組織? トルメンタ
「“天才学生、またもやお手柄。―昨日午後8時過ぎ頃、再び連続殺人事件が発生した。狙われたのは南陽学園の3人の生徒。いずれも今年の入学生であった。しかし、持ち前の征儀で応戦する。情報に拠ると、クラッシャーの正体は征儀伝らしく、魔獣を召還したと言う。圧倒的な力の差に危機に陥るが、そこに現れたのが今注目されている天才学生、朱雀龍夜さん(南陽学園2年、17歳)だった。彼は最近異系統の魔獣に関する理論を、根本から覆した事によって学会を騒がせているが、更に昨日は新しい呪文を発動した模様である。クラッシャーとの互角の戦いの後、何と撃退に成功。当初狙われた三人も怪我を負った物の、無事だったと言う。このことは事件解決の大きな一歩となる事が予想されており、警察からは感謝状が当人に送られる事が発表されており…”。すごいな、龍夜先輩。」
長い記事を朗読し終えた翔太が、新聞の切り抜きから顔を上げて慶斗を見る。教室にいる翔太以外の生徒は、包帯を何処かしらに巻いていた。
「うん。だけど兄ぃが寮に帰ってきた時、本当に疲れた顔してました。今日も警察でお話してくるそうです。」
「中国系征儀伝はいた。昨日の奴が証明。」
「そうね。ゴメンね、可憐。今度もっと可愛い服持ってくるから許して?あっ、そうそう。今日は慶斗っちに服を着てもらおうと思って、徹夜して作りました~♪」
紙袋から出したのは、この学園の女子の制服だった。わざわざ作る必要があったのかどうかは分からないが、凪沙が元気である事は分かった。
「い、嫌ですよ…。そんなの僕、着られませんから…。」
「え~、折角作ったのに~。ほら、胸の部分にパット入れたから、慶斗っちでも大丈夫だって。」
「そういう問題じゃないんですぅ!」
昨日の追いかけっこの続きが始まってしまう。だが、昨日慶斗は脚を痛めており、直ぐに捕まってしまった。
「更衣室へ連行しま~す!面白いことが始まるよ~。」
ルンルン気分の凪沙と、半泣き状態の慶斗が教室を後にした。だがやはり、メイド服の可憐は我関せずと言った様子を見せるのであった。沈黙が続く教室内。いつもなら凪沙が騒ぎ出したり、慶斗に話しかける事が出来る翔太だが、どうも気まずい雰囲気である。
「あ、あのさ…」
「何?」
「慶斗たちの話で、お前の言ってた中国系征儀伝の存在が本物だって分かったじゃん。聞き流してて悪かった。ごめん…」
「別にいい。」
「でさ、泉はどうやって知ったわけ?」
「秘密」
「もしかして知り合いがいるとか?」
「…いない。」
そこで初めて可憐が動いた。首を回して、黒板から翔太を見る。特に感情の込められてない瞳は、何でも吸い込んでしまうブラックホールの様だった。
「もしあなたが、中国系征儀伝でないなら。」
「俺はスペイン系征儀伝だから。」
冗談を言ったつもりなのか?と戸惑う翔太。そこに担任教師が入ってきた。
「あれ、朱雀と椎名は何処に行った?泉も含めて話があるんだが…」
「俺は抜きですか?先生…」
「まぁな。昨日の事件の事だから。学園長が呼んでたんだ。何処にいるか知らないか?」
「あぁ…。ちょっと人生の転換期に入ったらしくて。」
翔太の言葉に、頭にクエスチョンマークを浮かべる教師。可憐の視線は再び黒板へと移っていた。再びの沈黙。それをいい具合に破った声があった。
「先生おはようございま~す!」
「あぁ、椎名か。朱雀を知らないか?…ん、誰だ?」
教師の目は、凪沙が手を引く一人の学生に注がれた。凪沙と同じ制服を着ていることから、女子だとは伺えるのだが…。
「はい。慶斗っちならここにいますよ。ちょっと昨日の事件に遭遇してから、こうなっちゃって…」
盛大に突っ込みを心の中で入れた翔太。どんな事件に遭遇したら女装に走るんだ!と言おうとする。しかしだった。教室の中に入ってきた慶斗を見て、唖然としてしまう翔太。
いつもは目の上までかかる前髪は、ピンで押さえられている。サイドもヘアバンドか何かでアクセントが付けられていた。目元を赤くして、半泣き状態でスカートの端をちょこんと摘み、俯いていた。
「慶斗、だよな…?」
「剥かれました。ぐすん…。僕は赤ちゃんではないのです…。でも、裸に剥かれました。もうお婿にいけません…。」
目の前のか弱そうな美少女(実際は慶斗)に、“お婿じゃなくて、お嫁に行けないだよ”と思わず心の中で突っ込んでしまう翔太だった。
「えっと、あー、朱雀…。心理カウンセラーが必要なら、先生に相談してくれ。いい人知ってるから。」
どこをどう言う方向性に勘違いしたのか、先生は朱雀に対してこう優しく言うのだった。
さて、とりあえず学園長の元まで向う慶斗、凪沙、可憐。担任教師もついて来ていた。即ち、翔太のみが教室に残っている状態である。“学園長室”と書かれた看板のドアを軽く叩き、ドアを開いた。
「すいません学園長。遅れました。この三人です。」
「やっほ~、お爺ちゃん来たよ~。」
「凪沙、学園内では爺の事は学園長と呼べと言っただろ。」
凪沙を咎める若い青年。何を隠そうこの南陽学園の学園長である。しかし、年齢は見た目20代程度。しかも、凪沙の祖父だと言うのだ。見た目と実年齢にギャップがあるが、それは公にはされていない。
「そんな事より。昨日の事件だが…。あれ?確か朱雀龍夜の弟がいるはずだと思ったが…、全員女子だな…。」
兎に角、メイド服の可憐に突っ込むかと思われたが、どうやらどうでも良かったらしい。
「この娘がその弟だよ。お爺ちゃん♪昨日の事件でこんなになっちゃいました。」
「そうか。それは大変だったな。」
この学園の未来が大変心配になる会話だった。果たして、この見た目青年の学園長は大丈夫なのであろうか?
「まぁ、話は置いておき。昨日の一件で色々君達には怖い思いをさせてしまった。すまない、学園側の失態だ。生徒会が動き出した直後の為、警備が行き届いていなかったんだ。で、今日来てもらったのは他でもない。クラッシャーについてだ。あいつは、朱雀龍夜が駆けつけるまで、何か特別なことを言ったりしていなかったか?どんな些細な事でもいい。警察よりここの方が話しやすいだろうと思っただけだ。」
そこで一息つくと、三人に座るように促す。自ら紅茶を入れて三人に手渡した。口を開いたのは可憐。
「昨日の彼は中国系の征儀伝。自分でそう言っていた。」
そこで学園長と教師がビクッとなる。今の可憐の視線は紅茶に注がれている。一口飲んだ。心なしか、口元が緩んでいるようにも見える。
「そうか…。予測はしていたが、やはり…。」
可憐の言葉を聞くと、学園長は卓上の電話を取り、二言三言。そして学園長の指示で、学園長室から空き教室へと場所を移すのだった。
「集まってるな。」
慶斗たちが空き教室に入ると、そこには既に10人程度の生徒がいた。その中には、龍夜や翔太もいる。
「あ、兄ぃ。警察から戻ってたんですね?」
「えっと…。誰だい?」
「兄ぃ!?僕の事が分からないのですか?」
「えっと、まさかとは思うが…、慶斗?」
「そうです、慶斗です!よかった、兄ぃが僕の事を覚えててくれました…。」
「…こんな妹、欲しかったんだよな…」
「兄ぃ?何か言いましたか?」
少々龍夜の変な性癖が見えたところで、誰かがやって来た。ロングヘアの少女である。
「龍夜、どうかした?…あれ、この子可愛い!」
この少女、名前を橋本玲奈と言って、龍夜の彼女だったりする。しかも学園長の孫だ。その為、龍夜は学園長ともそれなりに面識があるのだ。
「そうでしょ、お姉ちゃん。」
即ち、同じく学園長の孫である凪沙とは、従姉妹の関係にある。しかし、女装のショックから立ち直れない慶斗は、気付かずにいた。因みに、この教室に集まっている生徒たちは、全員Sクラスの生徒である。大雑把に言えば、各学年トップクラスの生徒たちを集めて、学園長が何かを始めようと言うのだ。
「それでは、生徒会長。よろしく頼む。」
眼鏡を掛けた知的な男子生徒が、教壇に立って話を始めた。
「生徒会長の籐馬だ。最近起こっている連続殺人事件について、我々生徒会も動き出していた。だが、その矢先に昨日の事件だ。このままでは、いつまた生徒の誰が襲われるか分からない。そこでだ、学園長より一つ提案があった。Sクラスの生徒を集めた学園守衛組織を作る案。目的は生徒の安全の確保を第一に掲げている。今日はその是非を問いたい。異論はあるか?」
生徒会長の言葉に、誰もが真剣な表情で聞いていた。誰も異論をしようとはしない。それを見て生徒会長は一度頷いた。
「よし、では異する論がないならこの案は成立だな。Sクラスの生徒の有志を募りたい。時間がある者だけでいい。すまないが俺は生徒会の仕事で手一杯の為、辞退する。」
ザワザワと話し始めるSクラスの生徒。特に三年生としては、大学へ進学するか否かの大切な時期であるのだ。
「翔太はどうしますか?」
「そうだな…。因みにお前はどうなんだ?慶斗。」
「僕は…、入ります。誰も傷ついて欲しくないんです。だから、僕、頑張りたいんです。」
「んじゃ、俺もやりますか。」
各個人の意見が固まった頃を見計らって、生徒会長の籐馬が話を続ける。
「今日の放課後、有志は再びこの教室へ。それでは解散。」