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深夜の楽しみ

 晩餐が終わると、酔いも回っているので寝袋に入ります。今回は、いつもよりも綿が多い寝袋を持参しました。その分嵩張るわけですが、でも厳冬期用ではありません。氷点下の雪山で使用するには、ちょっと力不足な寝袋でした。理想はダウンの寝袋が用意出来たら、コンパクトでもっと暖かいはずです。でも、僕のお小遣いでは買えない。登山やキャンプの道具って、良いものは何でも高い。あれもこれも購入することは出来ないので、何かしらの工夫が必要になります。そこで、エマージェンシーシートを使うことにしました。防災グッツとして販売されている、アルミで出来たブランケットになります。


 エマージェンシーシートは、ダイソーの防災コーナーで売っていました。アルミが体温を反射することで保温性能を高めています。様々な種類があって、ブランケットタイプ、ポンチョタイプ、寝袋タイプがありました。寝袋タイプならインナーシーツとして使えそうですが、使用には注意が必要です。人は寝ている時に発汗しますが、エマージェンシーシートはこの水蒸気を外に逃がすことが出来ないからです。


 過去にエマージェンシーシートの使用ではなかったのですが、氷点下の野宿であまりにも寒かったので、大きなゴミ袋に寝袋ごと足元を突っ込んで寝たことがあります。意外と効果があり暖かかったのですが、朝起きてみると足元は水を零したくらいに濡れていました。氷点下の中、濡れるのは厳禁です。寝袋タイプの使用はやめて、ブランケットタイプに決めました。


 テントの口を縛ります。薄い布切れで包まれた一畳ほどの密閉空間が誕生しました。このテントはベンチレーションがなく、布を二層構造にすることで保温性能を高めています。エスパースのソロ・ウィンターという商品で、冬山で使用することを前提にしたテントでした。保温性能だけでなく、非常にコンパクトに収納できるので携帯性も優秀。以前にも少し紹介しましたが、これは従兄の遺品でした。僕が冬のキャンプを好んで行えるのも、このテントのお陰でした。


 寝袋に足を入れた後、更に空になったザックの中に足を入れます。この方法は、厳冬期の工夫としてネットで紹介されていました。横になりエマージェンシーシートを上から被せます。寝袋は頭まですっぽりと被り、完全に口を締めました。真っ暗な中、僕の耳元には、僕が呼吸する音しか聞こえません。五感が研ぎ澄まされます。外は雪が降っています。雨のように音は聞こえませんが、シンシンと雪が降る様子が分かるような気がします。氷点下の世界ですが、寒くはありません。これ以上寒くならないのであれば、十分な装備だったと思います。芋虫が土の中で眠る様に、活動を停止しました。


 目が覚めました。時刻を確認します。スマホの画面がとても眩しい。目を瞬きつつ確認しました。夜中の1時。就寝が早かったので、起きるのも早い。ただ、あまりにも早すぎます。酔いは完全に冷めていました。テントの上部にあるネット状の物入れに手を伸ばし、ヘッドランプを手に取ります。


 キャンプにおける照明について、最近考え方が変わってきました。これまでは、安いランタンを使っていました。ランタンって、あるだけでお洒落感が増します。ただ、照明としての効果はあまり期待できない。テント回りを明るくするほど光量はないし、手元を明るくしようと思えば設置場所に工夫が必要になるし、焚火に夢中になるとその存在を忘れてしまいます。薄暗い路地のさみしい街灯的な存在になりがちなのがランタンだったりします。


 昨年の登山のおり、小型のヘッドランプを購入しました。太陽がまだ昇らない早朝から出発する時に必要だったからです。このヘッドランプがかなり有能でした。当たり前ですが、僕の目線に合わせて光が届きます。しかも明るい。今回の登山では荷物を減らすためにランタンは持っていかなかったのですが、ヘッドランプだけで十分でした。


 ただ、僕のヘッドランプは一つだけ難点がありました。最新機能として、ボタンを押さなくても手をかざすだけでスイッチのオンオフが出来るのです。コロナ渦に活躍したようで、病院等での使用で高評価の商品でした。僕にとって特に必要な機能ではなかったのですが、小型なうえに安かったのでこれを購入します。ただ狭いテントの中では、何かの拍子にこのセンサーが反応してしまい明かりが消えました。その度にまた手をかざさなければなりません。これがかなり面倒。


 寝袋から抜け出して、靴を履きました。用事はお小水。テントを抜け出して、表に出ました。ヘッドランプの光に照らされた先に暗い森が見えます。雪が降っていました。僕が寝ている間、ずっと降り続けていたのでしょう。足跡が消えています。


 用事を終えてテントに戻りましたが、完全に目が冴えてしまいました。スマホの音楽アプリを立ち上げます。選曲に迷いましたが、イリノイジャケーのアルバム「go power!」を開きました。落ち着いた曲調の「on a clear day」が流れます。オルガンの伴奏に合わせた、イリノイジャケーのサックスがとても切ない。甘く絡みつくような、心のひだに滑りこんでくるような音色。苦渋に満ちた人生を送りながらも、そのような人生に感謝をしたくなる……そんな曲になります。


 晴れた日に

 空を見上げあたりを見渡すと

 自分がどんな人間かって

 気が付くはず


 晴れた日に 

 心が震えるほど実感するわ

 他の光るどの星よりも 

 あなたという存在は強く輝いているんだってことを


 山や海、そして浜辺もみんなあなたの一部

 そう感じられたなら 

 今まで聴いたことのない自然の美しい音色が

 あちらこちらから聴こえてくるはずよ


 そして晴れた日に

 そのある晴れた日に

 あなたは理解することができる

 永遠に続く幸せがあることを...

 (日本語訳:東エミ)


 ウィスキーを取り出しました。ストレートで飲みます。

 ――美味い。

 人生を振り返り噛みしめるとき、強い酒はよい呼び水になります。切ない気持ちが増幅されました。アテとして、カマンベールチーズと熟成黒にんにくを用意しています。ウィスキーとチーズが相性が良いのは勿論ですが、最近のお気に入りは熟成黒にんにくでした。ドライレーズンを思わせるような仄かな甘味と、何物にも揺るがされない太いボディ。ウィスキーの強い味が相手でも、がっぷり四つに組むことが出来ました。目をつぶりながら、ウィスキーを飲みます。アルコールが体の中に染み込んでいきました。

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