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剣道部のクールなエース美少女が、ネットの親友(女)にガチ恋してるらしい。……それ、女装した僕なんだけど?  作者: 秋夜紙魚
第一巻

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第9話

 校門を出て、とぼとぼと歩く。

 不意に、肩に手が置かれた。


「よう」

「……佐助」


 振り返ると、部活帰りの佐助が立っていた。

 自然と並んで歩き出す。


「えらい遅くまで見学してたんだな」

「まあね」

「で、どこに入るかは決めたのか?」


 その質問に、僕は盛大なため息で返事をした。

 経緯を説明すると、佐助は呆れ顔になる。


「あれだけ時間があって、一箇所しか見学してないのかよ。しかも、女子剣道部のマネージャーって……正気か?」

「別にいいだろ」

「悪くはないけどさ。……しかし、剣道部か」


 そこで佐助は言葉を濁した。

 信号待ちの交差点。彼は何か言いたげに視線を彷徨わせる。


「正直、おすすめはしないぞ。お前、朝弱いじゃん。朝練とかどうすんだよ」

「うう、それはそうなんだけど……」

「先生に言って、少し期限伸ばしてもらえよ」


 佐助の言う通りだ。

 マネージャーの仕事は大変そうだったし、何より多田さんにも反対された。

 部活動に熱意を持たない僕が、あんな真剣な場所に飛び込んでいいはずがない。


「多田さんにも、反対されたしなぁ」

「多田? 同じクラスの?」

「うん」

「……そうだろうな」


 佐助が妙に納得したように呟く。


「何?」

「ああいや、なんでもない。……それより、後悔しないように決めろよ」


 分かれ道で佐助と別れ、僕は帰宅した。


   ◇ ◇ ◇


 自室に戻り、学ランを脱ぎ捨てる。

 Tシャツに制服のズボンというラフな格好でベッドに転がると、ポケットのスマホが震えた。


 レイくんからだ。


『高校は慣れた?』

「……ぜんぜん」


 僕は今日あったことを打ち込んだ。

 部活動が強制参加であること。運動部にするか文化部にするか迷っていること。


「ちなみに、レイくんはやっぱり剣道部? っと」


 返信はすぐに来た。


『うん、そうだよ』


 続いて、吹き出しが増える。


『でも、まもるさんは文化系の方があってる気がするなぁ。茶道部とか華道部とか、すっごく似合うと思う』

『だらしなさ満点のまもるさん的には、ありえないかもだけど(笑)』

「あ、はは……」


 乾いた笑いが漏れる。

 ふと、部屋の姿見に目が止まった。


 あの頃とは少し変わった。

 背も伸びて百六十センチ強。男子にしては小柄だけど、極端に低いわけじゃない。

 筋肉は相変わらずないし、撫で肩だけど、体つきはしっかりと「男子」になっている。顔つきだって、それなりに精悍になった……はずだ。


「ただ、なぁ……」


 声帯を震わせる度、絶望する。

 これだけは、昔と変わらない。いや、声変わりを終えて、むしろ悪化した気さえする。


 電話に出れば必ず「娘さんですか」と聞かれる声。

 意識して低く作らなければ、誰が聞いたって女の子の声なのだ。


 見てくれが中性的だからまだマシだけど、これで佐助みたいな男らしい風貌だったら、悲劇でしかなかっただろう。


「って、返事しなきゃ」


『自分でもそう思うよ。運動とか、本当にからっきしだし』


 苦笑いしながら打ち込む。

 だって、僕は身体を動かそうなんて思っていない。

 マネージャーなら、運動音痴でも務まると思ったから。


 でも、本当の理由はそれだけじゃない。

 僕が剣道部に見学へ行った理由。

 そこには間違いなく、彼――レイくんの存在があった。


 僕にとって、レイくんは憧れの対象だ。

 あの日、情けなく震えていた僕を、颯爽と救い出してくれたヒーロー。

 少しでも近づきたかった。彼の見ている景色を、僕も見てみたかった。


 ピコン。

 また、通知音が鳴る。


『でも、興味があるなら飛び込んでみるのもいいんじゃないかな?』

『思う所があるなら、試してみてもいいと思う。やり直しはきくんだから』


「…………」


 スマホを握りしめる手に力が入る。


 ――もし、レイくんが同じ学校の剣道部に居たとしたら。

 僕は迷いなく、マネージャーとして入部していただろう。

 彼の手助けになれるなら、どんなキツい練習だって耐えられるのに。


「あおい、ご飯よー」

「あ、はーい」


 母さんの声で現実に引き戻される。

 僕は打ちかけの文章を消し、短く返信した。


『ごめん、ご飯できたみたい。またね』


 スマホをベッドに放り出し、部屋を出る。


 リビングへ向かう廊下の途中。

 背後の自室から、再び「ピコン」と通知音が響いた。


 僕は足を止めることなく、階下へと降りていく。


 そのメッセージが、僕の運命を決定づける「最後の一押し」になるとも知らずに。


   ◇ ◇ ◇


 翌日。

 僕はいつもより早く起きて学校へ向かった。

 部活の朝練に出る佐助と時間がかぶるかと思ったけれど、あいつの姿は見えない。


 昨晩色々と考えた結果、入部先は決まらなかった。

 だから、ホームルーム前に担任を訪ねて期限を延ばしてもらおうと考えたのだ。


 校門前に到着し、一息。

 そこで、思わぬ人物と出くわした。


「……おはよう」

「あ、うん」


 声をかけてきたのは、多田さんだった。

 学校指定のジャージに身を包み、首からタオルをかけている。汗だくの姿からして、ランニングの帰りだろう。


「朝練?」

「そ」


 多田さんは短く答える。


「木村くんこそ、どうしたの。こんな早朝に」

「部活の申請期間を延ばしてもらおうと思って」

「なるほど」

「剣道部は気に食わなかった?」

「え。あ。いや」

「ふふ、冗談」


 いたずらっ子のように笑う多田さんは、教室で見せるクールな委員長とは別人のようだった。

 この顔は、なんだか……可愛いかもしれない。


「これって、部活の朝練?」

「そ。ほら」


 彼女が指差した先には、ウォータージャグを抱えた松原先輩の姿があった。

 その後ろを、大きなあくびをしながら竹瓦先生がだらだらと歩いている。


「それじゃ、私もう一周してくるから」

「あ、うん」


 多田さんは再び走り出した。


「入部もしていないのに! 木村くん、やる気じゃないか!」


 松原先輩が目を輝かせて駆け寄ってくる。


「あ、今日は別件で」

「……なんだ。でも、せっかくだから手伝っていきなよ!」

「え、ええー……」


 なし崩し的に、マネージャーの手伝いをさせられることになった。

 といっても、走ってくる部員に紙コップを渡すだけの簡単なお仕事だ。部員は三人しかいないし。


「水分補給は大事だからね。……あれ? そういえば澪ちゃんがいないな。いつも一番なのに」

「ああ。多田さんなら、もう一周してくるって」


 はっとした。

 もしかして、僕がいたから気まずくて逃げたのか?  だとしたら悪いことをした。


 そうこうしているうちに、赤いジャージを着た二年生――堀田先輩が戻ってきた。  松原先輩に背中を押され、僕は渋々紙コップを持って近づく。


「ど、どうぞ」

「…………」


 堀田先輩は無言で僕を見つめ、少し考えてから小さく「ありがとう」と呟いた。

 見慣れない男子に警戒しているのかもしれない。


 そんな時。

 曲がり角から多田さんが戻ってきた。

 校外一周にしては早くないか?


 よく見ると、彼女の前には今にも倒れそうな一年生の女の子が走っていた。

 のろのろとした走り。

 多田さんはすぐに追い抜けるはずなのに、速度を落として彼女の横を並走している。


 まるで、背中を押すように。無言の応援を送るように。


「はっ、はぁぁぁ……つ、ついたぁ……」


 校門に辿り着いた瞬間、その女の子は地面にへたり込んだ。

 松原先輩がすぐに駆け寄る。


 僕は汗を拭う多田さんに近づき、紙コップを差し出した。


「あ、多田さん」

「……まだ居たの」

「あ、はは」

「まったく、松原先輩ね? 木村くんって、頼み事されたら断れないタイプだよね」


 多田さんは呆れつつも水を受け取り、一息に飲み干した。

 ごくごく、と喉が鳴る音が心地いい。


「ぐうの音も出ません」


 僕はスマホで時間を確認した。

 そろそろ職員室へ行かないと。


「そ、それじゃ僕行きますね」

「ああ、はいはい。先輩には言っとくね」


 多田さんはそっけなく手を振った。


 校門から校舎へ向かう途中、僕はふと振り返った。


 余裕そうに水を飲む多田さんと、地面で伸びている一年生。

 きっとあの子は初心者で、運動も苦手なのだろう。

 だけど多田さんは驕ることなく、彼女に合わせて走っていた。


 人によっては嫌味に感じるかもしれないけれど、彼女に限ってそれはない気がする。

 なんとなく、だけど。


「面倒見いいんだよな、多田は」

「え?」


 突然の声に驚いて振り向くと、竹瓦先生が立っていた。

 口には火のついていないタバコを咥えている。


「……ここ、校内ですよ」

「火は点けてないだろー。少し歩けば校外だし」

「そういう問題ですか」

「そういう問題だ。朝練の顧問は煙草でも吸わなきゃやってられん」


 先生はタバコを指で弄びながら、遠くの多田さんを見つめた。


「なあ、木村。お前から見て、多田はどうだ?」

「え?」

「まんまの意味さ。かわいいだの、好みだの、なんでもいいぞ」

「生徒になんて質問するんですか」


 呆れながらも、僕は素直に答えた。


「……責任感があって、面倒見がいいタイプだと思います。ちょっと男子には厳しいですけど。それに、剣道も上手いんですよね?」

「まあな」

「少しだけ……可愛いところもあるかな、なんて」


 最後の一言は、小声で付け足した。


 先生は僕に背を向け、校門の方へと歩き出す。

 そして、すれ違いざまにポツリと言った。


「俺は、少し怖いって思うがな」

「――え?」


 怖い?  何が?


 先生の言葉の意味が分からなくて、僕は立ち尽くした。

 朝の爽やかな光の中で、その言葉だけが妙に冷たく響いていた。



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