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剣道部のクールなエース美少女が、ネットの親友(女)にガチ恋してるらしい。……それ、女装した僕なんだけど?  作者: 秋夜紙魚
第一巻

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第22話

 三年生たちは今日も、姦しく部活に顔を出していた。

 今日は松原先輩も、竹瓦先生も居ない。そのうち別府さんへの嫌がらせが再開する事は目に見えていた。


「……」


 僕は意を決して、先輩たちの輪の中ヘ飛び込んでいく。

 どうすればいいとか、具体的なプランはない。

 多田さんの想いも分かる。全国へ行くための苦渋の選択だったことも。

 でも、そうじゃない。別府さんは今傷つくことに怯えている。誰かが助けてあげなきゃいけない。


 その役目は多田さんだと思っていた。

 でも、多田さんだって完全無欠なヒーローじゃない。


 きっと、僕はいけない事をしようとしている。

 完全な自己満足だ。レイくんの望みは知っていた。なぜそこまで全国にこだわるのかは知らない。だけど。


「あの」

「へ?」


 僕がやらなきゃ、ダメなんだ。


「……試合を、していただけませんか」

「はあ? なんでうちらが――」

「もし、僕が勝ったら……金輪際、剣道部の敷居を跨がないで欲しいんです」

「っ、木村くん! 何を、」


 慌てる多田さんに、手のひらを向けて制止する。

 顔を上げると、睨みつけるように瞳を細める三年生たちの顔が目に入った。


「いい度胸してんじゃん」

「そんな約束――」

「まあ待ちな」


 部長が静かに押しとどめる。


「現実が分かっていないのさ。いいよ、うちが相手をしてやる。たっぷり、教育をしてやるよ」

「……お願いします」


   ***


 僕がずぶの素人という事もあり、試合形式は簡易なものとなった。

 時間は無制限、反則もなし。先輩は従来通りの二本先取で勝利だが、僕からは一本取れば勝ちというハンデキャップマッチだ。


 堀田先輩の手を借りて防具を装着する。竹刀を握りしめ、気合を入れた。

 部長の方はもう万全の体制で僕を待っていた。


 開始線まで歩き、二人向き合って開始を待つ。


 ちらりと、周囲に目を向けた。

 ルールは簡易的なものだが、審判は本格的で三人。主審も副審も、三年生の先輩たちだった。それぞれ旗を二本ずつ握りしめている。


 一番近くに居た三年生の先輩が、僕の視線に気がついてニヤリと笑った。


「あれ、部長の竹刀。カーボン竹刀なんだよ」

「はい?」

「下手な所に当たると、そりゃあ悶絶するぐらいに痛いから、気をつけるんだね」

「……」


 それが脅しだったのかは分からない。

 だけど、不思議と恐怖はなかった。それよりも、使命感というか、僕がやるんだという気持ちが強くて、僕は先輩からの声に返事をしなかった。


「……始めっ!」


 主審の声を合図に、試合は開始された。


 部長は腐っても剣道経験者だ。受け身でいれば必ず負ける。

 そう判断した僕は、こちらから仕掛けるべく身体を動かした。


「っ、めん!」

「はっ」


 先手を打った僕の竹刀は、軽く弾かれた。両手に走る衝撃に驚き、僕は竹刀を取り落としてしまった。


 視線は床の竹刀へ向く。「しまった」と思う。

 剣道において竹刀落としは反則だが、審判の合図があるまでは試合続行だ。

 つまり、相手が竹刀を落としている間に技を決めれば、反則ではなく一本となる。

 だから、今の僕みたいに竹刀を落とした場合は、がむしゃらに防御して審判の合図を待つのが定石と聞いていた。


 今回のように反則無しの試合であったとしても、丸腰でよそ見をした相手に技を決めるのは容易い。

 だけど部長は、この絶好の機会を見ても微動だにしなかった。


「拾いなよ」


 それが部長の余裕なのか分からないけれど、僕は一本分の命を拾い、立ち上がった。


「……っ、うわぁぁぁ!」


 叫びながら、竹刀を振り上げて飛びかかった。

 技術力で圧倒的に負けている以上、勢いで乗り切る以外に手はない。


 だけど、僕の特攻は虚しく遮られ――部長の声が響く。


「こてぇ!」


 狙われたのは左小手。瞬間、痛烈な痛みが僕を襲った。


「っあ、つっ!」


 審判からの声はない。明らかに、有効打突部位から離れていたから当然だろう。


「ありゃ、やっぱり久しぶりだと、勘が鈍るね」


 素知らぬ顔で言う部長。

 僕はどうにかなりそうな痛みを、奥歯を噛みしめる事で必死に抑えて立ち上がった。


「あああっ!」


 とにかく声を張り上げ、再度部長に迫る。

 だけど僕の拙い技は簡単に弾かれ、その度に部長の竹刀が僕を襲った。


 最初の小手外しなどお遊びだったと言わんばかりに、部長の竹刀は「僕の身体」を狙って放たれ続けた。

 防具の隙間を執拗に狙った技は、どれもこれもが痛かった。


 技を食らう度に痛みで硬直する。だけど部長はそれらの絶好の機会を全て無視。審判である三年生たちも、止める素振りを見せない。


「ひ、ひどすぎます!」


 柔道場に響いたのは、別府さんの悲痛な叫びだった。

 だけど、僕はその声に反応する余裕すらなかった。


 どうにかして部長に勝つ。その事ばかりを考える。

 相手に勝利する気がないのなら、諦めずに食らいつけば、どこかのタイミングで技が決まる。

 ……審判を味方につけた部長に勝てるわけがないのに、この時の僕はどうかしていたのだ。


 何度倒れただろう。

 何度起き上がっただろう。


 床に背中が付く度に起き上がり、竹刀を落とす度に拾い上げ、痛みが走る度にまた倒れた。


 その繰り返しの中。

 たぶん次に攻撃を食らったら、もう立てないかもしれない。

 冷静にそんな事を考える自分がいた。


「っめぇ!」


 部長の声が響く。

 ぎゅっと、瞼を閉じた。


 刹那――。


 竹刀がぶつかる音が、耳に飛び込む。


 痛みは来ない。


 ゆっくりと、瞼を押し上げた。

 眼前に、一本の竹刀を握りしめて立つ、多田さんの背中が見えた。


「……」

「な、なんだよ」


 多田さんは無言だった。部長はそんな多田さんを不気味に思ったのか、後ずさる。


 ちらりと、多田さんが僕の方を見た。

 そして、顔を歪ませ、俯いた。


「そう、だよね。全部大事で、だけど……だから何かを切り捨てるだなんて、するべきじゃなかった。……してはいけなかった。誰かが傷ついている姿を見るのが辛いことだって、知っていたのに」

「っ、てめぇ!」


 防具も着けていない多田さんを前に、部長は竹刀を振り上げて飛びかかった。直撃すればただでは済まない。

 反射的に動こうとしたけれど、身体は思うようにならず、僕は声を上げるだけで精一杯だった。


「か、多田さん!」

「……ふっ」


 一瞬だった。


 飛びかかり面を仕掛けてきた部長の竹刀を、多田さんは最小限の動きで払い除けた。

 そしてすれ違いざま、部長の面に竹刀を振り落とした。


 パァンッ!


 面の奥で、部長の驚き見開いた目が見えた。


「一本先取で、よかったですよね」



**************************************



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