表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣道部のクールなエース美少女が、ネットの親友(女)にガチ恋してるらしい。……それ、女装した僕なんだけど?  作者: 秋夜紙魚
第一巻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/29

第11話

「お兄ちゃん、朝だぞー」

「……あ、あと、……五分……」

「……起こしてって、そう言ったのお兄ちゃんじゃん」


 重い瞼を押し上げる。

 元来早起きの妹にアラーム役を頼んだのは僕だけど、眠気には勝てない。

 僕は再び夢の中へ落ちていく。


「もう……おきてよー」


 うつ伏せの腰に、ずしりと重みがかかる。

 妹が僕の背中に乗り、ゆさゆさと揺さぶってきた。

 呼吸が苦しい。


「ふあああ」

「あ、おきた」


 妹が僕から離れる。


「……おはよ」

「はい、おはよう。……とりあえず、そのダボダボTシャツから覗いてる小さな膨らみは隠そうか。お兄ちゃんは心配だぞ」

「家でしか着ないからいいのー」


 妹は起き上がった僕に半纏を着せかけてくれた。

 されるがままだ。


「朝はまだ冷えるから、ご飯食べてきなよ」

「んー」

「あと寝癖、ひどいよ」

「んー」

「あと汗臭い。昨日、お風呂入った?」

「んー?」


 生返事をしながら、ようやく異変に気がついた。

 猛烈に腹が減っている。顔も髪もべたついている。

 そして、パジャマじゃなくてカッターシャツを着ている。


 ――思い出した。


 昨日、剣道部のマネージャーとして入部したんだ。

 いきなり練習に参加して、松原先輩の後ろについて走り回って。

 帰宅するなり泥のように眠ってしまったらしい。


「……ん? あれ、のぞみ」

「なに?」

「今何時?」

「六時半前、くらい」


『朝練は七時からだから、それまでには校門に来てね』


 松原先輩の言葉が蘇り、一気に血の気が引いた。

 ここから学校まで歩いて二十分。


「やべっ!」


 風呂にも入らず登校なんてできない。

 僕は秒速でシャワーを浴び、着替えて、菓子パンを掴んで家を飛び出した。


「ちょっとあおい! お弁当まだよ!」

「ごめん母さん!」


 入部のことを伝えていなかったから、母さんは余裕綽々だった。

 待っている暇はない。


 赤信号で立ち止まり、スマホを確認する。

 そこで気づいた。レイくんからメッセージが来ていた。


「あ、やば」


 内容は「今暇?」程度の他愛ないものだったけど、既読無視をしてしまった罪悪感が胸を刺す。

 慌てて短く返信を打ち、青信号を合図に再び走り出した。


   ◇ ◇ ◇


 学校到着、六時五十分過ぎ。ギリギリセーフだ。

 息を切らせて道場に飛び込み、更衣室のドアを開ける。


「あ」

「へ?」


 中には、多田さんがいた。

 着替えの途中だった。


 ふくよかな胸。

 白い下着。

 綺麗な脇。

 見開かれる瞳。


 まずい。


 ――そう思った時には、もう手遅れだった。


   ◇ ◇ ◇


「災難だったね、木村くん」

「……まあ、僕が悪いんですけどね」


 頬を赤く腫らした僕を見て、松原先輩は愉快そうに笑った。

 平手打ち一発で済んでよかったと思うべきか。


「でも、更衣室はどうにかしないとね。男子だからって教室で着替えてこいってのも可哀想だし……」


 腕を組んで考え込んでいた先輩が、不意にポンと手を打った。

 嫌な予感がする。

 名案が浮かんだというより、面白いイタズラを思いついた時の顔だ。


「ちょっと待っててねー♪」


 先輩はスキップせんばかりの足取りで部室の奥へ消え、すぐに戻ってきた。

 その手には、不気味な黒いもじゃもじゃが握られている。


「……かつら?」

「そ。ほら、こっちこっち」


 手招きされるままに近づくと、無理やりかつらを被せられた。

 さらにどこから取り出したのか、ファンデーションのようなものを顔に塗られる。


「んむ。体操服も相まって、どう見ても女の子だ。いやこれ、レベル高いよ」

「……やめてくださいよ」

「にゃはは、ごめんごめん」


 その時。

 入り口から声がした。


「かおり、わたし、タオル忘れてない?」


 ランニングに出ていた多田さんだ。


 僕は慌てて背中を向ける。

 同級生に女装がバレるなんて死活問題だ。

 中学時代に経験があるとはいえ、ブランクが大きいし、何より恥ずかしすぎる。


「あ、これね。はいタオル。……ていうか、もう一周してきたんだ。相変わらず早いね」

「……ねえ、松原先輩。その子は?」


 多田さんの怪訝そうな声。


「あー……体験入部の子? かな? だね?」

「何故に疑問形なの」


 先輩も少しは悪いと思ったのか、誤魔化してくれた。

 でも、絶対にバレるわけにはいかない。


 僕は久方ぶりに「スイッチ」を入れた。

 大丈夫だ。電話口なら、いまだに女性と間違われる声なんだから。


「あ、えっと、はい。そうです。その……わ、わたし、まだ部活決めていなくって」


 裏声を使って答える。


「――え?」


 多田さんが息を呑む気配がした。

 どうしたんだろう。やっぱり違和感があったか?


 焦る僕の隣で、松原先輩が援護射撃を放つ。


「そうそう! えっと、その……そうだ! 彼女は『まもるさん』って言うの。確か。ね?」

「あ、はい。そうです」


 適当な相槌を打つ。

「まもる」は僕の名前の音読みだし、昔は実際にそう名乗っていたこともあるから、咄嗟に出てもおかしくない。


「――まもるさん……?」


 多田さんの声が震えている気がした。


「あ、澪ちゃんさ。早くランニング行かないと、時間なくなっちゃうよ!」

「……そう、だね。ごめん。じゃあ、行ってくる」


 多田さんは足早に去っていった。

 助かった。


 僕はかつらをひっぺがし、松原先輩に詰め寄った。

 心臓がバクバク言っている。


 まさか。

 この「まもるさん」という偽名が、多田澪にとってどれほど特別な意味を持つ言葉なのか。


 この時の僕は、まだ知る由もなかったのだ。


   ◇ ◇ ◇


 剣道部の朝練は、学校の外周ランニングのみ。

 距離はおよそ一キロ強。何周するかは個人の裁量に任されているらしい。


 マネージャーの仕事は、水分補給用のスポーツドリンクを準備することくらいだ。

 二周、三周と重ねる部員のために、僕は手早く準備を整える。


「朝練は自由参加だから、三年生以外は全員集まってる感じかな。と言っても、三人しかいないけど」


 松原先輩が苦笑する。


「澪ちゃんは特に速くて、いつも一番。元々、朝走る習慣があるんだって」 「そうなんですか」


 入部前は「体育会系の縦社会」に怯えていたけれど、先輩二人は僕に対して厳しく当たらない。

 マネージャーという立場のおかげか、それとも性別の壁か。

 いずれにせよ、僕は安堵していた。


「ま、澪ちゃんなら、それくらい当然か」

「……そんなに凄いんですか?」


 僕が聞くと、先輩は「まあね」と胸を張った。


「私と澪ちゃんは幼馴染なんだけど、あの子の強さは折り紙付きだよ。大人の有段者、それも男性相手でも勝っちゃうくらい」

「へえ……」

「大会経験がないから公式記録はないけど、実力だけなら県内でもトップクラスだと思う」

「そんなに」


 僕が感心していると、走ってくる人影が見えた。

 先頭は、やはり多田さんだ。


 彼女は給水所の前を通り過ぎる際、僕の方を一瞥もしなかった。

 立ち止まることなく、そのまま二周目へと入っていく。

 心なしか、視線が冷たい。……やっぱり、今朝の更衣室の一件で嫌われたらしい。


 二年の堀田先輩も、多田さんを追って通過していく。

 そんな中。

 昨日もヘトヘトになっていた一年生――小柄なのに「ある部分」だけは発育のいい女子部員が、ふらふらと戻ってきた。


「だ、大丈夫?」

「だ、だい、じょうぶ、れすぅ……」


 言葉になっていない。今にも倒れそうだ。

 僕は慌ててコップを持って駆け寄った。


「少し休みなよ」


 彼女はコクコクと頷き、受け取った水を一気に飲み干した。

 そして、パン! と自らの頬を叩いて気合を入れると、再び走り出した。

 まあ、走っているというよりは早歩きに近い速度だけれど。


「真央ちゃん、頑張り屋だなぁ」

「大丈夫なんですか、あの人」

「体力は人一倍ないかもね。運動経験ゼロらしいし。でも、熱意は十分。……応援したくなるよね」

「……ですね」


 懸命なその背中を見て、少しだけマネージャーのやりがいを感じた気がした。


   ◇ ◇ ◇


 教室へ戻ると、すでに多田さんは着替えを終えていた。

 男子である僕は、女子全員が着替え終わった後に更衣室を使うというルールで事なきを得たのだが……。


「…………」


 多田さんと目が合うと、プイッと露骨に顔を背けられた。

 どうやら、とことん嫌われてしまったらしい。

 まあ、着替え中の更衣室を開けてしまったのだから、自業自得だ。


 気まずい思いで自席に座り、なんとなく多田さんの背中を眺める。


 彼女は携帯を取り出すと、慌てた様子で必死にフリック入力を始めた。

 かと思えば首を傾げ、何やら悩んでいる様子。

 さっきまでの不機嫌オーラとは打って変わって、コロコロと表情が変わる。


 おかしな人だ。

 僕は観察をやめ、授業の準備に取り掛かった。


 ブブッ。

 マナーモードにしていたポケットの携帯が震える。

 画面を見ると、レイくんからのメッセージだった。


『大分疲れたみたいだね。うちも、運動部初心者の子が、いつもへとへとになってるよ。頑張って!』


「……どこの部活も、同じような感じなんだなぁ」


 そんな感想を抱きつつ、僕は返信を打つ。

『こっちもだよ。でも、一生懸命な姿を見ると応援したくなるよね』


 送信して、画面をオフにする。


 予鈴のチャイムが鳴った。

 ふと多田さんを見やると。


 彼女は携帯の画面を見つめながら、花が咲いたようにニコニコと笑っていた。  何か、いいことでもあったのだろうか。


 僕は首を傾げながら、教科書を開いた。

 すぐ近くで微笑む彼女の「送信相手」が、まさか自分だとは露知らずに。



**************************************



応援コメント、レビューが励みになりますので、お時間があれば是非。


☆評価もお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ