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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

祠 〜因習村の囚われた少女は外の世界を夢見る〜

作者: 晴香彼方

普段は楽曲生成AIで作詞なんかをして遊んでます。その過程で思い付いた短編があったので、書いてみました。

小説なんて書くの初めてなので、拙い部分もあるかと思いますが、生暖かい目で読んで頂ければと思います。

その村に、一人の娘が生まれたのは、嵐の夜だった。

山裾の小さな集落を、突如巻き起こった雷雨が襲った。

稲光が闇を裂き、瓦は剥がれ、畑は泥に沈み、激しい風が樹々を揺るがす。

その瞬間に響いた産声を、人々は「凶兆」と呼んだ。


「この子は忌みだ」

「神が怒っておられる」


赤子は母の胸に抱かれることなく、涙と戸惑いの中、祠へと連れ去られた。

祠の奥の牢こそが、その子に割り当てられた揺りかごであり棺であった。


けれど、生まれ落ちた赤子自身はその運命を知らない。

彼女はただ泣き、やがて目を開き、世界を受け入れた。


それが彼女のはじまりだった。


---※※※---


牢は冷たく狭い。四方を石壁に囲まれ、窓らしい窓もない。

天井近くの小さな格子から光が落ちてくるのが、唯一の外との繋がりであった。


だが成長するにつれ、少女は世界を狭いとは思わなかった。

それどころか、限られた牢の空間を「小さな王国」として受け入れていた。


石床の隅に育つ苔を、少女は「森」と呼んだ。

水滴が石を伝うのを「川」と呼び、耳を澄ませた。

窓の格子から差す光の斑は「空」、そこを漂う埃は「星」だった。


粗末な器に盛られる米や芋は「ごちそう」。

彼女はそれらを受け取るたび、笑顔で「ありがとう」と呟いた。

監視に来る村人たちは返事すらしない。だがそれでも、少女は心から礼を言った。


布切れ一枚の衣服を撫でながら「今日はおめかし」と笑った。

寒い夜には身体を丸めて歌を口ずさみ、粗末な寝床を「城の寝台」と呼んで眠った。


少女は、小さな世界すべてを愛するすべを知っていた。

その笑顔は、囚われの身にあることを忘れさせるほどの明るさに満ちていた。


---※※※---


やがて十を数える頃。

少女は祠の中で透き通るような声を響かせるようになった。


「もしもここに鳥がいたら、一緒に歌ってくれるかな」

「川を見たら、どんな音がするんだろう」


その独り言は歌のように牢を満たした。

閉ざされた牢は、まるで彼女の声に共鳴して音楽を奏でるようだった。


彼女は知っていた。

自分は牢から出られない。外には行けない。

でも、それを悲しいとは思わなかった。


毎日少しずつ綺麗なものを見つけては喜びを感じる。

それが世界を生きることだと、そう思っていた。


---※※※---


ある日のことだった。

牢の奥で独り歌っていた少女は、不意に足音を聞いた。

聞いたことのない、軽やかな靴音。


鉄格子の向こうに顔を覗かせたのは、自分と年の近い少年だった。


「……誰?」

「僕はただの村の子。君は?」

「わたしはここにいる人。ずっとここに住んでるの」


少年は目を見張った。

暗がりの中に浮かぶ少女が、牢に囚われているとは信じられないほど美しく笑っていたからだ。


「どうして閉じ込められているの?」

「理由は分からない。でも大丈夫。ここがわたしの世界だから」


それは悲哀ではなく、まるで誇らしげな言葉だった。


少年は言葉を失い、やがて笑みを返した。

それから、彼は外の世界の話を始めた。


森の匂い、川のせせらぎ、畑で実る作物、季節ごとに変わる空の色。

少女は夢中になって聞いた。


「風ってね、すごく気持ちが良いんだよ」

「どんな匂いがするの?」

「草や花、土の匂い。いっぱい混ざってる」


少女の瞳は輝き、頬は薄紅に染まった。


「……いいなぁ。わたしも風に触れてみたい」

「いつかきっと、感じさせてあげる」


少年の言葉に、少女の胸の奥に熱いものが宿った。

それは生まれて初めて抱いた「未来への夢」だった。


---※※※---


それから少年は、繰り返し祠に足を運んだ。


花の咲く季節には、手の中に摘んだ花びらを握って説明した。

「色は見せられないけど、香りを聞かせてあげるね」と。

少女は格子に顔を寄せ、指先に触れた花びらの感触に目を閉じた。


「柔らかい……」

「そうでしょ。森にはもっとたくさん咲いているんだ」


夏には蝉の声を真似して聞かせた。

秋には収穫の話をし、冬には雪の冷たさや風の音を語って聞かせた。


そのすべてが少女にとっては宝物であり、彼の訪れは祠の時間を鮮やかに彩った。


やがてふたりは、格子越しに寄り添ったまま小声で未来を語り合うようになった。


「いつかふたりで外を歩けたらいいね」

「森を見て、川で遊んで、風に吹かれるの」

「約束だよ。僕は必ず君をここから出す」


少女の胸は高鳴り、頬は熱く色づいた。


それは恋とも呼べぬほど純粋で無垢な、けれど確かに「希望」という名の光だった。


---※※※---


牢に閉じ込められた少女は、この時はじめて「自分には未来がある」と信じた。

今までは閉ざされた世界を受け入れ、それを愛することで幸せを覚えて生きてきた。


だが今は違った。

外に出たい。

風に吹かれたい。

彼と一緒に歩きたい。


その願いは胸の内で燦然と燃え、抑えようのないほどに膨らんでいった。


もしこの物語をここで閉じたなら、きっと誰もが信じただろう。

「この少女は必ず救われる。奇跡のように閉ざされた牢から解放され、幸福を手にする」と。


――そう、まるでおとぎ話のような未来を。


---※※※---


この物語の続きを読みますか?


---※※※---


本当に?読みたい?


---※※※---


この祠は、これ以上、覗き込まない方がいいよ?


---※※※---


読みたいなら仕方ないね。続けるとしよう。


---※※※---


少年の純粋な問いかけは、あまりにも愚かで、あまりにも正直だった。


「なぜ、あの子は牢に閉じ込められているの?」


それだけでよかった。

その一言が、掟を破った証拠となった。

大人たちは表情を固くし、やがて恐怖と熱狂の色に変わった。


「穢れに触れた」

「禁忌を破った」

「神を冒涜した」


その日のうちに少年は広場へ引き立てられ、縄で縛られた華奢な体は石畳の上に晒された。


それを見つめる少女は、牢の奥で小さく震えていた。

まだ救いを信じていたからだ。彼ならきっと、無事でいてくれると。


――だが、それは始まりの合図に過ぎなかった。


鞭が唸りをあげ、皮膚を裂いた。

乾いた音の直後に赤と肉の破片が飛び、石畳を濡らした。


少年の悲鳴が空を裂き、祠に反響して少女の耳を塞ぐ。

彼女は鉄格子を両手で叩き、爪が剥がれて血が滲むまで叫んだ。


「やめて! お願い、もうやめて!」


だが人々は聞かなかった。いや、聞けなかったのだろう。

彼らは祈りながら、少年の苦痛を神聖と呼んで狂喜していた。

清めの鞭。贖いの悲鳴。


二打、三打、四打。

一撃ごとに悲鳴は掠れ、嗚咽に変わり、最後には声を失った。

沈黙とともに身体が崩れ落ちる。血がだらだらと石に広がる。


それでも観衆は祈り続けた。

誰も止めない。誰も泣かない。

ただひたすら、「神は満ち足りた」と声を揃えていた。


牢の中の少女は、声を枯らしながら震える。その目にはもう涙はなかった。

涙に塗れた先に芽生えたものは――怒りと、底知れぬ絶望だった。


---※※※---


そして次は、少女自身の番となった。


「少年を惑わせた穢れ」

「災いの根源」


村人たちは口々に唱え、祠の奥の祭壇へと彼女を引きずった。

抵抗しても無駄だった。小柄な手足は簡単に押さえつけられた。


石壁に背を押し付けられ、両手両脚を広げさせられる。

大人たちが鉄の釘を掲げ、槌を握る。

観衆は唱和する。


「清めよ、滅せよ、救いを!」


最初の一打で鉄が手首を穿ち、骨を砕いた。

鈍い音とともに絶叫が祠を満たす。

痛みは全身を焼き、視界は白く弾けた。


だが群衆は歓喜した。


「神が喜ばれる! 浄めの供物だ!」


二打。三打。

両腕が壁に縫い止められ、血が滴って地面を濡らす。

指先は痙攣し、目の焦点は揺らぎ、それでも絶叫は止まらない。


続いて足首。

槌の音が轟くたび、骨の奥に伝わる振動が頭蓋に響き、意識を切り刻む。

肺は潰れ、口内は鉄の味で溢れた。


それでも群衆は祈り続けた。

顔に涙を流しながらも、それは悲嘆ではなく狂喜の涙だった。


少女はもはや人としては見られていなかった。

ただ「神に捧げられる器」として辱められ、祭壇に晒されていたのだ。


---※※※---


打ち込まれた釘が骨の一部になったかのように、少女の肉体は壁と一つになり、身じろぎの一つも許されない。

その前で、村人たちは祈祷に酔いしれていた。


「贄よ、神に喜びを! 穢れを贄とせよ!」


声は熱に震え、次第に歌のように高低を刻んだ。

太鼓を叩き、足を踏み鳴らし、唾を吐き、仮面が震える。


祠全体が、少女の苦痛よりも祭りのような祈声で埋め尽くされる。

彼女の血は祝福と呼ばれ、絶叫さえ加護と呼ばれた。


辱めは極まった。

少女は人間としてではなく、「神聖なる犠牲」として消費されていく。


その事実こそが、彼女に最大の絶望を与えた。


---※※※---


その絶望の果てに、少女は笑った。

喉の奥から赤黒い泡を吐きながら、笑みを浮かべた。


「救いだと? ……ならば、お前たちにこそ救いを」


ひび割れた声が呪詛に変わり、祠を這いずるように広がる。

吐息は黒い霞となり、床に溜まり、壁を侵食した。


血は乾かず、滴り続け、床板を濡らす。

石壁が音もなく軋み、空気は腐敗の臭いを孕んだ。


魂は肉体から離れることなく、釘と血と呪詛に縫い止められた。

もはや少女という存在はなく、怨念そのものが人の形を留めているだけだった。


彼女は「解放」を願いながら、「復讐」を渇望する。

二つの欲は交じり合い、誰も抗えぬ呪いへと変わっていった。


---※※※---


死が迫るその刹那。

少女の視界に、一人の影が映った。


格子の向こうで微笑んだ、あの日の少年。

彼は同じ姿で立ち、静かに手を伸ばしている。

唇が動いた。「迎えに来た」と。


少女は震える唇で応えようとした。

だが、鉄と呪詛が霊までも縫い止め、動くことはできない。


彼の影は祠の闇に滲んで薄れ、やがて掻き消えた。


---※※※---


少女の唇が歪み、最後に浮かび上がったのは笑みだった。


それは、死によって痛みから解放される安堵の笑み。

それは、呪詛と狂気に堕ちた断末魔の笑み。


救いか、狂気か。

誰にも分からない。神でさえ答えを拒んだ。


少女はその笑みを残して絶命した。


血と涙に濡れた骸は、祠の石壁に縫い付けられたまま動かない。

観衆の祈りの声も途絶え、残されたのは沈黙だけ。


――ただ、その笑みだけがそこに焼き付いていた。


物語はそこで終わる。

救いも報いもなく、ただ絶望とやりきれなさが残るのみ。


……だが、その笑みは今も、暗い祠の奥で誰かが覗き込むのを待っている。



あーあ、だからこの祠は、これ以上覗き込まない方がいいって言ったのに・・・

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