偶然必然
学園へ向う電車内、龍夜は黙り込んでいた。慶斗もだ。その雰囲気の中、翔太や玲奈、凪沙も黙っている。強盗犯が最終的に魔力の暴走で死んでしまった事もあるが、それは事故死と言う形で抑えられた。抑えられたはずだったのだ。まだ一般的には知られていない中国系征儀伝の説明をした所で、警察は納得するはずがない。
しかしだった。事は昨晩起きた。明日帰る事となっている慶斗たちを、留美が夕食に招いたのだ。朝は早い為、これが今年最後に会う事となる。だが、秘密裏には彼女を守る為に、龍夜と慶斗は直ぐに戻って来ることを留美は知らない。
「きっとお兄様方の活躍、まだニュースでやってると思うよ。すごいね、強盗犯を捕まえちゃうなんて!」
「まぁね…」
「慶斗お兄様、どうかしたの?」
「え、うぅん。何でも無いですよ。僕は大丈夫です。」
「それなら何より。爺、テレビをつけてくれる?」
「かしこまりました。」
夜のニュースが始まっていた。留美の予測通り、朱雀兄弟の活躍が描かれている。イメージ映像が流れるが、二人にしては緩いアクションにしか見えなかった。魔獣合成の様子はCGで再現されているらしく、少々手が加えられていた。
「やっぱりお兄様たちのコンビネーションは素晴らしいですね。今度、その合成魔獣見せてください。」
「あぁ、いいぞ。」
そんなこんなで事件が報道されている。強盗犯の死はうまく隠されていた。留美も目的の内容が終わった為、テレビを消そうとした時だった。突然ニュースキャスターが何者かの襲撃を受けたのだ。素早い動きで首に刃物を当て、ほかの者に動かない様に指示する。それ以外にも仲間がいるのか、直ぐに悲鳴や怒号は収まった。
「兄ぃ、この人たちって…」
突然テレビ局を襲撃した者たちは、黒マントを着ており、フードを目深に被っている。
『この番組を見ている皆さんにお聞かせします。我々は中国系征儀伝。スペイン系でも無く、ギリシア系でもない、第三の流派。我々のリーダーから預かったメッセージを伝えに参上した。“来年、この世界は滅亡する。我々がその計画を実行し、誰からの指図も受けない。”我々中国系征儀伝は、目的を遂行する為なら、どんな非道な手も卑怯も厭わない。抵抗するも、我々を殺すも結構。だが、誰にも止められない事を前もって言わせてもらおう。既に此方は計画を始動させている。世界の終わりを指を噛みながら待っていると良い。…我々を馬鹿で愚かな集団と考える者も居るだろう。その為、我々はここで宣言する。9月1日午前10時、倉本コーポレーション社長の一人娘、倉本留美を誘拐する。既に予告状は届いているはずだ。勿論、色々と守りを固めている事も把握している。我々は有言実行、失敗はしない。繰り返す…』
わざらしくと腕に装着する緑の魔石を見せながら喋る中国系征儀伝の男。龍夜と慶斗は唇を噛んでいる。翔太と留美は唖然としていた。特に、当事者である留美にしてみれば、10日ほど後に自分が誘拐されると知れば尚更だ。
「お、お兄様、こ、これはどう言う事なの…?」
「留美、良く聞いてくれ。ここまで来たら、隠し通せない。」
龍夜が秘密を明らかにしていく。今年度初めに頻発した征儀伝殺しに始まり、慶斗たちが中国系征儀伝と戦った事、学園内にも疑わしき人物がいる事、そしてこの誘拐もそれが絡んでいるのではないかと予測していること。
「大丈夫だ、留美。俺と慶斗がその日に戻ってくる。直ぐ近くで守ってやるからよ、安心しろ。」
「龍夜先輩、俺もお供させてください!」
翔太が名乗りを上げた。留美にいい所を見せたいのでは無く、純粋に友達を守りたいと言っている目だ。龍夜はただ考えておく、とだけ告げた。
「兄ぃは、中国系征儀伝の目的について知っていたのですか?」
沈黙を破ったのは慶斗だった。
「あぁ。入学直後に学園長から教えられた。俺が呪文を作れる事を知った上でな。だが、世界を終わらせる方法など皆目見当がつかない。学園長なら知っているだろうが。」
椅子に深く腰掛け直す龍夜。あの中国系征儀伝の宣戦布告のあと、様々なテレビ局が特集を組み始めた。征儀伝のゲストを交えて討論会が行われたり、警察は緊急的に警戒態勢を高め始めた。だが、相手の情報が不足しており、真相を掴む事は難しく思えたのだった。
「中国系征儀伝は何が目的なんだ?わざわざ警戒を高めさせるような事をしているし。まるで自分達が負ける事を望んでいるみたいじゃないか。」
「強いけど、狂ってるんだよ。最強を自負しながらも、最狂とか。」
的を射ている発言なのだが、凪沙の発言の為、ふざけている様にしか聞こえない。
「わざと負けるか…。手を抜いて油断した所を襲う戦法もあるな…。」
思案し始める龍夜。あれだけ堂々と宣戦布告しながら、裏をかかない訳がないと考えたのだ。だが、何も思い浮かばない。新学期の訪れと共に、殺人と言う大規模な行動に出始めた中国系征儀伝。目的は世界の終焉。それに加担していると思わしき元学園生徒と保険医の失踪。この夏休みに現れた強盗犯。そいつが持っていた普通の征儀伝を中国系に変えてしまう薬。副作用らしき痙攣と魔力の暴走(?)による死。全てが結び付きそうで結びつかない。今までの一連の事件が留美の誘拐と全く結びつかない。身代金を強要し、活動資金に充てるのだろうか。それとも、度々ぶつかる龍夜や慶斗に、これ以上関わるなと言いたいのか。その可能性は高い。強盗犯が言っていた。“お前らの魔石を奪えばいい”と。確実に中国系征儀伝達は二人の魔石を狙っている。確かに、征儀伝としての素質が高い分、魔石も強い力を持つ。だが、それを使えるのはその魔石の持ち主のみだ。更に分からなくなる。
「あの銀行強盗は偶然だったのか、それとも俺や慶斗を狙った罠だったのか…」
思わず冷や汗を流す龍夜だった…