第24話
木村くんが三年の先輩たちと衝突したあの事件から、一週間が過ぎた。
女子剣道部は、今のところ平穏無事に毎日を過ごしている。
竹瓦先生が言っていた。三年生たちの退部届はもらっていない、と。
ちなみに、 『ま、もらったところで受理はしないけどな。めんどいし』とも言っていた。
私としては、木村くんや別府さんにあれだけひどい仕打ちをした人たちが、何の罰も受けずに居ることはおかしいと思う。
……なんて、偉そうなことは言えない。
私だって、彼女たちとなんら変わらない。
だって私は、見てみぬ振りをずっと続けてきたのだから。
「……」
校門に背を預けて、空を仰ぐ。
時計の針は夕暮れを過ぎているのに、太陽はしぶとく顔を見せ続けている。
段々と日が長くなっているのは、夏が近づいている証拠だ。
木村くんのおかげで、三年生たちが居なくなった。
そのことで心が晴れ晴れとしたのは間違いないけれど、何もかもが円満に解決したわけじゃない。
これで部員数は三人。一応、団体戦への出場は可能だ。
出場だけ、ならば。
『三人居るんだよ! 全員勝てば、堂々と九州大会、全国大会も夢じゃないよ!』
なんて、かおりは言っていたけれど……正直、現実的に見るとかなり厳しい。
ただ、一番勝ちの目が薄いだろう別府さんまでもが、目をきらきらとさせて同意したものだから、そのポジティブさには敬意すら覚える。
どう考えたって難しい。それは、どれだけ思考の積み木を重ねていっても変わらない事実。
だけど――私もまだ、諦めてはいない。
例え独りよがりの約束だったとしても、私はかおりを全国に連れていくって、そう決めたんだから。
――『アテ』はあった。
あの日以来、剣道部に顔を出してはいないけれど、一度手合わせをしたからわかる。
『彼女』の強さは折り紙付きだ。
もし彼女が女子剣道部の門を叩いてくれたら、これ以上の戦力アップはない。
それに、まだ見ぬ剣道経験者だって、隠れているかもしれない。
「……うん、がんばろう」
両の頬を軽く叩いて、気合を入れる。
「あ、そうだ」
そこで私は、スマホを取り出してディスプレイを点灯させた。
木村くんにはさんざんお礼を言ったけれど、あの人にはまだ、感謝の気持ちを伝えきれていなかった。
――まもるさん。
私の初恋の人で、今もなお、ずっと好きな人。
彼女の後押しがなければ、もしかしたら、あの日の私は立ち上がれないままだったかもしれない。
この一週間、私は毎日のようにお礼のメッセージを送り続けている。
さすがにそろそろ一区切りおかないと、彼女も辟易としているだろう。
だから、一応……これが最後。
今晩からは、いつも通りの私と彼女に戻るんだ。
「おまたせ」
「え?」
耳を疑った。
その声が、まるでまもるさんのもののように思えたからだ。
つい最近、久しぶりに聞いた彼女の声にひどく似ていた。
恐る恐る振り返れば、別人であることは一目瞭然。
ジャージから制服に着替えた木村くんだ。
「どしたの? 急に、一緒に帰ろうって」
「あ、うん。色々と迷惑かけちゃったから……お詫びに、ケーキでもどうかなって」
「いやそんな、悪いよ」
「いいの! 私、こう見えて県内の甘味処に詳しいんだよ? ランニングがてら、有名なお店には粗方顔を出しているから」
「知ってる」
「え?」
「え。あ。いや……ほら、あはは! そ、それじゃ行こうよ」
私、前にこの話したかな?
まあいいや。
校門を出て私の前を歩く木村くんに追いつき、横断歩道まで駆け足で向かう。
赤信号で立ち止まり、振り返って笑顔を作った。
木村くんは、私と距離を少し開けて立ち止まる。
「多田さんは、強いね」
不意に、彼が言った。
「……何、言ってるの? 強くなかった。すごく弱かった。そんなの、木村くんがよく知っているでしょ?」
「強いよ」
木村くんは首を横に振って、同じ言葉を繰り返した。
「本当は、僕だけで事を成せたら一番よかったのに。僕は結局、キミを頼ってしまったから」
「……ううん。私もずっと、誰かに手を差し伸べてもらうのを待ってたと思う」
そして、背中を押してもらう存在も。
携帯を、ぎゅっと握りしめる。
「……私ね、昔はずっと弱虫だった。男子にいじめられて、ぴーぴー泣くような、そんな子だったの」
「嘘だ」
「ほんと。だけど子どもの時にね、通りすがりのヒーローに助けてもらったの」
木村くんは「ヒーロー?」と、胡散臭いものを見るように目を細めた。
「そう。私がいじめられている場面に颯爽と現れたそのヒーローはね、勇猛果敢に悪と立ち向かい……瞬く間に、ボコボコにされました」
「ぷ。なにそれ」
吹き出して笑う木村くんにつられて、私の顔にも笑顔が咲いた。
「……でもね、格好良かったんだ。あの人の事をずっと憧れにして、だから、私は強くあろうって、そう思えた」
瞼を落とすと、あの時の光景が思い浮かぶ。
つい最近も夢に見たから、少しだけ鮮明に映像が見える。
――そういえば、私を助けてくれたヒーローは、どことなく顔立ちが誰かに似ている気がする。
そんな事を考えた。
「……僕とは大違いだね。女の子の力を頼りにして、情けない姿を見せちゃったから」
頬を掻きながら、木村くんは自嘲した。
そんな彼に、本心を打ち明ける。
「そんな事、ないよ」
「え?」
「格好良かった。あの時の木村くんは、私が今まで見てきたどんなヒーローよりもずっと、ずっとずっと……格好良かった」
呆けた様子の木村くんは、しかし、鳴り響いた信号機のメロディに反応して意識を取り戻す。
私は振り返って左右を確認し、横断歩道を渡り始めた。
「あ、そうだ」
そこで、メッセージを打ち掛けだったことに気がついた。
木村くんが追いつくまでの間に送ってしまおうと、スマホを操作する。
文面を読み返して……うん、大丈夫。
『送信』
表示されたボタンに指が触れた、その瞬間。
――ピコン。
聞き慣れた、簡潔な通知音が。
すぐ背後から、小さく、聞こえた。
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