堵したように笑い、再び煙草を口へ運んだ。
その、瞬間。
パァンッ!
乾いた音が響く。
彼が竹刀を一閃させ、先輩たちの手から煙草を叩き落としたのだ。
「あにすんだよっ、ああっ?」
「ふざけているのはどちらですか」
激昂して詰め寄るヤンキーたち。
けれど、彼は一歩も引かない。むしろ、鋭い眼光で睨み返した。
その凛とした横顔に、僕は思わず見惚れてしまった。
「優れた武道家を前にして、素人は相手になりませんよ」
突きつけられた竹刀の切っ先。
気迫に押された二人は、「覚えてろよ!」と三流悪役のような捨て台詞を残して、逃げるように去っていった。
すごい。
圧倒的だった。
呆然とする僕に、彼はゆっくりと近づき、左手を差し伸べてきた。
「大丈夫?」
「っ――」
瞬間、カッと頬が熱くなった。
心臓がドクンと跳ねる。
まずい。男としてお礼を言うべきか? いや、今の僕はどう見ても「メイド服を着た女の子」だ。ここで野太い声を出して「男バレ」したら、それこそ変質者扱いされて終わる。
なら、貫くしかない。
昨晩、鏡の前で死ぬほど練習した「理想の女の子」を。
「……あ、ありがとう、ございます」
スイッチ、オン。
少し高めのトーンで、おどおどと上目遣い。
差し出された彼の手を取る。
彼の掌には、武道を嗜んでいる証のマメがあった。
硬くて、頼りがいのある手。
でも、僕の友人の手よりもずっと小さくて、どこか繊細な肌触りだった。
「ごめんね。あの二人、うちの学校でも有名な不良でさ」
「う、ううん。貴方が謝ることなんてないよ」
彼は困ったように笑い、「身内の恥は自身の恥だよ」なんて難しいことを言う。
真面目な人だ。
そして――すごく、かっこいい。
「それにしても……そんなに可愛いのに、危ないよ」
「え……」
不意打ちの「可愛い」攻撃。
男として言われるのは屈辱なはずなのに、彼に言われると、なんだかお腹の底がムズ痒くなる。
どうしよう、変な汗が出てきた。
――その時だった。
ヒュオッ、と意地悪な風が吹き抜けたのは。
「あっ」
ふわりと舞い上がる、僕のスカート。
露わになったのは、白いフリルのドロワーズ。
「え」
「あ」
スカートが戻り、気まずい沈黙が流れる。
まあ、ドロワーズなんてズボンみたいなものだし、僕は男だから恥じらいなんて……。
「ご、ごめん!」
意外にも、彼の方が真っ赤になって慌てふためいていた。
「そ、その、ドロワーズ……すごく似合ってます! こだわりを感じるというか!」
「ふふっ」
なにそれ。
なんだかその必死な様子が面白くて、可愛くて、僕は思わず笑ってしまった。
この人、見た目はクールなのに、中身はこんなにウブなんだ。
「あ、やば、もうこんな時間だ」
彼はスマホを見ると、焦ったように背を向けた。
「待って!」
僕は思わず叫んでいた。
このまま別れるのは嫌だ。お礼もちゃんと言えてないし、何より、もう少し話していたい。
「あ、あの、お礼を……そのぉ……」
「あ、そっか」
彼は手をポンと叩くと、メモ帳にさらさらと数字を書き込み、僕に手渡してくれた。
「これ、僕の番号。またあいつらに絡まれたら、すぐにかけて」
「え……」
「それじゃ!」
彼は爽やかに手を振って、走り去っていった。
残されたのは、僕と、一枚のメモ切れ。
そこに書かれた、少し丸っこい、丁寧な文字。
心臓が、うるさい。
なんなんだ、これは。
僕は男だぞ。男なのに。
助けてくれた彼が、どうしようもなく「かっこよく」見えてしまって。
僕がなりたくてもなれなかった「理想の王子様」そのもので。
悔しいけれど、認めざるを得ない。
この胸の高鳴りの正体を。
「……かっこいいなぁ」
僕は熱い頬を両手で包み込み、小さく呟いた。
それが、僕の初恋の始まりだった。
◇ ◇ ◇
夜、ベッドに寝転んだ僕は、今日何度目になるかわからないため息を吐いた。
「はぁ……」
文化祭での騒動は、一応の決着を見た。
あの後、僕がこっそり体育館へ戻ると、企画を先導していた女子たちが駆け寄ってきたのだ。
「ごめんね、あおいちゃん! 嫌がってるのに無理やり……!」
彼女たちは泣きながら謝ってくれた。僕が脱走するほど追い詰められていたとは知らなかったらしい。
悪いのは当日逃げ出した僕の方なのに。
結局、お互いに謝って、この件は水に流すことになった。
だから、もう悩みなんてないはずだ。
……それなのに。
僕は制服のポケットから、くしゃくしゃになったメモ紙を取り出した。
電灯にかざすと、走り書きされた十一桁の数字が浮かび上がる。
今日、僕を救ってくれた「彼」の電話番号だ。
あれから会場内を探し回ったけれど、ついぞあの人を見つけることはできなかった。
ちゃんとお礼を言いたい。
でも、電話をかける勇気なんてあるはずもない。
「……そうだ」
僕はスマホを取り出し、メッセージアプリを起動した。
電話番号さえわかれば、自動で「知り合いかも」に表示されるはずだ。メールや電話よりも、チャットなら気軽に送れるかもしれない。
震える指で番号を登録し、アプリを開く。
「……あ」
新しい友だちの欄に、見覚えのないユーザー名が追加されていた。
『レイ』
アイコンは初期設定のまま。
飾らないシンプルさが、逆にあの人らしい気がした。
ちなみに僕のアカウント名は『まもる』にしている。
本名の『あおい』だと女の子っぽさが強すぎるから、あえて男らしい名前にしているのだ。まあ、アイコンは風景写真だから、性別までは分からないはずだけど。
僕は唾を飲み込み、トーク画面を開いた。
相手は他校の男子生徒。
しかも、僕を「女の子」だと勘違いしている人。
ここで連絡を取れば、その誤解をさらに深めてしまうかもしれない。
それでも、このまま繋がりを絶つのは、もっと嫌だった。
『昼、学校で助けていただいた者です。今日は助けてくれて、本当にありがとうございました』
短くお礼を打ち込み、送信ボタンを押す。
心臓がうるさい。
既読はすぐについた。二分もしないうちに、返信が届く。
『何事もなくてよかったよ』
『ただ、あの人たちは結構根に持つタイプだから、用心してね』
優しい文面だった。
あの時の、凛とした声が聞こえてくるようだ。
「……は、い。わかり、ました……と」
要件はこれで終わり。
そう思って、安堵の息をついた直後だった。
ピコン。
通知音に、身体が跳ねる。
『もしよかったら、友だちになってくれませんか?』
え? 唖然としていると、追撃のメッセージが次々と届く。
『突然ごめんなさい! その……まもるさん、すごく、可愛いし』
『違くて! ナンパとかじゃなくて! 単純に、友だちになりたいって思っただけで!』
ふっ、と笑いが漏れた。
あの日本刀みたいに鋭かった彼が、画面の向こうで慌てふためいている。
そのギャップが、なんだか無性に……可愛かった。
「……って、男の人相手に何考えてんだ僕は」
自分だって男なのに。
でも、親近感が湧いてしまう。
彼も僕と同じように、見た目のせいで色々苦労しているタイプなのかもしれない。顔立ちは少し幼かったし、髪も男子にしては長めだったから。
「っと、返事しなきゃ」
にやけそうな顔を引き締めて、返信を打つ。
『こちらこそ。レイくんみたいな格好いい人と友だちになれるなんて、光栄です』
送信ボタンを押してから、ハッとする。
これじゃあまるで、思わせぶりな女子そのものじゃないか。
自己嫌悪に陥りかけたけれど、嘘じゃない。
彼は僕にとって、理想の「格好いい男の子」だったから。
ピコン、とまた通知が鳴る。
その夜、僕らの通知音は遅くまで鳴り止まなかった。
互いに致命的な勘違いをしていることにも気づかないまま、僕らの関係は加速していく。
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