8.だから、こう!なんでわかんないの?
ヤトとの衝撃的な出会いから一夜明け。
俺は今、彼女から加護の使い方を教わっていた。
「だから、こう!」
ヤトが【人化】でドラゴンから人の姿になる。
そして、やってみろと言わんばかりに俺の方を見た。
「いや、こうって言われても……」
「なんでわかんないの?」
頬を膨らませながらブー垂れるヤト。
俺達はこのやり取りを、さっきから何度も繰り返していた。
「なんでって……できねえもんはできねえんだから、仕方ねえだろ!そもそも、お前と俺じゃあ加護の種類も違うし!」
人の言語を喋れるヤト。
だが、どうやら彼女は物事の言語化が苦手らしく、出て来る言葉が拙い。
日常生活はそれでも問題ないのだが、他人に物を教えるとなると話は別だ。
”こう”だの”そう”だの感覚的な言葉ばかりで、彼女が何を言いたいのかが伝わってこない。
それに、彼女は龍神の加護、俺は太陽の加護と月の加護。
お互いが持つ加護の種類がまるで違う。
手本として加護を使う姿を見せてくれるのはいいが、できることが違い過ぎるせいで、俺の加護はどうすれば使えるのかイマイチピンとこなかった。
「こうすればできるのに!【収縮】」
ドラゴンの姿に戻ったヤトが新たな呪文を唱える。
【人化】の時と同じく光に包まれた彼女の姿が小さくなっていく。
だが、【人化】の時とは違って、光の中から現れたのは、人間の子どもくらいのサイズのドラゴンだった。
どうやら、【収縮】は体を小さくする呪文らしい。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れ出てしまう。
大きいと威圧感があったが、これくらいのサイズだとちょっとカワイイかもしれない。
「どう?わかった?」
テチテチと俺に近づき、若干苛ついたように問い詰めてくるヤト。
だが、愛嬌たっぷりなその姿のせいで、全然怖くない。
ドラゴンの威厳は何処へ……?
それはそうと、彼女の説明が足りなさ過ぎるせいで、やはり加護の使い方は理解できないまま。
「いや、さっぱり」
なので、こう答えるしかなかった。
「――――っ!」
何度見せても俺が加護を使えないせいで、とうとう癇癪を起したヤト。
「なんで!こんなことが!できないの!」
顔を茹でダコのように真っ赤に染め、地団太を踏み始めた。
「うおっと!」
小さいので油断していたが、その力は元のドラゴンのままらしい。
彼女が地面を踏みつける度に大地が揺れ、俺の体がわずかに浮き上がる。
「ハァ……」
少し暴れたところで多少なりとも頭が冷えたのか、ヤトはようやく足を止めた。
心なしか、その顔には疲労感が滲み出ている。
「疲れた……今日はもう、おしまい」
彼女はそう言うと、その場に倒れるように寝転んだ。
あ、拗ねたな、これ。
拗ねて寝転ぶミニドラゴン、カワイイ……じゃなくて!
「わ……悪かったって!あとちょっとだけ、な?ほんのちょっとだけ付き合ってくれよ」
今日中に加護が使えるようになれなくとも、せめてそのきっかけくらいは掴んでおきたい。
どうにかしてヤトに機嫌を直してもらえないだろうか。
「無理。今日はもう、加護が出ない。だから、おしまい」
もう少し付き合ってもらうべく頼み込んでみたが、すぐに突っぱねられた。
しかし、彼女は俺の目を見て返事をしていたし、声色的にも拗ねてるわけじゃなく、ちゃんとした理由があってのことのようだった。
「加護が出ない?」
出ないというのは、加護を使いたくないんじゃなくて、物理的に使えないということなのだろうか?
「そう。今日はもう、限界。続きはまた今度」
どうやら正解のようだ。
加護というのは、短期間に何回でも使える力というわけではないらしい。
そういえば、脱獄の時にカタリーナが加護の力を使えず咳き込んでいたが、今思えばあれは一度に使える加護の上限を超えていたからなのだろう。
どれくらいの制限があるのかはわからないが、ヤトの場合は今日一日で十回程加護を使っていた。
カタリーナはもっと少ない回数だったので、個人差があるようだ。
しかし、困ったな。
このままでは、何の成果も得られないまま終わってしまう。
「じゃあ、せめてアドバイスをくれないか?ほら、ウロボロス……お前の母ちゃんに言われたこととか」
正直、ヤトの言葉にはあまり期待できないが、彼女の中にいるウロボロスの言葉ならば、参考になることが多少はあるかもしれない。
問題は、感覚派のヤトがウロボロスからアドバイスを受けたことがあるかどうかと、その時の言葉をそのまま伝えてくれるかどうかだが。
「ママに?うーん……」
空を見上げ、記憶を探り始める彼女。
頼む!
なんとしてでも思い出してくれ!
「あ!そういえば、イメージが大事だって言ってた!」
「イメージ?」
ちょっとそれっぽい言葉が出てきたな。
これは期待できるかもしれない。
「そう。加護は、あるから使えるんだって」
前言撤回。
やっぱりダメかもしれない。
「いや、あったらそりゃあ使えるだろ。そのための加護なんだし」
「そうじゃなくて……!ハァ……もう疲れたから寝る」
ヤトはそう言うと、目を閉じる。
そしてすぐに穏やかな寝息を立て、気持ちよさそうに眠り始めた。
「待て。もっと具体的に……ヤト?おーい!ヤト!」
大声を出してみるが、彼女の目は閉じたまま。
体を揺すってみても、起きる気配はない。
「……ダメだこりゃ」
何度も加護を使ったせいで、よっぽど疲れていたのだろう。
この様子だと、ヤトが目を覚ますまで時間がかかりそうだ。
仕方ない。
こうなったら、さっきのヤトの言葉足らずなアドバイスをどうにか解読して、一人で考えるしかないな。
「イメージ、か」
イメージ。
太陽の加護と月の加護で、何ができるのかイメージしろってことか?
太陽と言えば……熱くて燃えるとか……。
全身に力を入れ、熱い炎をイメージしながら念じてみる。
残念ながら加護は使えなかったみたいで、炎は出てこない。
……代わりに尻から屁が出てきた。
太陽のイメージが間違っていたのだろうか?
まあ、最初からうまくいくなんて早々ないし、もう一回やってみるか。
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「……ダメだ、さっぱりわからん」
イメージという言葉を頼りに、しばらく試行錯誤を繰り返していたのだが、一向に加護が使えるようになる気配はない。
俺の解釈が違ったのだろうか?
「ハァ……休憩!」
ずっと加護について考えていたせいで、なんだか疲れてしまった。
肉体的な疲労というより、先が見えないことによる精神的な疲労が大きいのだろう。
あまり根詰めすぎて、頭が固くなり過ぎてしまうのも良くないので、こういう時は休むに限る。
ヤトが眠る隣へ、仰向けに寝転ぶ。
地面に生えている草花が柔らかく、天然のベッドのようで気持ちいい。
右から左へと流れていく雲をぼんやりと眺めていたら、ふとカタリーナのことを思い出した。
そういえばアイツ、俺と同じで太陽の加護を持ってるんだったな。
でっかい炎とか撃ってたし。
もしアイツが敵じゃなければ、加護の使い方を聞きたいところなんだけどなぁ……。
そんなことを考えていたら、遠くから魔物の鳴き声が聞こえたような気がした。
「……?なんだ?」
起き上って耳を澄ます。
「――ォォ」
間違いない。
魔物の鳴き声だ。
これは――
「ファングボア?」
遠くにあったファングボアの鳴き声が、だんだんと近づいてくる。
「――――」
それと、もう一つファングボアとは別の音もしたような……。
「ブオオォォォ!」
それがなんの音なのかを聞き分けるより先に、木々の間から猛スピードで走るファングボアが飛び出てきた。
嘘だろ!
ここにはドラゴンがいるんだぞ!?
基本的に魔物はドラゴンがいる場所を本能的に避けるので、ファングボアも当然ここを迂回すると思っていた。
そのせいで、逃げる準備ができていない。
しかも、ファングボアの足は既に俺達の方へと向いている。
「ブオオォォォ!」
ヤバい!
来る!
これは避けられねえ!
ぶつかられた時の衝撃を少しでも和らげようと、腕で体を守るように身構えた。
すると、次の瞬間――
「ハアッ!」
力の入った女の掛け声がこの場に響き渡った。
「ォォォ……」
同時に、ファングボアの体へ切れ込みが入り、左右にずれる。
そして、切れ込みから真っ二つに分かれて地面に崩れ落ちた。
この傷口、明らかに人間が剣で斬った跡だ。
一体誰が……?
「ふぅ……ん?」
ソイツは真っ二つになったファングボアの奥から現れた。
ファングボアを一撃で屠っておきながら、まるでなんてことないかのように涼しい顔をしているソイツ。
「貴様は……!」
「な……っ!」
忘れもしない。
あの日、あの時、彼女を前にした俺は何度も死を覚悟した。
もう二度と出会いたくはないと心の底から思っていた。
だが、とうとう出会ってしまった。
灰色のマントを羽織った旅人風の装い。
だが、その所作からは隠しきれない滲み出る気品。
気の強そうな茜色の瞳に、燃えるような真紅の髪。
そして、あの時は遠くてよく見えなかったが、太陽をモチーフにしたであろう特別な意匠を施した鞘と剣。
「ようやく見つけた……99番!今度こそ、貴様を捕らえる!」
俺の天敵でありトラウマでもあるカタリーナが、俺を見つけるや否や、そう宣言して剣を構えてくるのだった。