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16.その筋肉がわけのわからない説得力を生み出しているのか?

 わずかな月明かりが辺りを朧気に照らす薄暗闇の中、エルフと虫人の怒声が木霊する。

 開戦から数分、血と汗が混ざった独特の嫌な臭いが立ち込める戦場の最前線では、両陣営の熾烈なせめぎあいが続いていた。

 

「右から来るぞ!気を付けろ!」


「ここだ!押し込めぇぇぇ!」


「いけええぇぇぇぇ!」


「絶対に突破させるな!ここが踏ん張りどころだぞ!」

 

 カブトやクワガタの虫人が力ずくで突破しようとするのを、剣で応戦して必死で抑えるエルフ達。


「グゥ……」


 数とパワーで勝る虫人達によって、前線が少しずつ押し込まれ始めていた。


「撃て!」


 後方にいたエルフ達が、前にいるエルフを弓で援護する。

 硬い羽根の部分ではなく、腹や足などの柔らかい生身の部分を狙って虫人へ矢を射た。


 これに気づいた虫人達は強引に体を捻り、硬い羽根の部分で矢を受ける。

 乾いた音と共に、矢は簡単に跳ね返されてしまった。


 エルフの矢が虫人にダメージを与えることはなかった。

 しかし、この一射は前線の状況を大きく変えた。


「今だ!押し返せ!」


 体勢を崩した虫人へ、防戦一方だったエルフ達が反撃に出た。

 

 虫人達との間合いを詰め、硬い羽根の隙間へと剣をねじ込む。

 硬さが自慢のカブトやクワガタの虫人の体に、浅くではあるが傷をつけた。


「チッ!いったん下がるぞ!」


 このままでは不利だと悟るや否や、最前線にいた虫人達が羽を広げ、後方へと下がっていく。

 このチャンスを逃すまいと、エルフ達は逃げる虫人達の背中を追いかける。


「フンッ!」


 奥にいた蜂の虫人達がエルフの追撃を許さなかった。

 後退する虫人を守るように、灰色の鋭い針を投げつけてくる。


「クッ……」


 自らへと迫りくる針。

 エルフ達はそれを、矢切りのように斬り捨てた。

 

 その際、一人だけ針が二の腕に掠ってしまったようで、小さな傷からわずかに血が流れていた。


「う……」

 

 次の瞬間、そのエルフが片膝をついた。


「大丈夫か!?」


 近くにいた別のエルフが心配そうに声をかける。


「……ああ、一瞬痺れただけだ。」


 針を受けたエルフはそう言って、すぐに立ち上がった。


 痺れた、ということはあの針、即効性の毒でも持っているのだろうか?

 ……虫人から奇襲を受けた時に当たらなくて本当によかった。


 蜂の虫人の針を防いだものの、足を止められてしまったエルフ達。

 その間にカブトやクワガタの虫人達が体勢を立て直し、再度突撃してきた。


 またしても、両陣営が激しくぶつかり合う。


 そんなエルフと虫人達の一進一退の攻防を、俺は後方でヒヤヒヤしながら眺めていた。


「頼む!なんとか持ちこたえてくれよ……」


 戦況がどちらに傾くのか読めないくらい互いの力が拮抗しており、いつか突破されてしまうんじゃないかと気が気じゃない。


 つい全身に力が入ってしまう。


「ハハハ!大丈夫っスよ、エルスのアニキ!この森は俺達のホーム、そう簡単にやられたりはしないっス」


 そんな俺を気遣ったのか、ムスクルスが白い歯を見せ笑いかけてくる。


 確かにそうではあるが、森がホームなのは虫人にとっても同じ。

 大丈夫なんてなんの根拠もない、ただの気休めの言葉だ。

 

 けれども不思議なことに、ムスクルスが言うとその通りな気がしてくる。


 一体どうして……?


 やはり筋肉か?

 その筋肉がわけのわからない説得力を生み出しているのか?


「そ……そうか」

 

 なんにせよ、ムスクルスのおかげでちょっと落ち着いてきた。

 ぼんやりとしていた周囲の景色が、今までよりもよく見えてくる。


「…………」


 矢と針がビュンビュン飛び交い、剣と角が乾いた音を立てて打ち合う戦場を、両手を組んで真っすぐに見つめるフロリア。

 ユグドラシルに祈っていた時にあった神秘的な空気は何処へやら。

 外から見ていてもわかるくらい、不安と憂いで今にも押しつぶされそうな祈りがそこにはあった。


 あまりにも痛ましくて、かける言葉が見つからない。

 俺はそっとフロリアから目を逸らした。

 

 たまたま視線を向けた先にいたヤトと目が合う。

 

「ギャウ?何?」


 小首を傾げて不思議そうな顔をされた。

 特に用はないが……


「いや、別に……」


「そう。ふぁ〜」


 ヤトはそう言うと、つまらなさそうに欠伸をして、喊声のやまない戦場へと目を向けた。


 なんて呑気な……

 これが強者の余裕か。


 激しい戦闘のせいで足元から伝わってくる小石が跳ねる程の振動も、彼女は気にならないらしい。


 ん?

 振動……?


 なんだ?この違和感は?

 何かがおかしい。


 いくら激しい戦いでも、少し離れた場所なのにここまで揺れるか……?


「なんか、減ってない?」


 ふと、ヤトが指を差す。


 減ってる?

 何が?


 彼女の指の先には、虫人の軍勢。

 エルフと戦うカブトやクワガタに、蜂に蜘蛛にバッタに……あれ?

 

 俺達の倍近くいた虫人の数が、三分の二くらいに減ってる気がする。


 見間違いか?

 さっきまでもっといたよな?


 そんな疑問が頭に浮かんだ次の瞬間。


「……?」


「ッ……!」

 

「うおっ……!」


「キャ……ッ……!」

 

 突然、目の前の地面が勢いよく盛り上がった。

 そこにあった土や草花が押し上げられ、空高く打ち上がる。

 元々平らだった場所に、ちょっとした山が出来上がっていた。


 打ち上がった土や草花が上から落ちてくる。

 草を刈った時のような生臭さが鼻をついた。


 山の中央から、何かが這い出てくる。


「ふぅ、やっと地上に出られた」


 額から飛び出た、先端が折れ曲がった二本の触角。

 そして、普通の人よりも多い四本の腕が生えているソイツは、アリの虫人だ。


 コイツ、まさか地下を掘って……!


 虫人の奇襲にいち早く反応したムスクルスが、フロリアを隠すように彼女の前に立つ。


 山の上からキョロキョロと辺りを見回すアリの虫人は、俺達のことを見つけるとそこで首を止めた。


「うーん、ちょっと手前すぎたか?」

 

 一組の腕を鳩尾の前で組み、一本の腕で後頭部を掻くという、俺達には真似できない仕草を見せながらアリの虫人が口を尖らせる。


 なんて器用な。

 ジャグリングとかうまそうだな。


「ま、いいか。トンネル、つながりました。こっから出られます!」


 アリの虫人が下を向いて叫ぶと、山の中からわらわらとアリの虫人が出てくる。


 一人、二人、三人……

 

 十人まで数えたところで、カブトの虫人が一人出てきた。


「うおぉ!やっとか!やはり、地下は窮屈でかなわん」


 そして最後にもう一人、また別の虫人が顔を出した。


 スラっとした細身のシルエットは、筋肉ダルマのムスクルスですら見上げなければいけないくらいの高さがある。

 腕は鋭利な鎌のよう。

 額から生えるのは、アリの虫人と違って真っすぐの触角。


 全体的に緑色のソイツは、カマキリの虫人だった。


「三人か」


 その場からぐるっと辺りを見回し、周囲の状況を確認したカマキリの虫人が呟いた。


「ファング様、お手を。」


「ああ、ありがとう」


 彼はアリの虫人の手を借りて山の頂上に立つ。

 

 ファングと呼ばれたカマキリの虫人は、月明かりに照らし出されながら鎌のような手を大きく振り上げ、声を張り上げた。


「よし、うまくいったな!よくやった、お前たち。あとは、そこにいる者達を倒して……巫女を回収するだけだ!」


「おう!」


「やってやるぜ!」


 虫人達はそれぞれ思い思いに応答し、臨戦態勢をとる。


 ヤバい。

 あちらさん、ものすげえやる気じゃねえか。

 まさか下からくるなんて想像もしてなかったから、こっちはまだ心の準備ができてねえってのに…


「ムスクルス!」


 すると、前線にいたアクラルスの叫び声が聞こえてきた。


「兄さん!下だ!下から回り込まれた!」


「ああ!わかっている!」


 どうやら、アクラルスも裏を取られたのに気づいたらしい。

 

 それなら、前線から援軍を送ってもらって挟み撃ちの形に……


「こっちは虫人の攻撃を防ぐので手いっぱいだ!すまないが、そっちはお前達でなんとかしてくれ!」


 ……え?

 

「わかった!」


 いや、わかったって……


「おいおい……!見ろよ、あの数!あれを俺らだけで――」


「心配いらないっスよ、アニキ!俺達ならやれるっス!」


「いや、それにしたって……」


「大丈夫っス!」


「……」


 ダメだ。

 ムスクルスに勢いで押し切られてしまった。


 クソっ!

 やるしかないのか!


 落ち着け、俺。

 大丈夫だ。

 俺には加護の力がある。

 

 それに――


「ヤト!仕事だ。働け!うまいメシが待ってるぞ」


 龍人(ヤト)だっている。


「ギャウ!?ごはん……!わかった!ここは任せて!」


 当の彼女は、メシという言葉を聞いて気合十分。

 しっぽが上下にバシバシ揺れ、地面にたたきつけられる度に土が舞う。


 これなら、数の差があっても負けはしない……たぶん。


「皆さま……どうかご武運を。」


 ムスクルスの後ろから、か細い声でフロリアが祈る。

 固く組まれた両の手からは、彼女がどれだけ緊張しているのかが窺えた。


 こうなったものは仕方ない。

 

 俺は腹を決めて、今にも突撃してきそうな虫人の軍勢と向き合うのだった。

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