指名手配
一度狼の手甲が抜けたと思えば、壁の一部が破壊され、誰かが入ってきた。三重の装甲征儀を施した全身。その下に見える服装も、ショートパンツと機動性に重視を置いている。そして顔にはサングラスを掛けていた。だが、慶斗たちには一目で正体が分かった。いつもならメイド服を着ていた彼女、泉可憐に間違いない。
「可憐…」
「私はさっきも忠告したはず。ここ一体には中国系征儀伝がいる。あなたは安全な学園に戻るべき。」
可憐に向けて弾丸が放たれる。だが、ガントレットで頭を、しゃがむことで全身を守る可憐。全く効いていないようだった。
「朱雀慶斗、私が引き付ける。やるなら今。」
「あ、はい!凪沙、出番です!」
携帯電話に呼びかける慶斗。そして彼も呪文を唱えた。
【エスクード・デ・ブライヤー】
【トラーマ・デ・イーロ】
慶斗の防御呪文が人質となっている人を守る。自分の魔獣に乗った凪沙が突入し、そのまま強盗の足元に氷を張った。氷に脚をとられ転ぶ者、氷に動き自体を封じられてしまう者が出る。その時に銃口があらぬ方向を向いてしまうが、人質は慶斗のバリアで守られたのだった。
「龍夜、これ!」
玲奈が自分と龍夜の魔石を持って来る。
【アルマライズ!】
自分の漆黒の刀を召還する。
「玲奈、これで俺の縄を切ってくれ。」
「うん。」
縄を解かれ、自由の身になった龍夜。玲奈から刀を受け取ると、第二のアルマライズを使い、短剣を取り出す。玲奈にそれを渡すと、二人は他の人質を解放しに向うのだった。
「慶斗、他の人質に征儀伝はいないから魔石の心配はないぞ!」
「分かりました!」
凪沙も氷のバリアを張る為、強盗の武器では全く歯が立たない。だが、一般人に向けて征儀伝が攻撃を行うのは非常にまずい事なので、二人は攻撃することができないのだった。
「玲奈、この子供を外まで急いで連れてってくれ。」
「OK」
【アルマライズ】
背中から自分の魔獣、鷲の羽根を生やし、親とはぐれたらしい子供を抱き上げて銀行の外へと向う玲奈。これで人質は全員保護されたようだ。間も無く警官隊が突入してくるだろう。防弾チョッキを纏う彼らなら銃弾も少々は平気かもしれないが、慶斗たちはそんな装備がない。ここで無闇に防御をやめれば、今度こそ自分の命が危ない。
「兄ぃ、防御をお願いします。ここは僕が何とかしますから。」
「なるほど、大体分かった。皆、目を閉じろ。」
【エスクード・デ・オスクリード】
【トラーマ・デ・ブライヤー】
同時に呪文を唱える二人。光の盾が消えるが、直ぐに闇の盾が強盗の攻撃を防ぐ。そして、強烈な光が辺りを覆った。慶斗の光属性の罠、強力な光で一時的に相手の視力を奪う呪文だ。光が消える頃には、目を押さえて蹲る姿がいくつも確認された。
ガヤガヤと騒がしくなる。時期を見計らって警察が突入してきたのだ。慣れた手つきで強盗に手錠を掛けていく。ようやく事件は収まったかに見えたのだが…
「おい、あそこにいるの、今日指名手配の連絡があった…」
指差されたのは可憐。彼女も無表情な顔で警官隊を見つめる。
「動くな。お前は包囲されている。魔獣を召還しようとすれば容赦なく撃つ。武装を解除しなさい。」
警官に素直に従ったのか、それともやはり厳しいのか、三重装甲を解除した可憐。警官も油断無く銃を構えている。
「やめてください。可憐は無実なんです。どうして指名手配なんて!」
「上からの命令だ。彼女は危険と判断されている。直ぐに魔石を取り上げ、身柄を確保するように言われている。」
彼女を取り囲むように警官が動く。慶斗が動こうとしたのだが、それは龍夜に止められてしまった。
「彼女が無実かどうかは、警察が調べれば分かる。もし、慶斗が無実を信じてるなら、警察が無実を証明するのを信じろ。今アイツが逃げたら、これ以上に状況が悪化する事は泉も知っているはずだ。」
「兄ぃ…」
沈黙が続く。一人が手錠を持って可憐に近付いた。
「来た」
ポツリと彼女が呟く。一瞬呆気にとられたように動きを固める警官。その時だった、呪文も唱えていないのに小さい嵐が出現する。可憐の属性は雷のはず。警官達が慶斗たちを見やるが、魔獣が消えている。まずもって、彼らの中に風属性の征儀伝は今いない。
「仲間か…」
嵐が収まると、そこには可憐より背の高い人間が立っている。黒いマントを被り、フードは顔を隠していた。
「やぁ、警察の方々。泉君を逮捕するのはご遠慮願えますか?」
「なるほど。組織化された者のようだな。君にも事情徴収を行う必要がありそうだ。」
「困りますねぇ。俺も泉君も作戦の要なので、これにて失礼させてもらいますよ。」
【エスクード・デ・トルメンタ】
風の盾が二人を包み込む。呪文使用の為、警察側が銃を撃つのだが、破られる様子は無い。
【トラーマ・デ・トルメンタ】
巨大な竜巻が現れ、警官達を威嚇するように近付く。慌てて近くの柱などに掴まろうとする。だが、突然としてその竜巻は消えてしまったのだった。そして、いたはずの場所に可憐ともう一人はいなかった。どうやら逃げる為の布石だったらしい。
「可憐…」
とあるビルの屋上、二人の人影が立っていた。二人とも黒いマントを被っている。
「まったく、泉君も勝手な事をやってくれるね。俺がいなかったらどうするつもりだったんだい?」
「問題ない。薬の効果を使用していた。」
「泉君はそこまでして彼らに肩入れするのか?近々作戦だって始まる。そんな事じゃだめだ。」
「分かってる。これ以降は彼らと会わないように心がける。」
「それがいい。作戦の開始される日は間近なんだ。もう時間は残されていない。仲間も着々とこの街に集まりつつあるんだからね…。」