無詠唱呪文の征儀伝
模擬場へとやってくるSクラスのメンバー。
「椎名と青龍は、今回Aクラスとだ。気を抜くな。今回は天馬と一角獣の二人が出ている。コンビネーションは抜群だが、個人の戦闘力も高い事を忘れるな。まだSクラスの定員に幅があるから、クラスを落とされる心配はほとんどない。だが、Aクラスを甘く見るな?」
「分かりました。」
「行ってきま~す♪」
翔太と凪沙は、自分の戦闘が行われるブロックへと去って行った。二人が行くのを確認してから、教師が慶斗達を振り向く。
「学園長から話は聞いている。朱雀は夢の面倒を見ること。夢、お前はBクラスとだ。それの結果を見て次の対戦相手を決める。」
「はい。」
本来なら、名字を呼び捨てにするのがSクラス教師なのだが、記憶喪失の為にそれを忘れている夢なので、教師も名前を呼ぶ以外なかったのだった。少々気恥ずかしさがあったのだろうか、教師は直ぐに去ってしまう。
「けー君。今日は一日宜しくお願いします。けー君と同じSクラスになるように頑張るから!」
「はい、頑張ってください。」
二人も指定された場所へと向う。その途中、龍夜と出会った。
「あ、兄ぃ!」
「よ、慶斗。それに夢。これから試合か?」
慶斗が今日は夢の面倒を見る事を話すと、龍夜も今日の予定を話してきた。どうやら、教師さえも上回る能力の高さゆえ、クラスアップ試験の対戦相手と認められないのだそうだ。確かに、予測を大きく超える呪文を使える相手と戦いたくないのは当たり前だろう。
「折角だから、夢の試合でも見に行こうと思う。」
「僕はいいですけど…」
「私も構いませんよ。」
と言うわけで、龍夜もついてくる事となった。魔石がない為、アップ試験に参加できない生徒が多々いる中、試験開始の合図が鳴った。
【エクスジェンシア!】
Bクラスとの戦闘、相手はスペイン系の生徒だった。既にコオロギ型の魔獣を召還している。だが、夢は何も召還していない。いや、召還できないのだ。記憶喪失で征儀伝である事は思い出していても、呪文の詠唱などを忘れているに違いない。それに気付いた慶斗、事情を説明してタイムを取った。
「夢、自分の魔獣を召還する呪文は、“エクスジェンシア”です。」
「ありがと、けー君。」
慶斗が観客席に戻ると、試合が再開される。
【…】
突然の出来事だった。魔石の嵌った生徒手帳を掲げる夢。だが、呪文を詠唱する前に魔石が発光したのだ。そして魔方陣が展開、白鳥が現れた。その翼には炎を湛え、炎属性である事を窺わせる。白い体に赤い翼。偶然にも夢が今着ている巫女服のようだった。
「あ、兄ぃ。今、夢が…」
「呪文を詠唱しない征儀伝?」
これには龍夜も驚かざるを得ない。今までに無詠唱で魔獣を召還する者など見た事がない。記憶が正しければ、中国系征儀伝でさえ、“召還”と唱えていたはずだ。
驚く最中、戦闘が始まる。金属性らしきコオロギ型魔獣が、金属の鎧を纏って突っ込んでくる。再び無詠唱で呪文を発動する夢。白鳥が羽ばたき、炎の壁を作り上げる。それによって跳ね返されてしまった。
追撃とばかりに、炎の弾丸が襲う。金属の盾で防ぐ魔獣。だが、炎の弾が盾を貫通したのだ。容赦なく降り注ぐ炎の弾丸に、ダメージを負っていくBクラスの生徒。
夢の魔石がより強く発光した。どうやら上級征儀を発動するらしい。翼に炎が蓄積され、灼熱に燃え上がる火球を生成する。それを打ち放った。再び盾を構成して対抗しようとするが、攻撃が当たる前に溶けてしまう。そのまま魔獣は燃え上がり、砕けるように消えてしまった。
「戦闘終了!」
「けー君、やったよ、勝ったよ!」
「すごいです、夢。防御に秀でた金属性に勝つなんて!」
素直に喜ぶ二人。だが、龍夜はまるで信じられないと言った顔をしている。
「夢、無詠唱でどうやって呪文を発動したんだ?」
夢が一度困った様な顔を見せる。一度唸ってから、彼女なりの説明を始めた。
彼女が慶斗から召喚呪文を教えられた時、記憶の片隅から自分の魔獣の姿が蘇ったそうだ。そして、呪文を唱えようとした瞬間、勝手に魔獣が召喚されたと言う。攻撃に至っても、蘇った攻撃のビジョンをイメージしただけらしい。
呪文を詠唱する必要が無いのは、征儀伝同士の戦いにおいてかなり有利な手となる。特に上級征儀を発動する際、呪文の詠唱はボソボソとした呟きでは発動できない。ある程度周囲に聞こえる音量が必要となるのだ。周囲に聞こえると言う事は、戦う相手にも聞かれてしまう事と同意義。対策を立てられる可能性もある。それを考えると、次の動きを読ませない夢の戦闘スタイルは、かなり有効な手段となる。
「記憶喪失と関係があるのでしょうか?」
「魔石のヒビも関係があるのかもな…」
そう言いながら、自分の漆黒の魔石を見つめる龍夜。
「兄ぃ、考えている事を実行したら駄目ですよ!?」
はっと顔を上げる龍夜。彼の悪い癖なのだ。呪文の研究に没頭するあまり、手段を選ばない時が偶にある。今もきっと、自分の魔石にヒビを入れようと考えていたのだろう。顔を青くさせて叫ぶ慶斗だった。
兎に角、この戦績を見れば、Bクラス以上は確定だろう。もしかしたらSクラスに入る事も可能かもしれない。
「慶斗っち~、負けちゃったよ~。」
「俺もだ。暴力属性があそこまで強いとは思ってもなかった…。」
Aクラスとの戦闘を行っていた二人がやってくる。どうやら二人とも負けたらしい。
「二人ともお疲れ様です。こっちは夢の大勝利でしたよ。」
情報を交換しながらも、他愛のない会話を交えて談笑する4人。そこへ二人の生徒がやって来た。天馬と一角獣である。
「とうとう俺達もSクラスでぃ!」
「うむ。本当ならば、朱雀も含めた二対二の勝負を望んでいたのだが。」
「すいませんでした。今日は別な用がありまして。きっと明日からは一緒のクラスだと思いますので、その時に勝負しましょう。」
硬い性格だと思われていたが、話せばそこまでと言う訳ではないようだ。
「ねぇ、誠也っち。誠也っちって可愛い顔してるよね。慶斗っち見たいに女装してみない?」
Sクラス編入早々、疲れる事が予想される一角獣だった。