7.ギャウウウゥゥゥゥ!
「ギャウ!ギャウ!」
【人化】を使って獣人のような姿のまま、不安そうな鳴き声を上げるヤト。
『大丈夫です、ヤト。あなたはもう立派なのドラゴン。私達がいなくても生きていけるはずです。それに、セレーネとオオヒルメが見ているこのニンゲンの傍なら、早々に危険な目には遭わないでしょう』
ウロボロスはそんなヤトを優しく諭す。
「ギャ……ギャウ!」
それでもまだ納得いってないのか、ヤトはさらに反論する。
言葉がわからないから憶測でしかないが、これってもしかして親離れさせたい親と、親離れできない子の構図なのか?
だとしたら、ヤトを連れて行けという提案は俺のためというよりも、体よくそれに使われてるだけなんじゃ……?
『ヤト!そろそろあなたも私達の下を離れ、広い世界へと旅立つ時期なのです。それに、私は一刻も早くコラドと次の子をなさねばならないのですが、あなたがいるとコラドが恥ずかしがって、ロクに子作りができないじゃありませんか!』
おい、やめろ!
実の子の前で子作りとか言って、生々しいことを想像させるんじゃない!
「ギャッ……!?ギャ……ギャウゥ……」
ヤトが肩を落としてがっくりとうなだれる。
ほら!
見ろよあのなんとも言えない表情!
なんか、ちょっとかわいそうになってきた。
『やっとわかってくれましたか。それではヤトを頼みましたよ、ニンゲン。この子は加護の力を使えるのですが、生活力が皆無なので、よろしくお願いします』
どうやら今ので話はついたらしい。
話がついたというか、無理やり反論をねじ伏せたというか……。
こうして、俺は半ば強引にヤトを押し付けられることとなった。
「ああ、任せとけ。俺も世話になるからな」
だが、別に俺にとって悪い話ではない。
加護の力云々以前に、ドラゴンと共にいれば魔物が俺達を避けてくれるので、魔物から襲われるリスクが減る。
その上で加護の力の使い方を教われるというのなら、願ったり叶ったりだ。
『ヤト。あなたはこれからニンゲンと共に生きるのですから、ニンゲンの言語を使いなさい。いいですね?』
「ギャ……はぁい」
俺にもわかる言葉でヤトが返事をする。
なんだ、人の言語も喋れたのか。
それなら意思疎通に関しては心配はいらないな。
『それでは、私はこれで。たまには様子を見に行きますので、またいずれ』
ウロボロスはそう言い残すと、砂塵を巻き上げながら飛び立った。
「ギャウウウゥゥゥゥ!」
徐々に小さくなっていくウロボロスの背に向かって、ヤトが天高く吠える。
今日出会ったばかりで他人事ではあるが、その姿には少しだけ胸にくるものがあった。
ウロボロスは一度も振り返ることなく、空の彼方へと消えていった。
「さて……ヤト」
しばらくの間、去っていくウロボロスを眺めていたが、その姿が完全に見えなくなったところでヤトへと声をかける。
名残惜しそうに空を見つめていたヤトが、少し遅れて振り返った。
「だいぶ急だったが……これからよろしくな。」
仲間になったヤトへ、握手をしようと手を差し出してみる。
「……?」
彼女はその意図を理解していないのか、不思議そうに首を傾げていた。
……なるほど、これが文化の違いってやつか。
このままでは納まりが悪いので、何もわかっていないヤトの手を取って、強引に握手の形へと持っていく。
「こういう時はな、出てきた手を取って握り返すんだよ。握手っつー、人流の挨拶だ」
彼女の小さな手は俺の手よりも若干冷たく、元がドラゴンとは思えないくらい柔らかかった。
「あくしゅ……?へー」
ヤトが言われたとおりに俺の手を握り返してくる。
なんだ、思ったより素直な……。
「痛ててててて!」
ヤバい、骨が砕ける!
この華奢な細腕にどんだけの力が……!
握手している手とは逆の手でヤトの手を何度か叩く。
3回目でようやく解放された。
「痛ってえ……」
手をプラプラと振ってみるが、特に異常はない。
良かった……折れてない。
かわいらしい見た目に騙されそうになるが、ヤトは龍人。
ただの人とは比べ物にならないくらいの力を持つ存在だ。
そんな彼女が軽く力を入れただけでも、俺達人にとっては骨が軋む程の威力があった。
「お前、少しは力加減ってもんをなあ……」
ヤトに文句を言ってやろうと思ったところで、彼女の腹の虫が盛大に鳴いた。
「おなか、へった……」
弱弱しく呟きながら、俺のことを見上げるヤト。
さっき、あんなデカいファングボアを丸々一体食ってたじゃねえか……。
なんだその切ない表情は。
呆れて返す言葉も出てこない。
……だがまあ、龍人と人とでは必要なエネルギー量が違うし、その分多くの食事が必要なのだろう。
「ハァ……そんじゃあ、メシにするか。つっても、何も食うもんがないから食材を調達するところからだが」
「わかった。まかせて」
なんの予告もなしにヤトが【人化】を解き、ドラゴンの姿へと戻る。
俺の真横に突然、ドラゴンの大きな足が現れた。
「うおっ!せめて戻る時は教えてくれよ……」
急に大きくなったせいで、押しつぶされてしまうんじゃないかと少しドキドキしてしまった。
「ギャウ」
ヤトは特に気にした様子もなく一鳴きすると、獲物となる魔物を探し始める。
その後、濃密なドラゴンの気配に当てられ気絶したファングボアを見つけた彼女は、その肉を美味そうに平らげていた。
ちなみに、俺はそのおこぼれに預かることができず、その辺に生えてた野草でなんとか腹を満たすことになった。
ひもじい……。