第20話
「僕が取り戻して見せる。強かったキミの姿を」
多田さんにボコボコに打ちのめされながら、啖呵を切ってしまった。
……勢いよく言ったはいいものの、正直、何をどうすればいいのか皆目見当もつかない。
僕の中にある、レイくんの姿。
文章の中で接してきた彼の言葉や優しさは、どうしたって今の多田さんとは結びつかない。
だからといって、あれが全て虚構だったとは思えない。
根拠はないけれど、それだけは断言できる。
――僕に、木村葵に出来る事。
考えて、考え尽くしても、答えは出ない。
僕が剣道に打ち込んで急激に強くなり、多田さんに勝つ?
そんな少年漫画みたいな展開になったところで、現状は何も変わらないだろう。
そもそも、一朝一夕の練習で彼女に勝てるわけがない。実際に対峙したからこそ分かる。彼女の強さは次元が違う。
だから、僕にやれることは一つ。
『やれることを考えること』
僕はまだ、そんなスタートラインにも立てていない段階だった。
***
「つ、つかれたぁ……」
朝練の時間。
外周を走ってヘトヘトになった別府さんが、校門近くでへたり込んだ。
汗でぐっしょりと濡れた体操服。微かに透けて見えるラインに、僕は慌てて自分の頬を叩いた。
「あわわ、いきなりどうしたんですか木村くん!」
「あ、いや。なんでもないよ」
用意していたスポドリを紙コップに注ぎ、手渡す。
「はい」
「ありがとうございますぅ」
別府さんは満面の笑みで受け取り、ゴキュゴキュと擬音そのままに飲み干した。
そこで僕は、ここしばらく抱いていた疑問を口にした。
「別府さんはさ」
「ふえ?」
「どうしてそんなに頑張れるんですか? 運動、得意じゃないですよね?」
別府さんは「うーん」と唸りながら、首を傾げて考え込んだ。
「憧れ……だったかなぁ」
「憧れ?」
「はいっ」
別府さんは立ち上がり、エア竹刀を握る仕草をして素振りを見せた。
「多田さんっ」
示し合わせたわけでもないのに、僕らの視線は校門へ向かって走ってくる多田さんの姿へ向いた。
遠くに見える彼女の表情は、きっと真剣そのものだろう。
「私も木村くんと同じで、部活どうしようか悩んでて……友達の誘いで見学に行ったんです。その子は入らなかったんですけど」
「それで?」
「堀田先輩と打ち合う多田さんの姿を、初めて見ました。すごいなぁって思ってたら、同じ一年生だって知って、もっともっとすごいなぁって。……かっこよかったなぁ」
その気持ちは、僕が初めて多田さんの剣を見た時に抱いたものと同じだった。
「私も近づけるかなって、ああなれるかなって、思っちゃったんです」
「……なれるわけないとか、思わなかった?」
別府さんはきょとんとした顔をした。
しまった。なんてことを聞いてしまったんだ。 即座に後悔する僕に、彼女は「ぜんぜん!」と明るい声を返した。
「ポジティブさだけが取り柄なんです! 考えもしなかったですけど……きっとなれるって、私は思ってます!」
眩しい存在だと思った。
多田さんを救いたいと思いつつ、やり方が分からずに諦めかけていた僕とは正反対だ。
「……そうだね。きっと、別府さんなら出来るよ」
「えへへ、ありがとう。頑張れる」
その時、多田さんが僕らの脇を風のように通り過ぎていった。
垣間見えた横顔は真剣そのもので、でも――。
その瞳は、涙に濡れているように見えた。
「……でも、最近思うんです」
「……」
「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……最近の多田さん、もやもやするなぁ、って」
別府さんは大きく息を吸い込むと、「もう一周頑張ります!」と言い残して多田さんの後を追った。
授業に遅れる時間だったけれど、僕は何も言わなかった。
「おー、相変わらず頑張ってんな、別府のやつは」
「……」
背後から、聞き慣れた気だるげな声。
振り返ると、校門に背中を預けて煙草をふかす竹瓦先生がいた。
「殆ど校内ですよ」
「ぎりぎり校外なんだよなぁ」
いつものやり取りの後、僕は先生から視線を外して言った。
「わかりましたよ、僕。前に先生が言ってたことの意味が、少しだけ」
「そっか」
「……僕は、正直迷ってます。先輩たちは怖いし、僕に何ができるか分からない。でも、何もしないのが正解だとも思えないんです」
どうして僕は、こんなろくでなしの大人に相談しているんだろう。
多田さんの異変に気づいていながら、「何もしない」と言い切った大人失格の教師に。
「せ、先生、は――」
「あ?」
「どうすれば……どうするのが正解だと、思いますか?」
「……さあな」
予想通りの返答。驚きはない。
それでも聞いてしまったのは、何かにすがりたかったからかもしれない。
「……ま、アドバイスなら、してやらん事もない」
「――え?」
先生は携帯灰皿に吸い殻を押し込み、新しい一本を取り出して咥えた。
「……とりあえず、格好つけてみな」
「は?」
「言った通りだ。男はな、何時だって自分から、意識して格好つける生き物なんだよ」
「……先生も、そうなんですか?」
「ったりめーだろ? どっからどう見ても、俺、格好良い」
煙草を咥えたまま、ニヒルに笑う先生。
思わず、僕は吹き出した。
だけど――。
なんとなく、心のもやもやが晴れた気がした。
「先生は、どうしようもないくらい駄目な大人だって思います」
「おうなんだコラ。訴えるぞ」
「でも……確かに、ちょっとだけ格好良いと思います」
「……ま。格好つけてるからな」
僕はまた、笑っていた。
◇ ◇ ◇
「多田さんはもっと、格好良い人だったよ」
当の本人を前にして、僕は昨日と同じ言葉を口にした。
昼休み。誰もいない道場。
何度もシミュレーションした甲斐あって、僕は逃げずに彼女の瞳を見つめることができた。
「……昨日も、言ってたね」
多田さんは右腕で左肘を抱くようにして、ふいっと視線を逸らす。
「キミが、木村くんが私の何を知っているの? 私たちが出会って、まだ一ヶ月だよ」
違う。
僕らの出会いは、もう三年になる。
僕は誰よりも、本当の彼女を知っている自負があった。
それは決して、驕りなんかじゃない。
「多田さんが、どうして頑なに全国を目指しているのか、理由は正直わからない。それならもっと強い学校はいっぱいあったはずだから」
「……」
「何か、理由があるんだって事はわかる。だけど――本当のキミなら、あんな風に別府さんがいじめられているのを、見て見ぬふりなんてしない!」
「っ、キミに、私の何がわかるっていうの!」
多田さんの瞳が鋭く尖る。
射抜くような視線に萎縮して、言葉が喉の奥へへばりつく。
「っう」
正直、逃げたい。
膝が震える。
だけど、伝えないとダメだ。
僕はぎゅっと目を瞑り、再びカッと開いて手を伸ばした。
「……これは?」
「か、多田さんがっ、一人じゃ難しいっていうならっ、ぼっ、僕が力になる!
「……キミが力を貸してくれたところで、どうしようもない事はいっぱいあるよ」
「そ、それでも! キミは、せ、世界で一番格好良い人じゃなきゃ、ダメなんだ!」
声が上擦る。
喉の奥から込み上げてくる熱いものが、声を震わせる。
みっともない。でも、止められない。
多田さんは瞼をぎゅっと閉じて、首をブンブンと横に振った。
「私には、守らなくちゃいけない約束があるんだ!」
悲痛な叫びを残して、彼女は走り去っていった。
僕の手は、空を切る。
声は、届かない。
ただのクラスメイト、「木村葵」の声では。
彼女の心の扉を叩くことすらできないのだと、僕は思い知らされた。
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