第23話
「な、……なめてんじゃ――」
「っ」
振り返った先輩の面を、多田さんの竹刀が捉える。
パシィンッ!
軽快な音。
続けて、多田さんは唖然とする部長の竹刀を払い落とした。
部長は思わず、取り落とした竹刀へ目を向け、ハッとして顔を上げる。
「……拾ってもいいですよ」
「っ、このやろう!」
それから、何度竹刀がぶつかり合う音が響いただろうか。
ただ一つ言えるのは、多田さんは襲い来る竹刀を全てはたき落とし、その都度、正確無比な技を決めてみせたということ。
やがて部長は腰を抜かし、へたり込んだ。
怯えきった瞳で見上げる先輩に、多田さんは冷たく告げる。
「早く立ってください」
「あ、あああ!」
部長はそのまま背を向けて逃げようとした。
だが多田さんは逃がさない。腕を掴んで無理やり立たせた。
「……あと、四十二回」
「へ……」
「貴方たちが、木村くんと、別府さんに打ち込んだ回数です。試合だけじゃない、練習の間も。ずっと見てた。……安心してください。私は先輩たちみたいに下手じゃありません。綺麗に、痛みなく打ち込みますから」
多田さんから放たれる圧倒的な迫力と、凄み。
部長はわなわなと震え、勢いよく面を脱ぎ捨てた。
「くそがっ! やってられるか!」
防具と竹刀を床に叩きつけ、部長は逃げるように鞄を抱えて柔道場を出ていった。
それを追うように、残りの三年生たちも姿を消す。
入れ替わるように、息を切らせた堀田先輩に続き、竹瓦先生と松原先輩が現れた。
「お前ら、ちゃんと片付けて帰れよなー」
逃げゆく先輩たちの背中に声をかけ、先生はため息をつく。
そして僕たちに近づき、多田さんに向かって言った。
「やるじゃん」
気が抜けた僕は、その場で面を脱ぎ捨て、大の字に寝転がった。
「はあああ……」
俯く多田さんに、松原先輩がゆっくりと近づく。
「澪ちゃん?」
ポロポロと、大粒の涙が多田さんの頬を伝う。
僕は慌てて身体を起こしたものの、かける言葉が見つからない。
「ごめんね……」
「え?」
「わ、私のせいで……もう、……」
「……もう」
松原先輩は、子どものように泣きじゃくる多田さんの頭を、そっと胸に抱き寄せた。
身長は多田さんの方が高いけれど、あやしている先輩の姿には確かな母性があった。
「うちに入った理由、どうしても教えてくれなかったけど……どうせ、そんな事だろうって思ってたよ」
「約束……した、から」
「はぁ……あんなもん、約束だなんて言わないよ。澪ちゃんが勝手に宣言して、一人で決めた事でしょうが」
「で、でも――」
顔を上げて反論しようとした多田さんの頬を、松原先輩は両手で包み込んだ。
「こんな怪我、絶対に治す。それに、こっちだって、澪ちゃんとの約束をまだ果たしていないんだからね?」
「え?」
「いつか言ったでしょ? 澪ちゃんに勝ってみせるって」
松原先輩は笑っていた。陰りなんて微塵もない、綺麗な笑顔だった。
多田さんの瞳に再び涙が溢れ、そのまま彼女は先輩の胸に顔を埋めて泣いた。
先輩は優しく頭を撫でる。
「よしよし、泣き虫なのは相変わらずだなぁ」
そんな二人を眺める僕の元に、先生が近寄ってきた。
「生きてるか?」
「無事ではないですよ。全身痛いです。……でも、まあ。心のもやもやはなくなりました」
「そりゃ、何よりだ」
先生はまたポケットから煙草を取り出して咥え、苦笑いする。
「……何点くらいの答えでした?」
「どうだろうな。ただ、赤点ではないかな。俺の担当科目じゃないから、なんとも言えんが」
先生はニカッと笑った。
「俺も心はまだ少年のままだが……お前らは、もっともっとガキだ。色々と難しく考えすぎちゃいかん。もっと素直に、正面から立ち向かえばいい。失敗を失敗として受け止めて、お咎めなしで済むのは今だけなんだぞ」
「……やっぱり、先生は格好悪いけど、格好いいですよね」
「褒めてんのか? それ」
ふと、視線を感じた。
多田さんが僕たちを見ていた。
彼女は僕と目が合うと、不機嫌そうに目を細めた。
涙で赤くなった目を隠すこともせず、こちらへ歩いてくる。
そして見下ろしながら、手を差し伸べてきた。
「ん」
「……ありがとう」
僕は笑ってその手を取り、立ち上がった。
その瞬間、なぜか多田さんがパッと頬を赤らめた。
「どうかした?」
「あ、いや……既視感があっただけ。デジャブ?」
多田さんの手を離し、僕は今回の一件について謝ろうと口を開いた。
「あのさ、」
「ごめんなさい!」
僕の言葉は、多田さんの謝罪にかき消された。
彼女は深々と頭を下げ、顔を上げると、今度は別府さんの方を向いて同じように頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「あ、あわわわ……別に、多田さんが謝る事なんてなにも」
慌てふためく別府さん。
多田さんは顔を上げた。
「……決めていたの。ずっと昔に、誰かのために戦える人でありたいって。なのに、私は自分の心を満たすためだけに、貴方たちを――見捨てた」
「違うよ!」
別府さんは勢いよく否定し、僕の方を見た。
僕も頷く。
「うん。助けてくれたのも、多田さんだ」
「そうです!」
僕ら二人を交互に見た多田さんは、また瞳を潤ませて言った。
「……ありがとう」
その笑顔を見た瞬間。
僕の胸は、トクンと高鳴った。
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