第16話
「受けて立ちなさい、多田澪!」
「……」
それから毎日、柴石さんは現れた。
あれ以来、多田さんが勝負を受けることは一度もなかったが、柴石さんはめげずに毎日挑みに来た。
とっくの昔に、僕のことなど眼中から消えてしまったらしい。
その瞳は、まるでクリアできない高難度ゲームに挑む子どものように、キラキラと輝いていた。
***
ある放課後。
校門前まで来たところで、僕はポケットを探った。
「……あ、ごめん。忘れ物した」
多田さんと別府さんに「先に帰ってて」と手を振る。
別府さんは「じゃあお先に!」と自転車で去っていったが、多田さんはため息混じりに「一緒に行くよ」と言い出した。
「最近ずっと帰り道一緒だったし……何? わたしと下校するの、嫌なの」
「そんなことはないけどさ」
教室に近づくと、中から話し声が聞こえてきた。
どうやらまだ誰か残っているらしい。
僕は扉を開けようとして、中の人物に気づいて手を引っ込めた。
そっと覗く。
教室の奥に、二人の女子生徒がいた。
一人は、柴石華琳。
最近やたらと剣道部に現れる美少女。
そしてもう一人は、永石さん。
僕と同じクラスの女子だ。
前髪が長くて目元が見えず、いつも静かな子。
印象は薄いけれど、身長は僕より――いや、長身の多田さんと同じくらい高い。
「はぁ……学校では、あまり話しかけないでって言ったでしょ」
「う、うん。……ごめん、なさい……」
柴石さんの声には棘があった。
いつもカラッとしている彼女にしては珍しい、冷たい口調。
まるで永石さんを突き放すような物言いだ。
それほど嫌っている相手なのだろうか。
「……」
多田さんが教室に入ろうとするのを、僕は慌てて止めた。
「な、なにしてるのっ」
「……見過ごすわけにいかない」
「だ、ダメだってっ。柴石さんが何かしてる感じじゃないだろっ」
小声で押し問答をしていると、教室の中で動きがあった。
永石さんが人差し指を二本、付き合わせながら言う。
「……その、つらくて」
「……」
腕を組んで不遜な態度だった柴石さんが、ガシガシと後頭部を掻いた。
「……ああ、もう。……佳子は本当に――かわいいなぁ」
「え?」
「ん?」
僕と多田さんの声が重なった。
柴石さんは永石さんとの距離を一気に詰め、その背中に手を回して引き寄せた。 抱き合う二人。
自分より背の高い永石さんを見上げる柴石さんと、見下ろす永石さん。
二人の顔が、ゆっくりと近づいていき――。
チュッ。
なんてことはない。
女の子同士のキスだった。
「あ、あわわ……」
多田さんが真っ赤になって後ずさり、足をもつれさせて転んだ。
ガタン!
大きな音が響く。
「誰!」
柴石さんの鋭い声。
僕と多田さんは、完全に視認されてしまった。
しばしの沈黙。
観念したようにため息を吐いたのは、柴石さんの方だった。
「……最悪だわ」
彼女は机に腰を下ろし、僕らを睨みつける。
「ご、ごご、ごめんなさい。……わ、わたしが、華琳、呼び出した、から」
「……別に、佳子のせいじゃないわよ。悪いのは――」
柴石さんの鋭い視線が突き刺さる。
多田さんは未だに顔を赤らめたまま、そっぽを向いている。
「あ、その……誰にも言わないから」
「信用できない」
まあ、そうだろう。僕が同じ立場なら、全員敵に見える。
「……というか、柴石さん。貴方、木村くんの事が好きだったんじゃないの?」
多田さんの言葉に、柴石さんは「はあ?」と心底呆れた声を出した。
「んなわけないじゃん。なんでこんなナヨッとした男、好きにならなきゃいけないわけ?」
「……」
グサリ。
思っても言わないでほしかった。
「木村くんはカムフラージュよ。誰だって、まさか彼氏が居る女の子に、彼女が居るだなんて思わないでしょ?」
なるほど。妙に納得してしまった。
「それに、木村くんバリバリの草食系だし、言動とか童貞臭いし。喧嘩してもあたしが勝つだろうし、こんな優良物件他にないもの」
「ど、どど、童貞ちゃうわ!」
「え、違うの?」
多田さんが食いつく。
「い、いや。……違わない、です……」
惨めだ。死にたい。
「……まあ、別に私たちは誰かに言いふらすなんてしないから、勝手にやってて」
多田さんはそう言うと、興味なさげに背を向けた。
僕も続こうとすると、鋭い声が飛んできた。
「待ちなさいよ」
柴石さんだ。
「さすがに、はいそうですなんて言えないわ」
「……だったら?」
「力づくでも、口止めさせてもらう」
「出来るの? 貴方に」
バチバチと火花が散る。
この二人が一触即発になるのは何回目だ。
友情が芽生える気配は皆無だ。
「……どうせ、あんただって内心は馬鹿にしてるくせに」
「……してないよ」
多田さんは俯きながら答えた。
真剣な声色だった。
柴石さんは意外そうに「ふーん」と鼻を鳴らした。
「……そういえばあんた、レズって噂あるもんね」
「んなっ」
僕が驚く横で、多田さんが動揺しまくる。
「べ、べべべ、別に私はその、……いやいやいや! 何なの!?」
「ふふ、否定はしないんだ」
柴石さんが悪戯っぽく笑い、多田さんに近づく。
そしてスッと顎を持ち上げ、自分の方へ向かせた。
「共犯者になる、ってのはどう? あたし、結構女の子にもモテるのよ」
「……」
多田さんはやんわりとその手を払いのけた。
「悪いけど、私には心に決めた人がいるから」
「あら残念」
柴石さんが肩をすくめて振り返る。
そこには、服の裾をぎゅっと握りしめる永石さんの姿があった。
前髪の奥で、目が怒っている気がする。
「ごめんごめん、冗談だって」
「……帰ったら、おしおき」
「待って。まだあたし、こいつらと話が――」
「……」
永石さんは無言で、柴石さんをズルズルと引きずっていった。
……強い。
***
残された僕と多田さんは、示し合わせたかのように無言で教室を出て、帰路についた。
「……木村くん、引いた?」
「え?」
不意に投げかけられた質問。
「わ、私がその、……女の子が好きだって、その、そういう話」
「ああ……」
僕は少し考え、首を振った。
「ぜんぜん?」
驚いた様子で、多田さんが立ち止まる。
「……誰かを好きになる気持ちってさ、たぶん、すごく衝動的なものなんじゃないかな」
「衝動的……」
「うん。理性じゃダメだって分かってても、どうしようもないというか……例えば僕だって、もしかしたら男の子を好きになることもあるかもしれない。好きになった人が、たまたま同性だったってだけで。多田さんは、どう?」
「……うん、私も、そうかもしれない」
彼女は小さく頷いた。
それからまた少し歩いて、僕は声を上げた。
「あ」
「え?」
「忘れ物、忘れてた……」
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