【シーン0 リビング(10年前)】
俺が舞台俳優になって間もない頃、母は二度と目覚めなくなった。
俺の夢を応援してくれる人はもう、どこにもいない。表情を無くした俺に父は言った。
「演技に深みがでるんじゃないか?」
父は俺の夢に反対していた。ただのあてつけだと感じた。
いつも仕事ばかりで、家族のことなど考えたことの無い父が放つ言葉は冷たく、心に強く響いた。
一週間後、あるオーディションの合格通知が届いた。それは、その劇場では定番となりつつある舞台で、社会における複雑な人間模様を描いたヒューマンドラマである。
以下、その台本である。
【シーン0 リビング(10年前)】
恵一「母さん、この生姜焼きすごく甘いよ。」
母 「あら、本当だ。嫌ね、この年になると頭が追い付かなくって。ごめんね、残していいわよ。」
恵一「いや、全然まずくないよ!これはこれでおいしい。おかわりも食べたい!」
母 「本当に?無理はしないでね。いい子に育ってくれてうれしいわ。」
恵一「えへへ、ねえ、かあさ...」
~ドアの開閉~
母 「あら、早かったのね。おかえりなさい。」
父 「飯は?」
母 「出来てるけど、砂糖と塩を間違えちゃったみたいで…。ごめんなさい。」
父 「使えないな。」
~ドアの開閉~
SE ~父退出の足音~
母 「けいちゃん、ごめんね。」
恵一「いいんだよ!ぼく、母さんのこと大好き。」
母 「......。」
恵一「どうしたの...?」
母 「やっぱりその目、鼻、口、私にそっくりね。あなたは私の子よ。信じてるわよ。」
恵一「うん。学校の皆にもそう言われる。」
母 「そうよね、似てなかったら私の子じゃないものね。自分の子供は可愛いものよ。」
~暗転する~




