第10話
「あ、あの?」
「……あいつは必死だ。部活に関して、何かに追われているように切羽詰まっている。……見ていて息苦しいよ」
竹瓦先生は煙草を指で弄びながら、つまらなそうに言った。
「所謂、青春に情熱を燃やす体育会系とは一線を画している」
「……そんなこと、どうしてわかるんですか?」
「ま、お前らより長く生きているからな。似たやつを何人も知っているだけだ」
振り返った先生は、にかりと白い歯を見せた。
けれど、すぐに真顔に戻り、視線を校門へ向ける。
「ああいう奴はな、近い将来潰れるんだ」
「え……」
さもそれが当然の帰結であるかのように。
数学の公式を語るような口調で、先生は言った。
それがどうしてだか、絶対的な真実のように聞こえて、僕は言葉を失った。
「……潰れるって、どういう意味ですか?」
「言葉の通りさ。多田澪は剣道家として、長続きしない」
あまりにも直接的な言葉。
普段は鈍感な僕でも、その意味を理解できてしまった。
理解できてしまったからこそ、狼狽える。
僕は多田さんにとって、剣道がどれほど大事なものなのか知らない。
ただ……彼女と剣道は切っても切り離せない関係なんだと、昨日と今朝の姿を見て感じていた。
だからこそ、先生の予言めいた言葉が怖かった。
「っ、どうすれば……先生は、どうするつもりなんですか?」
「さあな」
先生は興味なさげに返事をした。
「少なくとも、俺には何もしてやれないよ。俺はな、見たくないものからは目を逸らす性質なんだ」
――なんだ、それ。
見たくないから?
嫌な思いをしたくないから?
だから、関わらないって言うのか。
「……先生は、それでも教師なんですか?」
腹の底から、熱いものがせり上がってくる。
「多田さんの行く末が見えているのに、何もしないって、そう言っているんですか?」
思わず強くなってしまった語尾。
奈落の底へ落ちようとする生徒を、ただ見下ろすだけだと言う大人に、僕は憤っていた。
「正式な解法を知らないんだ。俺には、どうしようもできない」
「先生だって言うなら……! た、多田さんを、助けてやればいいのにっ」
「…………」
先生はそこで、再度振り返った。
冷淡な瞳。そこにはどんな感情も浮かんでいなかった。
「どうして?」
「え――?」
「どうして、俺がそんな事をしなきゃならんのだ」
質問の意味が、一瞬わからなかった。
どうしてって、それは……先生が、『先生』だからに他ならないじゃないか。
「先生だからか?」
「っ」
「俺が大人だからか?」
「……」
「それとも……お前には、どうすることも出来ないからか」
――ッ。
喉が、詰まった。
「教師なんてものはな、選ばれた聖職者じゃないんだ。誰にだってなれるし、誰にだって出来る。ただの職業だ」
先生の言葉が、重くのしかかる。
「俺たちはお前らに勉強を教えて、対価をもらって生活をしている。……誰も彼もが、自分たちを助けてくれるだなんて思うんじゃない」
反論しようにも、胸の奥からぶら下がった重りが、言葉を胃の中へと沈ませていく。
からからに乾いた喉は、音を紡げない。
「……大人なんてな、言ってしまえば歳食った子どもなんだよ。誰しも、自分が一番可愛い。面倒事からは逃げたい。……ずっと、変わらないさ」
先生は今度こそ、校門の方へ向かって歩いて行った。
たった一人残された僕は、どうしようもなくて、ただその背中を見つめた。
僕は、どうすればいいんだ。
あんな話を聞かされて。
大人は何もしてくれないと突き放されて。
『それとも……お前には、どうすることも出来ないからか』
呪いのような言葉がリフレインする。
僕はぎゅっと、拳を握りしめた。爪が食い込んで痛かったけれど、やめなかった。
僕は果たして、多田さんの為にと考えたのだろうか。
もしかしたら、先生の言葉に対するささやかな抵抗だったのかもしれない。
お前には何も出来やしないと、煽られたからかもしれない。
でも――。
その時、脳裏に浮かんだのは、冷淡な先生の顔じゃなかった。
あの日。
僕を助けてくれた、あの人の大きな背中。
ただただ眩しくて、憧れて、手を伸ばしたかった「彼」の姿だ。
もし、彼なら。
レイくんなら、どうしただろうか。
◇ ◇ ◇
「剣道部に入った?」
「うん」
朝の教室。
佐助の驚いた顔に、僕は短く頷いた。
「そんなに乗り気だったっけ?」
「あ、いやまあ。色々あってさ」
と、そこで教室のドアが開く。
現れたのは多田さんだった。
彼女は僕を見るなり、スタスタと近づいてきた。
どうやら、僕が入部届を出したことを聞きつけたらしい。
開口一番、彼女は言った。
「木村くんって、馬鹿?」
「……ひどい言われようだ」
「まあ、間違ってはいないと思うけど」
そこで予鈴が鳴る。
いつものように多田さんが手を叩き、皆を席に着かせる。
僕は少しだけ恨めしく、彼女の背中を見つめた。
馬鹿で結構だ。
他でもない、僕が入部を決めた理由は――キミが一枚噛んでいるというのに。
**************************************
応援コメント、レビューが励みになりますので、お時間があれば是非。
☆評価もお待ちしております!




