17.もう!うっとおしい!
「この作戦は時間との勝負だ。ヘルム!」
幾ばくもない睨み合いの後、ファングがカブトの虫人――ヘルムへと一瞬だけ目を向けた。
そのわずかなアイコンタクトで全てを理解したヘルム。
「おうよ、大将!お前ら、俺についてこい!前線の奴らがエルフの本隊を抑えてるうちに、ここを制圧するぞ!」
アリの虫人達を背にした彼は、黒い羽を大きく広げると俺たちに向かって突撃してきた。
低空を飛行するヘルムの周りに土埃が舞う。
二対の羽が風を捕まえる音は、まるで大群の足音のような力強さがあった。
「ヘルム様に続けえぇぇ!」
「オオオオオォォォォ!」
アリの虫人達がヘルムに続く。
横一列に展開された一糸乱れぬ隊列が、ヘルムを追いかけるように前進してきた。
その光景を見たムスクルスが、俺たちに指示を出そうとしたところで――
「アニキ、お嬢!ここは――」
「ギャウ」
それよりも先にヤトが俺達の前に出た。
まるで迫りくる虫人の軍勢なんて見えていないかのように、ゆったりとした歩みで。
「ヤトのお嬢!」
ムスクルスが叫ぶ。
常に落ち着き払っている彼も、ヤトの突飛な行動に困惑を隠せないようだった。
「チッ!ガキをいたぶる趣味なんざねえが……ここまでナメられて黙ってられるかってんだ!」
闘志も怯えも見せず、その場で悠然と佇むヤトに、ヘルムの眉が吊り上がる。
彼は右手を強く握って拳を作った。
けれど、その激情は一秒にも満たないほんのわずかな間のこと。
すぐに拳ほどいたヘルムは、全身に入った余分な力を抜いた。
怒りを感じつつ冷静さを失わないあたり、粗野な物言いとは裏腹に優秀な戦士なのだろう。
地を這うように飛んでいたヘルムが地面に片足を着く。
そして、角を前に突き出すように頭を下げ、草が腹をなでるくらい身を縮こめた。
地面と水平になった角が狙うのは、正面にいるヤト。
来る!
俺に向けられたものではないというのに、思わず鳥肌が立ってしまった。
まだ構えただけだというのにわかる。
あれはヤバい。
並の者では到底受けきれないだろう。
ヘルムの羽音が止む。
世界からありとあらゆる音が消え去る――そんな錯覚を覚えた。
次の瞬間――
「うるあぁぁぁぁ!」
ヘルムが地面を強く蹴り付け加速した。
地上スレスレを弾丸のようなスピードで滑空する彼は、角の先にいるヤトへと突進してくる。
「………………」
相対するヤトは微動だにしない。
あるいは動けないのか。
ただただ突っ立っているだけだ。
「ヤト!」
一度、二度。
瞬きをするたび、二人の間にあった距離が縮まっていく。
「どうした、小娘!怖気づいたか!」
そして、ヘルムの角がヤトの目と鼻の先まで迫ってきたところで……
「だが、今更後悔したところで――」
「うーん、面倒」
ヤトがヘルムを手ではたいた。
まるで、小さな羽虫でも払いのけるかのように。
直後――
「バ……ガなっ……!」
ヘルムが吹っ飛んだ。
少し遅れて空気が弾けたような轟音が鳴り響く。
今の衝撃で発生した風が俺の顔へ吹き付けてきた。
「なっ!」
「グエッ!」
後方にいたアリの虫人を三人くらい巻き込みながらもその勢いは止まらない。
彼らが出てきた小山へ背中からぶつかり、ヘルムはその場に倒れこんだ。
「なんだ!今のは!?」
「ヘルム様が……やられた!?」
残ったアリの虫人達が足を止めた。
よほどショックが大きいのか、動揺を隠せていない。
「す、すごいっス……ヤトのお嬢……」
ショックが大きいのは、味方のムスクルスも同じらしい。
いつものオーバーリアクションとは違い、顔を引きつらせながら賞賛の言葉を口にしていた。
あの筋肉がドン引きするくらいのパワー。
さすがは龍人だ。
俺は見慣れているが、初見だったら間違いなく同じようなリアクションをとっていただろう。
「ふぅ……」
そのヤトは涼しい顔で腰に手を当て、一仕事終えたような雰囲気を出していた。
いや、まだ終わってないが……
「グワハハハハハ!やるな、小娘!」
すると、小山の下から高らかな笑い声が聞こえてきた。
「ここまでこっぴどくやられたのは久しぶりだ。だが、このまま終わるなんて思うなよ?」
声の主は、つい数秒前までそこでノビていたヘルムだ。
「鋼甲部隊長ヘルムの名に懸けて、お前を倒す!」
彼は好戦的な笑みを浮かべながら、ご丁寧にヤトへ向かって打倒宣言なんてしてきた。
あいつ……戦闘狂だ。
あそこまでやられといてまだヤトに挑むとか……なんて命知らずなんだろう。
「え~……」
当のヤトから漏れ出てきたのは、心底嫌そうな声。
そして、何かを訴えるように俺の方へチラチラと視線を送ってきた。
わかる。
あの手の輩は話なんて通じねえし、相手にしたくないよな。
けど、俺の手には負えないから頼むわ。
俺は無言で首を横に振った。
「えぇ……!ハァ……もうごはん分けてあげない!」
口を尖らせたヤトがそう言い捨て、再び突進の構えを見せるヘルムへと向き直った。
……後で俺の分の携帯食をあげたら機嫌を直してくれないかな?
「俺達も行くぞおおぉぉぉ!」
ヘルムが復活したことで、アリの虫人達の士気が戻る。
止まっていた足が再び動き出し、一気にヤトへと群がってきた。
「えいっ!」
「ゴッ……」
「ブッ!」
そんなアリの虫人達を、ヤトは尻尾を振るうことで簡単に一掃してしまった。
「ンぅるあぁぁぁぁぁぁぁ!」
攻撃後にできた隙をつくように、今度はヘルムが再度ヤトへ突っ込んでくる。
「えいっ!」
「ガハッ……!」
だが、ヤトはこれに素早く反応し、またしてもヘルムをはたいて吹っ飛ばした。
これで彼らは戦闘不能……
「ガハハハハハハハ!まだまだぁ!」
「「「うおおおおぉぉぉぉ」」」
かと思いきや、再び立ち上がる。
「ギャウアァァ!もう!うっとおしい!」
そんな虫人達に、とうとうヤトがキレた。
天に向かって吠える。
彼女の体が光に包まれた。
光は一気に膨張すると、急速に光量を失っていく。
「ギャウウウウゥゥゥゥ!」
光の中から現れたのは、ドラゴン姿のヤトだった。
「ドラゴン……!いい、いいぞ!最高だ!」
「「「オオオオォォォォ」」」
ドラゴンになったヤトを見て、戦意を失うどころか逆に士気が上がる虫人達。
奴ら、完全に目がイっちまってる。
本当に関わりたくねえ。
ヘルムを筆頭に、彼らは嬉々としてヤトへ突撃してくる。
ヤトはそんな虫人達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ……
「ワハハハハハ!」
「ギャウウゥゥゥ!?もういやああぁぁぁっ!」
ゾンビのように何度も何度も立ち向かってくる虫人達に、ヤトは若干涙目になりながら応戦していた。
いいぞ、ヤト!
がんばれ、ヤト!
俺は助けないけど。
心の中でヤトを応援していたら、ふと、風の流れが変わった。
突如、背筋に冷たいものが走る。
なんだ!?
この嫌な感じは……
「エルスのアニキ!避けて!下っス!」
横から聞こえてきたムスクルスの声に従って、その場から大きく飛び退く。
刹那、俺が立っていた地面の下から鋭い鎌が現れた。
「地面から……鎌が生えてきたぁ!?」
いや、そんなわけがない。
何かいる。
すると、鎌の周りにあった地面が崩れ、丁度人一人が通れそうな穴が開いた。
中からアリの虫人が一人と、カマキリの虫人――ファングが這い出てきた。
「な!お前、さっきまであそこに……」
こいつ、ほんの少し前まで小山の上にいたはずが……いつの間に!
「避けられたか……マイゼ!私はあのエルフをやるから、お前はあの男を頼む。」
「うっす」
驚く俺を無視し、ファングはマイゼと呼ばれたアリの虫人へ指示を出し、ムスクルスへ跳びかかる。
「くっ……アニキ、そっちは頼むっス!」
ムスクルスは振り下ろされたファングの鎌をさばきながら叫んだ。
マジか。
どうやらこいつは俺だけで対処しないといけないらしい。
「よう、人間。お前もエルフみたく、俺たちの邪魔するってのかい?」
その場に残ったマイゼが、まるで友達かのように手を上げて話しかけてくる。
「ああ?敵同士なんだから、そりゃそうだろ。お前ら虫人と戦うようエルフに頼まれたからな」
正直体を張って戦いたくはないが、この戦場に逃げ場なんてものはない。
戦う以外の選択肢はないだろう。
クソ!
敵はヤトに全部押し付けて、後ろでぬくぬくするという俺の計画が……
「ハハハ!そうかい。ま、俺はお前に恨みなんてないが、ファング様からの頼みだ。しばらく寝っ転がっててくれ」
マイゼは笑いながら片足を引き、半身になって構えた。
「ハッ!アリが夜更かししてんじゃねえ!お前こそ寝てろってんだ!」
乾く口で安い挑発を返しながら、加護の力を使うためのイメージを固める。
そして、手の平を正面に向けたその時、冷たい夜風が俺の頬をなでた。




