第22話
三年生たちは今日も、姦しく部活に顔を出していた。
今日は松原先輩も、竹瓦先生も居ない。そのうち別府さんへの嫌がらせが再開する事は目に見えていた。
「……」
僕は意を決して、先輩たちの輪の中ヘ飛び込んでいく。
どうすればいいとか、具体的なプランはない。
多田さんの想いも分かる。全国へ行くための苦渋の選択だったことも。
でも、そうじゃない。別府さんは今傷つくことに怯えている。誰かが助けてあげなきゃいけない。
その役目は多田さんだと思っていた。
でも、多田さんだって完全無欠なヒーローじゃない。
きっと、僕はいけない事をしようとしている。
完全な自己満足だ。レイくんの望みは知っていた。なぜそこまで全国にこだわるのかは知らない。だけど。
「あの」
「へ?」
僕がやらなきゃ、ダメなんだ。
「……試合を、していただけませんか」
「はあ? なんでうちらが――」
「もし、僕が勝ったら……金輪際、剣道部の敷居を跨がないで欲しいんです」
「っ、木村くん! 何を、」
慌てる多田さんに、手のひらを向けて制止する。
顔を上げると、睨みつけるように瞳を細める三年生たちの顔が目に入った。
「いい度胸してんじゃん」
「そんな約束――」
「まあ待ちな」
部長が静かに押しとどめる。
「現実が分かっていないのさ。いいよ、うちが相手をしてやる。たっぷり、教育をしてやるよ」
「……お願いします」
***
僕がずぶの素人という事もあり、試合形式は簡易なものとなった。
時間は無制限、反則もなし。先輩は従来通りの二本先取で勝利だが、僕からは一本取れば勝ちというハンデキャップマッチだ。
堀田先輩の手を借りて防具を装着する。竹刀を握りしめ、気合を入れた。
部長の方はもう万全の体制で僕を待っていた。
開始線まで歩き、二人向き合って開始を待つ。
ちらりと、周囲に目を向けた。
ルールは簡易的なものだが、審判は本格的で三人。主審も副審も、三年生の先輩たちだった。それぞれ旗を二本ずつ握りしめている。
一番近くに居た三年生の先輩が、僕の視線に気がついてニヤリと笑った。
「あれ、部長の竹刀。カーボン竹刀なんだよ」
「はい?」
「下手な所に当たると、そりゃあ悶絶するぐらいに痛いから、気をつけるんだね」
「……」
それが脅しだったのかは分からない。
だけど、不思議と恐怖はなかった。それよりも、使命感というか、僕がやるんだという気持ちが強くて、僕は先輩からの声に返事をしなかった。
「……始めっ!」
主審の声を合図に、試合は開始された。
部長は腐っても剣道経験者だ。受け身でいれば必ず負ける。
そう判断した僕は、こちらから仕掛けるべく身体を動かした。
「っ、めん!」
「はっ」
先手を打った僕の竹刀は、軽く弾かれた。両手に走る衝撃に驚き、僕は竹刀を取り落としてしまった。
視線は床の竹刀へ向く。「しまった」と思う。
剣道において竹刀落としは反則だが、審判の合図があるまでは試合続行だ。
つまり、相手が竹刀を落としている間に技を決めれば、反則ではなく一本となる。
だから、今の僕みたいに竹刀を落とした場合は、がむしゃらに防御して審判の合図を待つのが定石と聞いていた。
今回のように反則無しの試合であったとしても、丸腰でよそ見をした相手に技を決めるのは容易い。
だけど部長は、この絶好の機会を見ても微動だにしなかった。
「拾いなよ」
それが部長の余裕なのか分からないけれど、僕は一本分の命を拾い、立ち上がった。
「……っ、うわぁぁぁ!」
叫びながら、竹刀を振り上げて飛びかかった。
技術力で圧倒的に負けている以上、勢いで乗り切る以外に手はない。
だけど、僕の特攻は虚しく遮られ――部長の声が響く。
「こてぇ!」
狙われたのは左小手。瞬間、痛烈な痛みが僕を襲った。
「っあ、つっ!」
審判からの声はない。明らかに、有効打突部位から離れていたから当然だろう。
「ありゃ、やっぱり久しぶりだと、勘が鈍るね」
素知らぬ顔で言う部長。
僕はどうにかなりそうな痛みを、奥歯を噛みしめる事で必死に抑えて立ち上がった。
「あああっ!」
とにかく声を張り上げ、再度部長に迫る。
だけど僕の拙い技は簡単に弾かれ、その度に部長の竹刀が僕を襲った。
最初の小手外しなどお遊びだったと言わんばかりに、部長の竹刀は「僕の身体」を狙って放たれ続けた。
防具の隙間を執拗に狙った技は、どれもこれもが痛かった。
技を食らう度に痛みで硬直する。だけど部長はそれらの絶好の機会を全て無視。審判である三年生たちも、止める素振りを見せない。
「ひ、ひどすぎます!」
柔道場に響いたのは、別府さんの悲痛な叫びだった。
だけど、僕はその声に反応する余裕すらなかった。
どうにかして部長に勝つ。その事ばかりを考える。
相手に勝利する気がないのなら、諦めずに食らいつけば、どこかのタイミングで技が決まる。
……審判を味方につけた部長に勝てるわけがないのに、この時の僕はどうかしていたのだ。
何度倒れただろう。
何度起き上がっただろう。
床に背中が付く度に起き上がり、竹刀を落とす度に拾い上げ、痛みが走る度にまた倒れた。
その繰り返しの中。
たぶん次に攻撃を食らったら、もう立てないかもしれない。
冷静にそんな事を考える自分がいた。
「っめぇ!」
部長の声が響く。
ぎゅっと、瞼を閉じた。
刹那――。
竹刀がぶつかる音が、耳に飛び込む。
痛みは来ない。
ゆっくりと、瞼を押し上げた。
眼前に、一本の竹刀を握りしめて立つ、多田さんの背中が見えた。
「……」
「な、なんだよ」
多田さんは無言だった。部長はそんな多田さんを不気味に思ったのか、後ずさる。
ちらりと、多田さんが僕の方を見た。
そして、顔を歪ませ、俯いた。
「そう、だよね。全部大事で、だけど……だから何かを切り捨てるだなんて、するべきじゃなかった。……してはいけなかった。誰かが傷ついている姿を見るのが辛いことだって、知っていたのに」
「っ、てめぇ!」
防具も着けていない多田さんを前に、部長は竹刀を振り上げて飛びかかった。直撃すればただでは済まない。
反射的に動こうとしたけれど、身体は思うようにならず、僕は声を上げるだけで精一杯だった。
「か、多田さん!」
「……ふっ」
一瞬だった。
飛びかかり面を仕掛けてきた部長の竹刀を、多田さんは最小限の動きで払い除けた。
そしてすれ違いざま、部長の面に竹刀を振り落とした。
パァンッ!
面の奥で、部長の驚き見開いた目が見えた。
「一本先取で、よかったですよね」
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