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12.大船に乗ったつもりでついてこい!

「世界樹ユグドラシル、という木があるのは知っとるかの?」


 知性を感じる瞳を俺達へと向けたアルターが問いかけてくる。


「ユグドラシル……?」


 元々記憶喪失だった俺は、当然だが知らない。


 ヤトなら何か知っているだろうか?

 そう思って彼女へと目をやる。


「うーん、ママから聞いたことあるような……なんだっけ?」


 ヤトも詳しくは知らないらしい。

 首を傾げながら肉をかじる。

 

「ならば、まずはユグドラシルのことから説明せんとのう」


 アルターは口もとに手を当て一瞬だけ視線を上に向け、すぐにこちらへと向き直る。


「この世界にたった一本だけ、ワシらが生まれるよりもずっと前から世界を見守るようにそびえ立つ巨大な木。その木のことを我々は、世界樹”ユグドラシル”と呼んでおる」


 要は、珍しい長寿の木ってことか?

 それだけなら、特別な名前なんて付きそうにないが……


「ユグドラシルは、この世と神々の世を繋ぐ役割を持つ」


 この世と神々の世を繋ぐ、ねえ。

 世界樹なんて大層な冠、それくらいじゃなければ背負えないか。


 ただ、俺の知る限り神なんてロクでもない奴らばかりだし、あまりいいイメージが湧かねえな。

 俺だったらそんな木、見つけた瞬間切り倒してるだろう。


「ワシらエルフは森神様の命により、先祖代々この森の中にあるユグドラシルを守ってきたんじゃ」


 森神のことはよく知らないが、神なんてロクでもない存在の言いつけを守っているなんて、エルフはなんてお人よしなんだ。

 

「じゃが、ほんの千年前。これは、ワシがまだ若かったころのこと」


 へえ……ん?

 千年前?

 

「ちょっと待て!千年前って、お前今一体いくつだ!?」


「大体千と百くらいだったかのう」


 指を折りながら年齢を答えるアルター。

 

 いや、絶対そんなんじゃ数えられねえだろ……

 

 つーか、千百歳のジジイってマジかよ!?

 エルフが見た目より若いのはなんとなくわかるが、若いどころの話じゃねえ!

 化石が動いて喋ってるようなもんじゃねえか!


「話を戻そうかの。千年前、この森の中へ新たに移り住んできた者達がおった」


 移り住むって、こんな森の奥深く、かなり不便な場所で生活しようなんてもの好きがエルフ以外にもいるのか?


「虫人じゃ」


 なるほど。

 虫と人の特徴を併せ持つ虫人か。

 虫人も生きていくために自然が必要な種族だし、それなら納得できる。


「虫人はこのラストネリコの北東、少し離れた場所に村を作った」


「あ、コップ空いてるっスね。ポップシセラのおかわりはどうっスか?」


 アルターの話の途中ではあったが、俺の手元にあるコップが空になっているのを見つけたムスクルスがおかわりを進めてくる。


「え?ああ、サンキュー」


 俺がそう言うと、ムスクルスは琥珀色の液体をコップの中に注ぎ込んだ。

 そうか、ポップシセラって言うのか。


 コップを口元まで持っていき、ポップシセラを少しだけ口に含む。

 

 相変わらず美味いな。

 何倍でも飲めそうだ。


 俺がコップをテーブルの上に置くと、タイミングを見計らっていたアルターが話を再開する。

 

「最初、森の中で生きる友として、エルフと虫人は良い関係を築いておった。じゃが……」


 昔を懐かしむように語っていたアルターが、間を取って小さく息を吐く。


「その頃からじゃ。ユグドラシルの様子がおかしくなったのは」


 声のトーンが落ち、さっきまでの和やかな空気から、真剣な雰囲気へと移り変わった。


「青々と色づいていた葉は、どこか元気がなくなったように薄くなり、太く強かった枝もまた、細く弱弱しいものへとなっていった。それだけではない。ユグドラシルは百年に一度、その枝に美しい実が生るのじゃが、ここ最近ではその数も減っておる」


 眉根を寄せながら語るアルター。

 隣に座るアクラルスや弟のムスクルスも思うところがあるのか、悔しさを滲ませたような表情で話を聞いている。


 それほどまでに世界樹というのは、エルフにとって特別なものなのだろう。


「その原因を探るため、ワシらは虫人の村とラストネリコのちょうど中間あたりにあるユグドラシルへと調査に向かったんじゃ」


 互いの村と里の中間って、厄介な場所にあるな、世界樹。

 そんなんだと……


「そこで見たのは……虫人達がユグドラシルを傷つけているところじゃった……」


 目を瞑り、感情を抑えてはいるが、アルターからはやるせなさが伝わってくる。


 やっぱりあったか、ご近所トラブル。


「ワシらエルフにとって、ユグドラシルは命と同じくらい大切な物。それを傷つけられては、黙っておれんかった」

 

 目を開き、遠くを見据えながら語るアルター。


「……それからというもの、大きな溝ができてしまったエルフと虫人は、事あるごとに争うようになっていったのじゃ」


 エルフと虫人の争いについて、アルターは具体的に言及しなかったが、彼の悲しそうな目が全てを物語っていた。


 なるほど。

 この森の中では、そんなことが起こっていたのか。


 なかなかにシリアスな話であり、重たい空気なのだが……

 

 横目で隣に座るヤトをチラリと見る。


「……ギャウ!……ギャウ……」


 彼女は興味がなかったのか、いつからか話を聞くのをやめ、テーブルに並ぶ料理を上機嫌に貪っていた。


 この雰囲気の中、よくメシが食えるな!


「ハァ……」


 ただ、今はこの無邪気さが少しありがたかった。

 ため息をつき、ポップシセラを一口飲む。


 どんよりとした感情が、爽やかなのど越しと共に流れていった。


「お前らと虫人の間に確執があるのは分かったが……それと俺達をこの里に連れてきたのと、なんの関係があるんだ?」


 ここまでアルターが語ったのは、俺達に直接関係するものではなくエルフ達の過去について。

 まさかこれが本題というわけでもないだろう。


「すまんのう。つい前置きが長くなってしもうたわい」


 アルターは困ったような笑顔で頭を掻くと、居住まいを正す。


「実は、エルス殿とヤト殿に頼みがあってのう。明日、ユグドラシルまで行く巫女の護衛をしてほしいんじゃ」


「は?」


 護衛?

 俺達が?


「ワシらエルフは毎年この時期になると、森神様への感謝と世界樹の成長を願って、ユグドラシルの前で巫女が祈りを捧げておる」


 毎年同じ場所で神に祈るなんて、敬虔なことで。


「じゃが、毎回必ずと言っていい程虫人からの襲撃があり、巫女が祈るのを邪魔をしてきおる。じゃから、お二人には虫人から巫女を守ってほしいんじゃ」


 なるほど。

 事情は分かったのだが……


「……なんで俺達なんだ?」


 命と同じくらい大切にしている世界樹へ祈りをささげるなんて、エルフ達にとっては重要な儀式のはずだ。

 その護衛を、今日会ったばかりの俺達に頼むなんて、なぜそんな考えに至ったのか理解できない。


「……理由は二つある。一つは、近年襲撃に加わる虫人の数が急に増え、ラストネリコのエルフだけで対処するのが苦しくなってきたんじゃ」


 つまり、単純に人手が足りないということか。


「もう一つは……森神様からのお告げがあったそうじゃ。お二人に護衛を任せれば、万事うまくいく、とな」


「え?」


「ワシも直接聞いたわけではないから、詳しくはわからん。じゃが、ワシらの巫女が森神様のお声を聞いたんじゃ」


 神のお告げって、そんなんで俺達のことを信用してもいいのか?

 当たらねえ占いみたいなもんだぞ?


「ワシらエルフにとって、森神様のお告げは絶対。じゃから、お二人に巫女の護衛を頼みたいんじゃ」


 そう言って頭を下げるアルター。

 

「俺からも頼む。」


「お願いします。」


 それに続くように、アクラルスとムスクルスも頭を下げた。

 

 そうか……エルフにとって、森神のお告げとやらはここまで重いものなのか。


 コップの中に入っていたポップシセラを一気に飲み干す。


 エルフ達からの()()()が何かもわかったし、その理由も納得した。

 

 だが、それを受けるかどうかは別の話。

 今日であったばかりのエルフのために、そこまでの危険を冒す義理はない。


「す――」


「あ!コップが空っスね!エルスのアニキ!」


 彼らのお願いを断ろうと口を開きかけたところで、それを察したのかムスクルスが空になったコップにポップシセラを注いできた。


 そんなことしたって結果は変わらねえから諦めろよ……


 しかし、アニキか。

 いい響きだな。


 気分が良くなった俺は、注がれたポップシセラを一気飲みする。


「うお!その豪快な飲みっぷり、さすがっス!」


「そうか?」


 お世辞かもしれないが、ムスクルスの言い方は嫌らしさがなく、思わず頬がにやけてしまう。


 彼は再び空になったコップへポップシセラを注ぎながら、アクラルスの方を見た。


「む……そうだな。見ていて清々しくなる。」


 アクラルスもまた、口数少なく俺の飲みっぷりを褒め称えてくる。


 おいおい、やめろよ。

 照れちまうじゃねえか!


 照れ隠しのために、またしても俺はポップシセラを一気飲みした。


「フォッフォッ!いける口じゃのう、エルス殿。どうじゃ?もう一杯」


 そう言ってアルターは席を立ち、俺の隣へとやって来てポップシセラをお酌してくる。

 

 長自らそんなことされちゃあ、飲まないわけにはいかねえ!

 間髪入れず、俺はコップいっぱいに入ったポップシセラを飲み干した。


「フォッフォッフォッ!ところでエルス殿。どうじゃ?ワシらの頼みを受けてくれんかのう?」


 アルターが思い出したかのように、再度尋ねてくる。


 そういえば、エルフ達のお願いを受けるかどうか、返事がまだだったな。

 

 なんだか頭がボーッとする……

 さっさと断って……


「いやあ。エルスのアニキとヤトのお嬢がいてくれれば、こんな心強いことはないっス!ねえ!兄さん!」


 断って……


「ああ。頼もしいな」


 ………………


「しゃーねえな、お前ら!そこまで言うんならエルフの巫女とやらを、俺達が守ってやろうじゃねえか!」


 まったく!

 ここまで言われたら、やらないわけにはいかねえだろ!


「おお!やってくれるか!それはありがたい!景気づけにどうじゃ?もう一杯」


 アルターが嬉しそうにポップシセラを進めてくる。


「……感謝する」


 アクラルスは短くそう言うと、小さく頭を下げてきた。


「さすがっス、アニキ!よっ!男の中の男!」


 ムスクルスは分かりやすく調子のいい言葉を俺に投げかけてくる。


 おいおい。

 何をそんなわかりきったことを……!


「ギャウ!ギャウ!」


 ヤトは相変わらず肉に夢中で、人の話なんて聞いちゃいなかった。


「ハハハハハ!俺達がいれば百人力よ!お前らぁ!大船に乗ったつもりでついてこい!ハハハハハ!」


 虫人だろうがなんだろうが、ドンと来い!

 太陽の加護を使えるようになった俺が、全部蹴散らしてやるぜ!


 こうして俺達はエルフのお願いを聞き入れ、エルフの巫女の護衛をすることとなった。

 だんだんと賑やかになり、宴会の様相を呈してきた食事会は、夜遅くまで続くのだった。


 ちなみに、この日出された料理の大半はヤトの胃袋へと消えていった。

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