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13.力こそパワー

「……頭が痛てえ……」


 視界がグラグラして、思わず膝に手をつく。

 喉の奥から酸っぱいものが込み上げてくるような不快感があった。


「大丈夫?」


 ヤトが俺の顔を覗き込むような形で、心配そうに見上げてくる。


「……ああ……ハァ……」


 返事をするのがやっとだった。


「クソ……あのエルフ共……」


 昨日食事と共に出されたポップシセラ。

 どうやらあれは酒だったらしい。

 

 妙に気分がいいと思ったら……


 あれは俺を酔わせて首を縦に振らせてやろうというエルフ達の策で、俺はまんまとそれに引っかかったわけだ。

 

 ……二日酔いというおまけ付きで。


「……覚えてろよ……うう……」


 別に寝込むほど体調が悪くなったわけではないのだが、それでも辛いもんは辛い。


 恨み節の一つや二つくらい漏らしても、バチは当たらないだろう。


「あ、エルスのアニキ!ヤトのお嬢!こっちっス!」


 ふと、ムスクルスの声が聞こえてくる。

 

 酔いで重たくなった頭を持ち上げる。

 遠くで彼はアクラルスと十数人のエルフを背に、俺達へと手を振っていた。


「……行くぞ、ヤト」


「うん」


 こんな騙し討ちのような形で承諾させられたエルフのお願いなんて、素直に聞き入れる必要はない。

 

 ただ、俺は一応犯罪者の身だ。

 ここでエルフ達に恩を売っておけば、カタリーナみたいな追手から匿ってくれるかもしれないという打算もあって、彼らに協力することにした。

 

 でも、さすがに命まで掛ける気はない。

 まあ、ヤトがいるしよほど危険な目に遭うことはないだろうが。


「おはようございます!お二人とも早いっスね!」

 

 朝の早い時間だというのに、爽やかに挨拶してくるムスクルス。

 朗らかな声が頭によく響く。

 

 ……こちとら、お前らのせいで二日酔いだってのに。

 白く輝く歯がなんだかムカつく。


「…………」


「い……いやあ……その~……昨日は申し訳なかったっス……」


 俺が無言で睨みつけていたら、さすがに気まずくなったのか弱弱しい声で謝られた。

 見た目はマッチョだが、心は繊細らしい。


「すまない、エルス。弟は里のために必死だったんだ。俺達が不甲斐ないせいで……責任は俺達にある。だから、弟だけは許してやってくれないか?」


 アクラルスが横から割り込んできて、ムスクルスをフォローしながら真面目な顔で俺に頭を下げる。


 仕方ないな。


「……昨日出てきた酒と、ヤトのメシで手を打ってやるよ」


 俺としても、エルフと険悪な仲になるわけにはいかない。

 この辺で折れておくか。


「エルスのアニキ……!」


 直前まで泣きそうな顔で目があちこち泳いでいたムスクルスの表情が、一気に明るくなる。

 それを見てアクラルスは安堵したのか、口もとがわずかに緩んでいた。


「ギャウ!?グルルルルルル!」


 きっと、”メシ”という単語に反応したのだろう。

 ヤトが尻尾を振り回しながら喉を鳴らしている。


「ヤトのお嬢!そんなに楽しみにしてもらえるなんて……任せてください!帰ってきたら、腕によりをかけて作るっス!」


 ……昨日のメシはコイツが作ってたのか。

 どうりで肉があんなに出てきたわけだ。


「そろそろよろしいでしょうか?」


 俺達の会話が一段落したところで、優しく透き通った声のエルフに話しかけられた。


「ああ、すいません、姫」


 ムスクルスが後ろを振り返り、頭を掻きながら返事をする。


 姫、ということは女か。

 言われてみれば、ムスクルスやアクラルスよりも優しい顔立ちをしているような。

 エルフは全体的に顔立ちが整いすぎているせいで、声を聞くまで男女の区別が本当につかんな。

 

 ムスクルスは例外だが。


「初めまして、エルス様、ヤト様。私、巫女のフロリアと申します。本日は、よろしくお願いいたします」


 フロリアは俺達の前に出てくると、丈の長い白のドレスみたいな服の端をつまみ、上品な仕草で挨拶してきた。

 丁寧に編み込んだ金色の髪に添えられた花冠から、ふわりと良い香りが漂ってくる。


「ああ」


「ギャウ!よろしく」


 これがエルフの巫女か。

 どことなく特別な雰囲気を放っている……ような気がする。

 

「……?どうかしましたか?」


 そんなことを考えていたら、フロリアに首を傾げられてしまった。


「いや、なんでもない」


 エルフにとって重要な儀式で、巫女という大役を任されるくらいの奴だ。

 そりゃあ他のエルフとは違うか。


 俺達とフロリアの顔合わせが済んだところで、アクラルスが口を開く。


「早速で悪いがそろそろ時間だ。ムスクルス、エルス達のことは頼んだ。フロリアはこっちだ」


 彼はそう言って、フロリアを連れてエルフ達の前に立ち、指示を出し始める。

 どうやらアクラルスがこの護衛団のリーダーのようだ。


 手持ち無沙汰となったムスクルスが、俺らの方へと向き直る。


「エルスのアニキ、ヤトのお嬢。そんじゃあ改めて、今日はよろしくお願いしますっス!」


「おう」


「うん」


 こうして俺達はラストネリコを発ち、ユグドラシルへと向かうのだった。

 

~~~


「敵襲!エルトレント!五体!」


 護衛団と共に森の中を進んでいたら、前方から誰かの声が聞こえてきた。

 恐らく護衛団の斥候だろう。

 どうやら、魔物と出くわしたらしい。

 

 周囲にいたエルフ達が、それに反応して動き出した。


「アニキ、お嬢!こっちっス!俺達の役割は、ここで逃げてきたエルトレントを仕留めることっス」


 ワンテンポ遅れて俺とヤトは、ムスクルスの指示に従い持ち場に着く。

 それを確認した後、ムスクルスはエルフの怒声がする方を向き、真剣な眼差しで前を見据えていた。


 俺達は現在、縦に長い隊列を取っている護衛団の真ん中やや前方にいる。

 最前列にいるのが敵を探し出す斥候部隊、その後方(俺達から見てすぐ前)にいるのはエルフの戦闘員だ。

 護衛対象のフロリアはどこかと言うと俺達のすぐ後ろ、その周りにはアクラルスを始め数人のエルフが守りを固めている。

 そして、最後列にも後方からの襲撃に備えてエルフの戦闘員が配置されており、盤石とも思える布陣ができあがっていた。


「あれ」


 唐突にヤトが前方へ指を差す。

 彼女の指の先には、根っこのような足をうねうねと動かしながらこちらへ向かって来る、木のような魔物がいた。

 幹の中央部には、疲れたおっさんのような顔が浮かび上がっている。

 コイツがエルトレントだ。


「ウォロロロロロ……」


 俺達を威嚇するように、上部の枝を揺らしながら唸り声を上げるエルトレント。

 だが、その様子はどこか弱弱しい。

 

 よく見ると、エルトレントの幹には何本も矢が刺さっていて、根っこは何本か斬られた跡があった。

 恐らく、前にいる奴らがやったものだろう。


 ここまで弱っているのならば、俺でも余裕で勝てる気がする。


「よし……行け!ヤト!」


 ……ただし、二日酔いじゃなければ。


 道中、ムスクルスから二日酔いに効く薬草を貰って飲んだこともあって、ラストネリコを発つ前よりかなり良くなってはいるが、それでもまだちょっと気持ち悪い。

 なので、今回はヤトに任せることにした。


 お前の取り柄はその力と愛嬌ある見た目だけなんだ!

 頼んだぞ、ヤト!


「えー……」


 だが、俺の想いに反して彼女は乗り気でない様子。

 面倒くさそうに抗議の声を上げ、その場から一歩も動こうとしない。


「おいしくなさそう」


「は?」


 どうやら、エルトレントが食べられそうにないのがご不満なようだ。


 いや、その理由はおかしいだろ……

 ほんと、このドラゴンはどうしてこうも我儘なんだ……


「ハァ……」


 仕方ない。

 手負いとはいえ、このまま襲われるわけにもいかないし、俺がやるか。


 そう思って加護の力を使おうとしたところで、ムスクルスが俺達の前に出た。

 

「こんな雑魚でお二人の手を煩わせるわけにはいかないっス。ここは任せてください!」


 彼はそう言って、俺達へと背を向ける。

 

「よし、それなら頼んだ!」


 ラッキー!

 

 ムスクルスにどれ程の実力があるかは知らないが、あれくらいなら問題ないだろう。

 ここは遠慮なく彼に任せて楽をするとしよう。


「ウォロロロロ」


 エルトレントが幹の中段から生えた手のような枝を前方へ突き出すと、枝はムスクルスへ向かって伸び始めた。

 

「…………」


 迫り来る枝を、無言で見つめるムスクルス。

 そして、とうとう彼の目の前まで枝が伸びてきた。


 エルトレントの枝が伸びるスピードは、それほど速いものではない。

 避けようと思えば容易に避けられるだろう。


 けれどもムスクルスはそれを避けなかった。


 彼は枝を受け入れるように自らの右腕を差し出す。

 その腕に枝が絡みついた。


「アイツ……何やってんだ?」


 わざわざ敵の攻撃を受けるなんて、その意図が理解できない。

 

 ……手負いの相手とはいえ、ムスクルスがエルトレントにやられないか少し不安になってきた。


「ウォロロロロ!」


 ムスクルスの動きを封じて勝利を確信したのか、エルトレントが雄たけびを上げる。

 そしてエルトレントがムスクルスを引き寄せようとしたところで……


「フンッ!」


 ムスクルスが気張るような掛け声と共に、右腕に巻き付いた枝を引いた。


 次の瞬間――


「ウォロロ!?」


 エルトレントの体が宙を舞った。


「え……?」


 木の姿をした魔物のエルトレントは、本物の木よりも水分を多く含むため、その体は見た目よりもかなり重い。


 目の前のエルトレントはそれなりの大きさがあり、どう見積もっても人が一人で持ち上げられるような重さではない。


 それをいとも簡単に……


 確かに筋肉はあるが、それにしてもなんだこのパワー!?

 他の種族でもこんなのあり得ねえだろ!?


 俺の驚きをよそに、宙に放り出されたエルトレントが、ムスクルスの下へと手繰り寄せられていく。


 そして、エルトレントが自らの間合いに入った瞬間、彼は渾身の一撃を繰り出した。


「うおりゃああアアァァァ!」


 ムスクルスの左拳は、エルトレントの幹にある顔へと叩き込まれる。


 エルトレントの幹にひびが入った。

 

 ムスクルスが拳を更に押し込む。


 幹にあった顔が、粉々に砕け散った。

 

「ウォロロロロロォォォ……」


 断末魔を上げながら倒れたエルトレントは、二度と起き上ることはなかった。


「ふー……」


 ムスクルスはゆっくりと、そして深く息を吐く。


 おいおい……やりやがった、コイツ!

 拳だけでエルトレントを倒しやがった!


 マジでどうなってんだ……


「エルトレントの掃討完了を確認した!」


 前の方にいるエルフから掃討完了の報告が聞こえてくる。

 どうやら安全を確保できたようだ。


 だが、今の俺は目の前で起こった出来事があまりにも衝撃的過ぎたせいで、その声が頭に入ってこない。

 開いた口が塞がらないまま、エルトレントから何かを剥ぎ取っているムスクルスの姿をただただ眺めるのだった。

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