幕間 多田澪、三
制服姿のまま、ベッドに寝転ぶ。
天井を見つめながら、ふと瞼を落とした。
浮かんでくるのは、同じクラスで、同じ部活の男の子。
木村くんの顔だった。
「……っ、」
頬が熱くなる。
カッと目を見開き、体を起こして何度も首を左右に振った。
ありえない。
そう、自分に言い聞かせる。
だって彼は、私の好みとは何もかもが違う。
男の癖になよなよしていて、見た目も華奢。あれこれ理由をつけて物事から逃げる、典型的なヘタレ男子高校生だ。
そもそも、当たり前だけど彼は……男性だ。
ふと、携帯を取り出してSNSアプリを開く。
トーク画面の一番上にあるユーザー名をタップした。
『まもる』
素敵な女性だ。
可憐で、可愛らしくて、守ってあげたくなるような人。
だけど実は自堕落で、料理も洗濯もまともに出来ない。家では毎日ぐうたら過ごしているらしい。
その癖、機械関係には妙に詳しい。
何より――彼女とチャットをしていると、心がぽかぽかした。
こんな気持ちになる相手は、他に居なかった。
私は、多田澪は、「まもるさん」に恋をしている。
私は身も心も女性で、それは相手も同じはず。
それが分かっているのに、私はあの人に恋い焦がれている。
これまでも何度か男性に告白されたことはある。
好きだ、付き合って欲しいと。
だけど私は、そのどれもを断ってきた。
理由は明確には言えなかったけれど、本当は違った。
私の心にはずっと一人の人間が居着いていて、他の人に目もくれなかっただけだ。
そう、そのはずなのだ。
なのに――。
見た目が中性的だから?
声が可憐で、男の癖にすごく可愛いから?
理由はわからない。
だけど私は、好きな人がいながら、別の人に惹かれてしまっているのかもしれない。
木村葵くんという、クラスメイトの男性に。
現実的に考えれば、その方が自然なのだろう。
女性が好きになる相手は普通、男性でないといけない。
少なくとも、私は自分の気持ちを「まもるさん」に伝えるべきではないと思っている。
「……」
トーク画面を開き、文字を打とうとする。
まもるさんと話したい。
だけど――。
「……」
ホームボタンを押して、画面の電源を落とした。
好きな人に、「好きな人が出来たんだ。どうしよう」だなんて聞けるわけがない。
自嘲する。
硬派で一途な自分だと思っていたけど、私は案外、浮気性なのかもしれない。
それに――。
これから、極力まもるさんと連絡を取るべきではないのかもしれない。
そう思っていた。
……数日前の事だ。
木村くんが入部した翌日、道場での出来事。
かおりは、あのカツラを被った後ろ姿を「まもるさん」と紹介した。
……私の勘違いでなければ。
この耳が忘れていなければ、あの声の正体はやっぱり――。
「……居るのかな、本当に……」
あり得ない可能性ではない。
まもるさんは元々、真白高校のある地区に住んでいた。私立を離れることになったと聞いていたし、その先がここであってもおかしくはない。
でも、まさか。
不意に、机の上に飾ってある写真立てを見た。
もう十年近く前に撮った写真だ。
幼い私と、かおりが写っている。二人とも防具をつけて、満面の笑みだ。
かおりは、幼少期からうちの道場の教え子だった。
私の最初の「生徒」であり、二つ年上の「お姉ちゃん」みたいな存在。
かおりは努力家だった。いつも一番に道場へ来て、練習していた。
ある日を境に毎日、私に試合を挑むようになった。
もっとも、彼女が私に勝てた事は一度もなくて。
そして――。
かおりは、剣の道を諦めた。
後遺症の残る怪我は、交通事故が原因だった。
私はスカートの上から、太腿の古傷をさする。
もう痛みなんてちっとも感じないし、治療を受ければ目立たなくなると言われた。
だけど、私は未だに残したままでいる。
「……絶対に、全国へ連れて行くよ」
日常生活に不便がないくらいに回復したかおりの身体。
しかし、激しいスポーツをするには耐えられない。
去年の今頃、夕暮れの道場でかおりを見た。
竹刀を構え、すり足をした瞬間に膝から崩れ落ち、その頬に涙が伝ったあの光景。
あの時、決意したのだ。
中学の頃からずっと全国大会を夢見ていた彼女のために。
私が、彼女を全国へ連れて行くんだと。
そのために、私は親の反対を押し切って公立高校へ進学した。
彼女の居る、真白高校に。
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