祠 〜因習村の囚われた少女は外の世界を夢見る〜
普段は楽曲生成AIで作詞なんかをして遊んでます。その過程で思い付いた短編があったので、書いてみました。
小説なんて書くの初めてなので、拙い部分もあるかと思いますが、生暖かい目で読んで頂ければと思います。
その村に、一人の娘が生まれたのは、嵐の夜だった。
山裾の小さな集落を、突如巻き起こった雷雨が襲った。
稲光が闇を裂き、瓦は剥がれ、畑は泥に沈み、激しい風が樹々を揺るがす。
その瞬間に響いた産声を、人々は「凶兆」と呼んだ。
「この子は忌みだ」
「神が怒っておられる」
赤子は母の胸に抱かれることなく、涙と戸惑いの中、祠へと連れ去られた。
祠の奥の牢こそが、その子に割り当てられた揺りかごであり棺であった。
けれど、生まれ落ちた赤子自身はその運命を知らない。
彼女はただ泣き、やがて目を開き、世界を受け入れた。
それが彼女のはじまりだった。
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牢は冷たく狭い。四方を石壁に囲まれ、窓らしい窓もない。
天井近くの小さな格子から光が落ちてくるのが、唯一の外との繋がりであった。
だが成長するにつれ、少女は世界を狭いとは思わなかった。
それどころか、限られた牢の空間を「小さな王国」として受け入れていた。
石床の隅に育つ苔を、少女は「森」と呼んだ。
水滴が石を伝うのを「川」と呼び、耳を澄ませた。
窓の格子から差す光の斑は「空」、そこを漂う埃は「星」だった。
粗末な器に盛られる米や芋は「ごちそう」。
彼女はそれらを受け取るたび、笑顔で「ありがとう」と呟いた。
監視に来る村人たちは返事すらしない。だがそれでも、少女は心から礼を言った。
布切れ一枚の衣服を撫でながら「今日はおめかし」と笑った。
寒い夜には身体を丸めて歌を口ずさみ、粗末な寝床を「城の寝台」と呼んで眠った。
少女は、小さな世界すべてを愛するすべを知っていた。
その笑顔は、囚われの身にあることを忘れさせるほどの明るさに満ちていた。
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やがて十を数える頃。
少女は祠の中で透き通るような声を響かせるようになった。
「もしもここに鳥がいたら、一緒に歌ってくれるかな」
「川を見たら、どんな音がするんだろう」
その独り言は歌のように牢を満たした。
閉ざされた牢は、まるで彼女の声に共鳴して音楽を奏でるようだった。
彼女は知っていた。
自分は牢から出られない。外には行けない。
でも、それを悲しいとは思わなかった。
毎日少しずつ綺麗なものを見つけては喜びを感じる。
それが世界を生きることだと、そう思っていた。
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ある日のことだった。
牢の奥で独り歌っていた少女は、不意に足音を聞いた。
聞いたことのない、軽やかな靴音。
鉄格子の向こうに顔を覗かせたのは、自分と年の近い少年だった。
「……誰?」
「僕はただの村の子。君は?」
「わたしはここにいる人。ずっとここに住んでるの」
少年は目を見張った。
暗がりの中に浮かぶ少女が、牢に囚われているとは信じられないほど美しく笑っていたからだ。
「どうして閉じ込められているの?」
「理由は分からない。でも大丈夫。ここがわたしの世界だから」
それは悲哀ではなく、まるで誇らしげな言葉だった。
少年は言葉を失い、やがて笑みを返した。
それから、彼は外の世界の話を始めた。
森の匂い、川のせせらぎ、畑で実る作物、季節ごとに変わる空の色。
少女は夢中になって聞いた。
「風ってね、すごく気持ちが良いんだよ」
「どんな匂いがするの?」
「草や花、土の匂い。いっぱい混ざってる」
少女の瞳は輝き、頬は薄紅に染まった。
「……いいなぁ。わたしも風に触れてみたい」
「いつかきっと、感じさせてあげる」
少年の言葉に、少女の胸の奥に熱いものが宿った。
それは生まれて初めて抱いた「未来への夢」だった。
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それから少年は、繰り返し祠に足を運んだ。
花の咲く季節には、手の中に摘んだ花びらを握って説明した。
「色は見せられないけど、香りを聞かせてあげるね」と。
少女は格子に顔を寄せ、指先に触れた花びらの感触に目を閉じた。
「柔らかい……」
「そうでしょ。森にはもっとたくさん咲いているんだ」
夏には蝉の声を真似して聞かせた。
秋には収穫の話をし、冬には雪の冷たさや風の音を語って聞かせた。
そのすべてが少女にとっては宝物であり、彼の訪れは祠の時間を鮮やかに彩った。
やがてふたりは、格子越しに寄り添ったまま小声で未来を語り合うようになった。
「いつかふたりで外を歩けたらいいね」
「森を見て、川で遊んで、風に吹かれるの」
「約束だよ。僕は必ず君をここから出す」
少女の胸は高鳴り、頬は熱く色づいた。
それは恋とも呼べぬほど純粋で無垢な、けれど確かに「希望」という名の光だった。
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牢に閉じ込められた少女は、この時はじめて「自分には未来がある」と信じた。
今までは閉ざされた世界を受け入れ、それを愛することで幸せを覚えて生きてきた。
だが今は違った。
外に出たい。
風に吹かれたい。
彼と一緒に歩きたい。
その願いは胸の内で燦然と燃え、抑えようのないほどに膨らんでいった。
もしこの物語をここで閉じたなら、きっと誰もが信じただろう。
「この少女は必ず救われる。奇跡のように閉ざされた牢から解放され、幸福を手にする」と。
――そう、まるでおとぎ話のような未来を。
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この物語の続きを読みますか?
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本当に?読みたい?
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この祠は、これ以上、覗き込まない方がいいよ?
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読みたいなら仕方ないね。続けるとしよう。
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少年の純粋な問いかけは、あまりにも愚かで、あまりにも正直だった。
「なぜ、あの子は牢に閉じ込められているの?」
それだけでよかった。
その一言が、掟を破った証拠となった。
大人たちは表情を固くし、やがて恐怖と熱狂の色に変わった。
「穢れに触れた」
「禁忌を破った」
「神を冒涜した」
その日のうちに少年は広場へ引き立てられ、縄で縛られた華奢な体は石畳の上に晒された。
それを見つめる少女は、牢の奥で小さく震えていた。
まだ救いを信じていたからだ。彼ならきっと、無事でいてくれると。
――だが、それは始まりの合図に過ぎなかった。
鞭が唸りをあげ、皮膚を裂いた。
乾いた音の直後に赤と肉の破片が飛び、石畳を濡らした。
少年の悲鳴が空を裂き、祠に反響して少女の耳を塞ぐ。
彼女は鉄格子を両手で叩き、爪が剥がれて血が滲むまで叫んだ。
「やめて! お願い、もうやめて!」
だが人々は聞かなかった。いや、聞けなかったのだろう。
彼らは祈りながら、少年の苦痛を神聖と呼んで狂喜していた。
清めの鞭。贖いの悲鳴。
二打、三打、四打。
一撃ごとに悲鳴は掠れ、嗚咽に変わり、最後には声を失った。
沈黙とともに身体が崩れ落ちる。血がだらだらと石に広がる。
それでも観衆は祈り続けた。
誰も止めない。誰も泣かない。
ただひたすら、「神は満ち足りた」と声を揃えていた。
牢の中の少女は、声を枯らしながら震える。その目にはもう涙はなかった。
涙に塗れた先に芽生えたものは――怒りと、底知れぬ絶望だった。
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そして次は、少女自身の番となった。
「少年を惑わせた穢れ」
「災いの根源」
村人たちは口々に唱え、祠の奥の祭壇へと彼女を引きずった。
抵抗しても無駄だった。小柄な手足は簡単に押さえつけられた。
石壁に背を押し付けられ、両手両脚を広げさせられる。
大人たちが鉄の釘を掲げ、槌を握る。
観衆は唱和する。
「清めよ、滅せよ、救いを!」
最初の一打で鉄が手首を穿ち、骨を砕いた。
鈍い音とともに絶叫が祠を満たす。
痛みは全身を焼き、視界は白く弾けた。
だが群衆は歓喜した。
「神が喜ばれる! 浄めの供物だ!」
二打。三打。
両腕が壁に縫い止められ、血が滴って地面を濡らす。
指先は痙攣し、目の焦点は揺らぎ、それでも絶叫は止まらない。
続いて足首。
槌の音が轟くたび、骨の奥に伝わる振動が頭蓋に響き、意識を切り刻む。
肺は潰れ、口内は鉄の味で溢れた。
それでも群衆は祈り続けた。
顔に涙を流しながらも、それは悲嘆ではなく狂喜の涙だった。
少女はもはや人としては見られていなかった。
ただ「神に捧げられる器」として辱められ、祭壇に晒されていたのだ。
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打ち込まれた釘が骨の一部になったかのように、少女の肉体は壁と一つになり、身じろぎの一つも許されない。
その前で、村人たちは祈祷に酔いしれていた。
「贄よ、神に喜びを! 穢れを贄とせよ!」
声は熱に震え、次第に歌のように高低を刻んだ。
太鼓を叩き、足を踏み鳴らし、唾を吐き、仮面が震える。
祠全体が、少女の苦痛よりも祭りのような祈声で埋め尽くされる。
彼女の血は祝福と呼ばれ、絶叫さえ加護と呼ばれた。
辱めは極まった。
少女は人間としてではなく、「神聖なる犠牲」として消費されていく。
その事実こそが、彼女に最大の絶望を与えた。
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その絶望の果てに、少女は笑った。
喉の奥から赤黒い泡を吐きながら、笑みを浮かべた。
「救いだと? ……ならば、お前たちにこそ救いを」
ひび割れた声が呪詛に変わり、祠を這いずるように広がる。
吐息は黒い霞となり、床に溜まり、壁を侵食した。
血は乾かず、滴り続け、床板を濡らす。
石壁が音もなく軋み、空気は腐敗の臭いを孕んだ。
魂は肉体から離れることなく、釘と血と呪詛に縫い止められた。
もはや少女という存在はなく、怨念そのものが人の形を留めているだけだった。
彼女は「解放」を願いながら、「復讐」を渇望する。
二つの欲は交じり合い、誰も抗えぬ呪いへと変わっていった。
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死が迫るその刹那。
少女の視界に、一人の影が映った。
格子の向こうで微笑んだ、あの日の少年。
彼は同じ姿で立ち、静かに手を伸ばしている。
唇が動いた。「迎えに来た」と。
少女は震える唇で応えようとした。
だが、鉄と呪詛が霊までも縫い止め、動くことはできない。
彼の影は祠の闇に滲んで薄れ、やがて掻き消えた。
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少女の唇が歪み、最後に浮かび上がったのは笑みだった。
それは、死によって痛みから解放される安堵の笑み。
それは、呪詛と狂気に堕ちた断末魔の笑み。
救いか、狂気か。
誰にも分からない。神でさえ答えを拒んだ。
少女はその笑みを残して絶命した。
血と涙に濡れた骸は、祠の石壁に縫い付けられたまま動かない。
観衆の祈りの声も途絶え、残されたのは沈黙だけ。
――ただ、その笑みだけがそこに焼き付いていた。
物語はそこで終わる。
救いも報いもなく、ただ絶望とやりきれなさが残るのみ。
……だが、その笑みは今も、暗い祠の奥で誰かが覗き込むのを待っている。
あーあ、だからこの祠は、これ以上覗き込まない方がいいって言ったのに・・・