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剣道部のクールなエース美少女が、ネットの親友(女)にガチ恋してるらしい。……それ、女装した僕なんだけど?  作者: 秋夜紙魚
第一巻

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第18話

「ごめん」

「え?」


 部活の休憩中。柔道場の隅で座り込んだ僕と別府さん。

 僕は頭を下げて謝った。


「ど、どど、どうして木村くんが謝るの?」

「……だって、僕、僕だけが見てたのに。……見てるだけで、何もできなかった」


 視界が滲む。

 どうして僕はこんなに弱いんだ。

 レイくんだったら、きっと颯爽と助けに入れたはずなのに。


 別府さんは「大丈夫です」と笑った。


「そんな」

「わたし、メンタルだけは自信あるんです。先輩だって、きっとわたしの為にって――」

「そんなわけないよ」


 へらへらと笑う別府さんを、僕は少し強めに遮った。

 彼女はそれでも、無理に笑顔を作っていた。


 翌日も、その次の日も、状況は変わらなかった。

 三年生が指導する日は、決まって別府さんへの仕打ちが酷くなる。


 そんな日々の中で、気づいたことがいくつかある。


 まず、先輩たちが本当に疎ましく思っているのは多田さんだということ。

 だが多田さんは実力が圧倒的で、性格も強気だから手が出しづらい。

 そこで、憂さ晴らしの標的が別府さんに向かっているのだ。


 二年の堀田先輩は無口で実力者だが、関わろうとしない。

 僕は男でマネージャーだから、直接的な被害は受けにくい。


 つまり、一番弱い別府さんが、割を食っている。


「そうじゃないって、言ってるでしょ」

「は、はい!」


 もはや「指導」という名のいじめだ。

 さすがの別府さんも、表情が暗くなっている。


「だから、」


 先輩が竹刀を振り上げた。

 刹那、声が出た。


「あの!」

「……なに」


 先輩の冷たい視線が突き刺さる。

 怖い。

 どうして割り込んでしまったんだ。


 ふと、別府さんが視界に入った。

 怯えた目をしていた。


「……その、僕の素振り、これでいいかわかんなくて。み、見てもらえませんか?」


 震える手で竹刀を握り、一度振ってみせる。

 先輩は深くため息をついた。


「あんたは選手じゃないんだから、適当でいいわよ」

「そ、そう、そうですよね……あはは……だ、けどですね? ま、マネージャーだからこそそのっ、真剣に習いたい、みたいな?」


 ダメだ。怖い。

 足が震える。ぎゅっと目を瞑った。


 その時。


「まーくん!」


 明るい声が、陰鬱な空気を切り裂いた。

 柔道場の入り口に立っていたのは――柴石さんだった。


 彼女はニヤリと笑うと、道場の中央でふんぞり返っている三年生たちを見て、鼻で笑った。


「ふっ」


 僕たちの指導役だった先輩が、不機嫌そうに柴石さんに近づく。


「どうかしましたか?」

「……見学、というか。体験入部? いいですか? わたし、少しだけ剣道、したことあるんですよ」


 愛想良く笑う柴石さん。

 先輩たちは「勿論」と、獲物を見るような笑顔で答えた。


 空いていた道着と防具を着込んだ柴石さんの表情は、もう見えない。

 彼女はずかずかと進み出ると、芝居部長に話しかけた。


「先輩、手合わせ、してもらってもいいですかぁ?」


 挑発的な態度。

 先輩は「いいわよ」と、まだ余裕の笑顔だった。


 そして――。


 十数分後。

 そこには、息を切らせてへたり込む三年生四人の姿があった。


「あらら、もっと本気を出してもいいんですよ?」

「っ、一年が、調子に乗りやがって――」


 試合形式など無視して、逆上した芝居部長が竹刀を振り上げる。

 だが、柴石さんはそれを軽く弾き、まるで演武のように流麗に面を撃ち抜いた。


 パァンッ!


「足さばき、竹刀の振り、体捌き……どれを取っても、だめ。なってない。先輩方、三年間も何をやってきたんですかぁ?」


 圧倒的な実力差。

 公開処刑だった。


「てめぇ……まじでいい加減に――」


 三年生たちが殺気立って柴石さんを囲もうとした、その時。


「おー、やってるなー」


 竹瓦先生がやってきた。

 タイミング良く現れた顧問の姿に、先輩たちは大きく舌打ちをして、防具を脱ぎ捨てて去っていった。


「……大丈夫?」


 柴石さんは地面に座り込んでいた別府さんに手を差し伸べた。

 別府さんは「は、はい」と立ち上がろうとして……また尻餅をついた。


「あ、はは……腰が抜けちゃったみたいです」

「ふふ、可愛いじゃない。ほら」


 別府さんの手を引いて立たせる柴石さん。


「なんてことをしてくれたんだ!」


 そこで食って掛かったのは、多田さんだった。


「何よ」

「先輩たちが部活を辞めてしまったら、どうするつもりなんだ! 剣道女子なんてただで少ないのに……キミならわかるだろ!」


 怒鳴る多田さんを、柴石さんは冷ややかな目で見下ろした。

 そして一言。


「見損なったわ。あんた、もっと強い女かと思ってた」

「……ッ」


 ただそう吐き捨てて、彼女は道場を出ていった。

 残された多田さんは、悔しそうに唇を噛み締めていた。


   ◇ ◇ ◇


 部室の片付けを終えて校門へ向かうと、多田さんと別府さんが待っていた。

 僕の姿を見つけるなり、別府さんが詰め寄ってくる。


「あ、あの!」


 彼女は勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございました!」

「え?」

「嬉しかったです。とっても」


 じんと来る言葉だった。

 だけど、僕の心はずんと沈む。


「でも……僕は、ずっと見て見ぬふりをしてきたのに」


 うなだれる僕の手を、別府さんが取った。

 そして、ギュッと自分の胸元に引き寄せる。

 柔らかくて、温かい感触。


「それでも、今日助けてもらったのは事実です。……勇気を出してくれて、ありがとうございました」


 別府さんは最後に極上の笑顔を見せて、自転車で去っていった。

 ここ最近見られなかった、彼女の本当の笑顔だった。


「……行こっか」

「……うん」


 多田さんと二人、歩き出す。

 普段なら他愛のない会話をするのに、今日は重たい沈黙が支配していた。


 赤信号で足が止まる。  多田さんは視線を足元に落としたまま、ポツリと言った。


「気付いてた。私も、別府さんのこと」

「……」

「でも、止められなかった。人数的に、全国へ行く為には先輩たちの力が絶対に必要だから」


 彼女の声が震えている。


「女子剣道は人口が少ないの。五人揃わない学校もしばしばある。だから、五人揃っているだけで不戦勝を拾えることが多い。……人数が多いだけで、有利なスポーツなの」

「……」

「あの人たちを怒らせて、もし部を辞められたら……残るのは私と堀田先輩、それと初心者の別府さんだけ。そうなったら、もう試合をする前から『負け』が確定してしまう」


 その時、僕は理解した。

 竹瓦先生が言っていた、多田さんの「脆さ」を。


 彼女は必死すぎる。

 どうしてそこまで全国大会に固執するのか。

 ならばなぜ、真白のような弱小校へやって来たのか。


「……私、柴石さんのことを弱い人間だって、そう思ってた」


 多田さんは顔を上げ、どんよりとした空を見上げた。


「だけど、違った。本当に弱かったのは私だ。剣道が強いとか、そんなの全然役に立たない。先輩たちに立ち向かう強さも、恋愛の強さだって……彼女は、私に無いものばかり持ってる」

「……多田さんだって、僕に比べたら全然強いじゃないか」


 彼女はチラリと僕を見て、困ったように笑った。


 遠雷が響く。

 見上げれば、厚い雨雲が空を覆っていた。


 ポツリ、と鼻先に冷たいものが当たる。

 次の瞬間、ザアザアと激しい通り雨が降り始めた。


「うわっ」


 信号が青に変わると同時に駆け出し、近くのバス停の屋根に避難する。

 強い雨粒がトタン屋根を叩く音が、うるさいくらいに響く。


「すぐに止むかな」

「っぽいね」


 雨音と、車の走行音だけが支配する世界。

 周りに人はいない。

 まるで、この世界に二人だけ取り残されたみたいだった。


 それを自覚した途端、心臓が早鐘を打ち始める。

 意識しすぎだろうか。


 不意に横を向き、視線が交錯する。

 お互いにカッと顔を赤くして、慌ててそっぽを向いた。


「そ、そういえばさ」


 沈黙に耐えかねて、くだらない話を振った。


「じ、実はさ、佐助って昔はすごい泣き虫だったんだ」

「え? 佐助くんって、浜脇くん?」

「そうそう。小学校の頃は、女の子によく泣かされてた」

「嘘だぁ」

「本当だって。……僕のほうがもっとやんちゃでさ。そういえば昔、女の子を助けた事があってね――」


 過去の思い出話を矢継ぎ早に語る。

 ただ無言が恥ずかしくて。思考が桃色に染まっていくのが怖くて。


 僕の冗談交じりの話に、彼女は薄くだけど笑ってくれた。

 それが、今日一番嬉しい出来事だと気づく。


 ――同時に、激しい自己嫌悪が襲ってきた。


 どうして僕は、さっき道場で彼女に視線を送ったんだ。「どうにかしてくれ」と、彼女に頼ろうとしたんだ。


 多田さんは、こんなにもか弱い女の子なのに。

 剣道が強くても、委員長でも、普通の悩める女子高生なのに。


 好きな女の子に縋って、助けてもらおうだなんて。


 雨音に紛れて、小さくため息をつく。


 僕はなんて、格好悪い男なんだ。



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