第3話
――本当に、あおいちゃんは可愛いわねぇ。
――まるで、お人形さんみたい。
それは昔から、呪いのように僕を縛り付ける言葉だった。
鏡の中に、美少女がいた。
華奢な肩。小顔で、大きな二重の瞳。少し垂れ目で、どこか守ってあげたくなるような儚げな表情。
ドン・キホーテで買ってきたような安っぽいメイド服なのに、恐ろしく似合っている。
ため息が出る。
僕――木村葵は、正真正銘の男だ。
心も身体も男で、好きなのだって女の子だ。
なのに、神様の悪戯と両親の遺伝子のせいで、僕の外見は「クラスの女子より可愛い」という、男子としては致命的なバグを抱えていた。
「遡ること二週間前。僕のクラスは文化祭の出し物として、男装女装コンテストを行うこととなった……とさ」
「何、そのモノローグ」
「うるさいな佐助。僕の心の叫びだよ」
舞台袖。
友人の浜脇佐助に、僕は八つ当たり気味に声を荒げた。
「だいたいさ! なんで僕がメイド服なわけ? くじ引きだったはずだろ?」
「いやぁ、実はお前以外、全員仕込みらしいぜ」
佐助が申し訳なさそうに、自分の衣装を指差した。
彼は身長180センチ超えの柔道部主将。筋骨隆々の「漢」だ。
そんな巨体がパツパツのメイド服に身を包んでいる姿は、もはや暴力に近い。
「他のメンツ見てみろよ。ラグビー部の金剛に、相撲部の皇だぞ?」
「……うわぁ」
見渡せば、舞台袖には世紀末のような女装集団が屯していた。
明らかに「出落ち」狙いのゴリマッチョ軍団だ。
「つまり、ガチの美少女枠として、お前がキャスティングされたってわけだ。女子たちが『あおい君だけは絶対に着せる!』って燃えてたぜ」
「は、嵌められた……!」
僕は膝から崩れ落ちた。
なんてことだ。男としてカッコよくありたい僕の尊厳は、クラスの女子たちの欲望によって踏みにじられたのだ。
『続いては、恒例の男装女装コンテスト! まずは当校、一年一組の発表となります!』
無慈悲なアナウンスが響く。
体育館から沸き起こる拍手。
「ほら、行くぞあおい。覚悟決めろって」
「……嫌だ」
「あん?」
「嫌だぁぁぁぁっ!!」
限界だった。
僕は甲高い悲鳴を上げると、佐助の手を振りほどき、舞台袖とは逆方向――非常口へと駆け出した。
「おい、あおい!?」
「無理無理無理! 絶対に出ないからなー!」
背後で佐助や女子たちの呼ぶ声がしたが、知ったことか。
僕は体育館を飛び出し、誰もいない校舎の裏手へと走った。
とにかく隠れたい。誰にも見つからない場所で、このふざけた格好を着替えたい。
そう思って、体育館裏の薄暗い路地へ逃げ込んだ。
――まさか、そこに最悪の先客がいるとも知らずに。
そして、その「逃亡」が、僕の人生を変える運命の出会いに繋がるなんて、この時はまだ知る由もなかったのだ。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
舞台袖から飛び出して、全力疾走。
人目につかない体育館裏へ逃げ込み、僕は膝をついて息を切らせた。
背中を校舎の壁に預けて、空を仰ぐ。
……これがもし、この学校内で完結する文化祭だったとしたら、逃げ出さなかったかもしれない。
だけど、今日ばかりは勝手が違う。
三年に一度の合同文化祭。
校内には見知らぬ他校の生徒が溢れかえっている。
会ったこともない同年代の男子や女子に、こんな「メイド服姿」を見られるなんて、耐えられるわけがなかった。
これはたぶん、年齢相応の羞恥心だ。
「…………」
汚れるのも構わず、地べたに体育座りをする。
当日になって逃げ出した僕が悪いのは事実だ。
でも、騙し討ちでこんな格好をさせたクラスメイトだって悪いはずだ。おあいこ……ということにしてしまいたい。
「はぁ……嫌だなぁ」
とはいえ、罪悪感は消えてくれない。
僕は膝に顔を埋めた。
昔は、もっと違った気がする。
男の子だとか女の子だとか、そんな分別はなくて。
容姿のことなんて気にせず、僕はもっと堂々としていたはずなのに。
いつからこんなに、卑屈な内弁慶になってしまったんだろう。
「うわっ、めっちゃかわいいじゃん!」
「ホントだ。え? メイド服? うわ、俺初めて見た」
「え?」
不意に、頭上から声が降ってきた。
見上げれば、見慣れない制服を着た男子が二人。
明るい髪色の長髪と、剃りこみを入れたツーブロック。
雰囲気からして、所謂「ヤンキー」と呼ばれる人種だ。
「それ出し物で使うの? まじぱねぇ。すげぇ似合ってるじゃん」
「え、あ、いや……」
「ここでサボるとか運命じゃね? ねね、番号教えてよー」
僕が慌てふためいている間に、二人は逃げ道を塞ぐように僕の両隣へ腰を下ろした。
ポケットから緑色の箱を取り出し、慣れた手付きでタバコを咥える。
「吸う?」
「え? い、いやいや! だ、駄目ですって!」
「んははは、いいじゃん。吸ってみなよ」
「いやたっちゃん、女の子が煙草吸うのはないわー」
彼らは僕を「女子」だと信じて疑わず、ヘラヘラと笑っている。
怖い。
理屈じゃなく、本能が警鐘を鳴らしている。
喧嘩なんてしたことがない僕には、彼らが猛獣のように見えた。
「それよりさぁ、名前教えてよ」
「こんな可愛い子いるなんて聞いてなかったわー」
肩が触れる距離。紫煙の匂い。
逃げ出したいのに、足ががくがくと震えて動かない。声すら満足に出せない。
どうしてこんなことに。
ステージから逃げ出した罰にしては、あまりにも重すぎやしないか、神様。
じわり、と涙が込み上げてくる。
ぎゅっと両目を瞑り、僕はせめてもの抵抗で声を絞り出した。
「――っ、誰か!」
その、瞬間だった。
「何をしている!」
凛と澄んだ声が、空気を一刀両断した。
はっとなって顔を上げると、そこには一人の「少年」が立っていた。
逆光を背負い、手には竹刀を携えている。
少しだけ長い髪。引き締まった顔つきに、意志の強そうな大きな瞳。
眉間に皺を寄せ、不良たちを射抜くその眼差しは、鋭く、美しくて。
おかしな表現かもしれないけれど。
その時の彼はまるで――研ぎ澄まされた、日本刀のような人だった。
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