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18.燃えろぉ…………話が違うぞ!

「そんじゃ、行きますかね」


 マイゼの体がゆらりと揺れ、上体を軽く前に倒す。

 そのまま、前傾姿勢になったことで生まれた推進力を利用して駆け出した。


 速い!

 全体的に身体能力の高い虫人らしい、爆発的な瞬発力。

 瞬間的にゼロから最高速まで加速する。


 だが、それはあくまでも常識的な範囲に収まる程度の速さだった。

 ヤトやカタリーナのような、理外のバケモノとは違う。


 俺の動体視力でも、左右二本ずつある腕を振り子のように振って走るマイゼの姿をはっきりと捉えられた。


 へぇ、アリの虫人ってそうやって走るのか。

 ……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


「これなら……!」


 あいつが攻撃するよりも先に、太陽の加護で先制できる!


 頭を切り替え、無駄な思考を削ぎ落とす。

 俺の視界に映るのは、真っ暗闇の中で走るマイゼただ一人。


 熱く……

 燃えたぎる……

 太陽のように……!


 頭の中でイメージが組み上がっていく。


 思い出せ!

 あの時の爆炎を!


 パズルの最後のピースがはまるように、イメージが完璧に固まった。


 あとは、キーになる呪文を唱えるだけ。

 ただそれだけでこの勝負、俺の勝ちだ!


「……!」


 何かを感じ取ったのか、マイゼが急停止して身構える。


 けれども、もう遅い。

 灼熱の業火をくらえ!


「【フレア】」


 体の中から目に見えない()()が抜けていくような気がした。

 

 この浮遊感――

 あの時と全く同じ感覚。


 間違いない。

 太陽の加護が発動した証だ。

 

 そして、俺の目の前に――


「ハハハハハ!燃えろぉ……え?」


 小指の爪くらい小さな炎が現れた。

 ほんの一瞬だけパチリと小さく弾け、特に何かを燃やすこともなくパッと消えてしまった。

 その儚い最後はまるで線香花火のよう。


「…………?」


 マイゼは何も言わず、警戒しながらも不思議そうな顔でこちらを見ている。


「…………」


 俺は何も言えず、黙って炎があった空間をただただ眺めていた。


 太陽の加護は間違いなく発動した。

 だが、俺のイメージと違ってしょっぱい炎が生まれただけ。

 

 なぜ……?


「ギャアアアアアア!もう来ないで!」


「ワハハハハ!ここまでやって傷一つつけられんとは……いいぞぉ!」


 お隣のヘルムとヤトのバカ騒ぎがよく聞こえてくる。


「………………」


「………………」


 そのせいか、俺とマイゼの間に生まれた沈黙がやたらと気まずかった。

 あの高笑いをなかったことにできないだろうか?


「……なあ?あんた、今のって……」

 

 待てども待てども攻撃が来ない。

 さすがにおかしいと思ったのか、マイゼが困惑交じりに問いかけてきた。


「……【フレア】」


 そんなマイゼを無視し、もう一度同じイメージで呪文を唱える。


 きっとさっきのは何かの間違いだ。

 まだ加護の力を使うのに慣れてないから、うまく発動しなかっただけかもしれない。うん。

 

 またしても俺の体の中から()()が抜けていく。

 量はさっきと同じくらい。

 

 そうだ、もっと力を籠めてみよう。

 太陽の加護でできた炎に燃料を注ぐイメージで……

 

 その()()がさらに吸い取られていくような気がした。


 いいぞ!

 もっとだ!

 もっと力を!


 そう念じた矢先、俺の体から抜けていく()()を無理やり止められるような感覚があった。

 まるで、これ以上は受け付けないと言わんばかりに。


 さっきよりもほんの少しだけ、力を込めた加護が発動する。


 現れたのは、親指の爪サイズの種火。

 今度はパチリとも音を立てず、静かに消えていった。


 また、不発。

 吹き抜けていく夜風がやけに冷たい。


「なんで……?」


 イメージは完璧。

 キーになる呪文だって唱えた。

 間違いなく加護が発動する感覚もあった。


 なのになんであんなしょぼい火しか出ねえんだ!

 籠められる力もこの前より断然少ないし!

 話が違うぞ!


「その、なんだ……大丈夫か?」


 あ、やめろ!

 そんな憐れむような視線を俺に向けんな!

 余計に辛くなるだろうが!


 いたたまれない空気の中、マイゼがほんの一瞬だけ横目で何かを見た。

 そして、困ったように頭を掻きながら口を開く。

 

「……悪いが、俺達も時間がねえし……そろそろいくぜ?」


 さっきまでの、飄々としていてどこかつかみどころのないような雰囲気が完全に消えた。

 目つきが戦士……というよりも殺し屋のように感情を殺した冷たく鋭いものへ変わる。


 背筋が凍るような寒気がした。


 その場で身構えていたマイゼが再び動き出す。

 さっきよりもやや緩いスピードで、一直線に俺の方へと向かってきた。


 マズい。

 加護の力が使えないせいで、今の俺には対抗手段がない。

 アイツもそれがわかって突っ込んできたのだろう。


 かといって逃げるにしても、周りは敵だらけ。

 当然逃げ場なんてない。


「クソっ……!」


 どうすれば……


 俺が迷っている間にも、マイゼがどんどん距離を詰めてくる。

 なんの手も打てないまま、すぐ目の前まで迫られてしまった。


「フンッ!」


 マイゼが右半身を引いて拳を振りかぶる。


 俺は反射的に身をかがめて顔の前で腕を交差させ、急所を守るよう防御姿勢を取った。

 こうなってしまった以上、どうにかして守って隙をうかがうしかない。

 

 マイゼの振り抜いた右拳が、俺の腕にヒットする。

 

「グッ……」


 骨が軋む音がした。


 痛いなんてもんじゃない。

 これ、折れたんじゃないか?


 弾かれそうになる腕を、必死の思いで押し返す。

 その甲斐あって、マイゼの拳が俺に届くことはなく、なんとかこの一撃を防ぎ切った。

 

 動きが止まっている今うちにせめてもの反撃を――


「グフッ!」


 突如、わき腹に鈍く重たい衝撃を受けた。

 肺に溜まっていた空気が強制的に押し出される。

 痛みで少しよろめいてしまったが、なんとか踏みとどまった。


「何が……!?」


「オォ!」


 間髪入れず、逆側の腕でマイゼが殴り掛かってくる。


 折れかけた腕でもう一度、この重たい一発を防いで……いや違う!

 こいつの腕は四本ある。


 マイゼの左腕をよく見ると、俺の顔を狙う拳の下から、別の拳が時間差で俺の腹を狙っていた。


 防がなきゃいけないのは一発だけじゃない。

 二発だ!


 さっきなぜ攻撃を受けたのか、タネは分かった。

 けれど、気付くのが少しばかり遅かった。

 

「ガッ……!」


 下の拳が鳩尾へと突き刺さる。

 上の拳はなんとか腕でガードできたが、もう片方の拳は防ぎきれなかった。


「ゲホッ!ゴホッ!」


 息ができない。

 思わず両膝をついてしまう。


 ダメだ。

 ここでこんなに大きな隙を見せてしまっては……


「こいつで終いだ!」


 足を鞭のようにしならせ、俺の腹を狙ってマイゼが蹴りの体勢に入った。


 ガードは間に合わない。

 避けることもできない。


「ヴェッ……」


 虫人の脚力で繰り出された蹴りをモロにくらってしまった。

 俺の体がほんの少し、宙に浮いた。

 

 気が付けば、仰向けの状態で夜空を見上げていた。

 ユグドラシルの向こうで月が妖しく輝いている。


「ッ……!」


 少し遅れて、鈍器で何度も殴られたような激痛が襲ってきた。

 腹のあたりが焼けるように熱い。

 

 そうだ、俺は蹴り飛ばされて……

 

 どうやら、ほんの一瞬だけ意識が飛んでたらしい。

 激痛をこらえながら、地面に手をついて起き上がる。


「これだけやって立ち上がるなんて……あんた、なかなかタフだねえ」


 目を丸くしながら、感心したようにマイゼが言った。


「でも、その様子じゃ立ってるのがやっとってとこだろう?」


 図星だった。

 正直、気を抜けばまた意識が飛んでしまうんじゃないかというくらい、ギリギリの状態だ。


「そこで寝てた方がよかったんじゃねえかい?」


「………………」


 悪態の一つでもついてやりたいところだったが、もう口を開く気力も湧かない。


 ここまでマイゼと戦ってきて、一つ思ったことがある。

 彼は敵ではあるが、俺の命までは取る気はないのかもしれない。

 時間がないと言いつつダウン寸前の俺と悠長におしゃべりなんてしているあたり、間違いなくそうだろう。


 命の危機がないのであれば、いつもの俺ならきっとこのあたりで諦めて、マイゼの言う通りにしていたかもしれない。

 

 けれども、この時ばかりはなぜか、素直に負けを認めてやられる気にはなれなかった。

 ついさっきまで、あんなに戦うのが嫌だったというのに。


 戦場の気にでもあてられて、頭がおかしくなってしまったのだろうか?


「ハァ……そうかい。弱いものいじめは嫌いなんだが……仕方ねえなぁ」


 ヤレヤレといった様子で、マイゼが気だるそうにため息をつく。

 その態度とは裏腹に、油断なんて欠片も感じられないような鋭い眼光が俺に突き刺さった。

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