第14話
放課後。
ジャージに着替えた僕は、柔道場で防具の手入れをしていた。
松原先輩が日頃から丁寧に手入れをしてくれているおかげで、強烈な異臭を放つほどではない。多少は汗臭いけれど、作業自体に嫌悪感はなかった。
今日は松原先輩が休みだ。
その分、僕がマネージャー業務に勤しんでいる。ある程度は慣れてきたので、一人でもなんとかなる。
柔道場を見渡す。
二年の堀田先輩は一人黙々と素振り。
一年の別府さんは、多田さんの指導のもと基礎練習に励んでいる。
「意外、剣道部なんだ。でも、マネージャーってのは高評価。まる」
「え?」
ツンツンと、背中に指が当たる。
振り返ると、人差し指を立てて僕を見上げる柴石さんが立っていた。
「ど、どうしてここに」
「……放課後、せっかくこのあたしが会いに行ってあげたのに、教室に居ないから」
ムスッとした様子で柴石さんは言う。
いや、「会いに行ってあげた」って……そもそも交際は丁重にお断りしたはずでは?
反論しようと思ったけれど、何を言っても無駄な気がする。
僕はとりあえず仕事を終わらせようと手を動かした。
「……そこ、結び方違うわよ」
「え?」
松原先輩に教わった通りに竹刀を組み立てていた僕に、柴石さんが鋭く指摘する。
「貸して」
彼女は竹刀を奪い取ると、あれよあれよという間に完成させてしまった。
その手際、松原先輩よりも早いかもしれない。
「柴石さんって、剣道やってたの?」
「中学までね。もう辞めたけど。臭いし、暑いし、モテないし」
なるほど、道理で。
少し自慢げな柴石さんに感心していると、背筋に冷たいものを感じた。
視線の先。
柔道場の奥から、腕を組んだ多田さんが僕たちを凝視していた。
多田さんは大きなため息をつくと、別府さんに指示を出し、こちらへ向かって来た。
そして、柴石さんを見下ろすように言葉を投げかける。
「あの」
「うん?」
あまり女子生徒には向けないような、厳しい眼差し。
だけど柴石さんは素知らぬ顔で小首をかしげる。
「部外者は出ていってもらえますか? 木村くんも、入部希望でもない人の相手なんかしてないで」
「あ、ごめんね」
「……」
謝る僕と、ブスッとした様子の柴石さん。
二人はしばらく火花を散らすように見つめ合い、やがて柴石さんが「ま、いいや」と肩を竦めた。
「それじゃあね、木村くん。また来るから」
手をひらひらと振って、彼女は出ていった。
嵐のようだった。
***
部活が終わり、戸締まりを確認。
職員室へ鍵を返しに行き、下駄箱まで戻ってくると、僕を待っていた多田さんと出くわした。
「その、一緒に帰らない?」
「あ。うん」
そのまま、二人で下校することになった。
入部以来、多田さんと一緒に帰るのは日課になりつつある。
他の部員は自転車通学だし、松原先輩がいない今日は、徒歩組の二人が並んで帰るのは自然な流れだった。
だけど、今日ばかりは二人きりというわけにはいかなかったらしい。
校門の前に、見覚えのある人影があった。
「柴石、さん?」
「やほー」
柴石さんは壁から背を離すと、僕たちに近寄ってきた。
「終わるの、待ってたんだ。暇だったし」
言うが早いか、彼女は自然な動きで僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
「んなっ」
「っ」
驚く僕と、絶句する多田さん。
柔らかい感触と甘い香り。
柴石さんのとびきりの容姿も相まって、心臓が跳ねる。
「は、離してよっ」
「やだよー。振り向かせるって、言ったでしょ」
女性相手に無理やり引き剥がすわけにもいかない。
というか、柴石さんは思いの外力が強く、僕の腕力では到底敵いそうになかった。
チラリと多田さんの様子を伺う。
……案の定、機嫌が悪い。
能面のような冷淡な表情で僕らに近づくと、彼女は空いているもう片方の腕を掴んだ。
「か、多田さん?」
「……」
多田さんは無言のまま、ギュッと強く僕の腕を握りしめる。
右に美少女、左に美少女。
二人の女子生徒に両腕を捕獲され、挟まれる僕。
これって、人生に三度来ると言うモテ期か?
でも、空気が修羅場すぎて生きた心地がしない。
「なに? 多田さん、だっけ? あんた、木村くんと付き合ってるわけ?」
「そうじゃ、ないけど」
「だったらその手、離してくれない? あたし、このひとの彼女なんだけど」
とんでもない爆弾発言。
多田さんが目を剥いて僕を睨む。
「冤罪だ!」
「あら、そうなの?」
「そうだろ! ぼ、僕はキミからの告白を、きちんと断ったじゃないか!」
「そうだっけ? あたしてっきり、オーケーもらえたものだと思ってたわ」
「そんなわけあるか!」
僕の必死の否定を見て、一応、多田さんの中で容疑は晴れたらしい。
だが、拘束は解かれなかった。
彼女はその日、別れ道となる交差点までずっと。
僕の腕を、痛いほど強く握りしめたままだった。
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