帰郷△ メサ
夏休み編にはいります。
南陽学園に夏休みが訪れた。全寮制のその学園は夏休みを利用して全学生が帰省する。朱雀兄弟たちもその例に漏れなかった。今日は列車を使ってホームタウンまで戻る予定だ。翔太も同じ都市の出身のため、同じ列車に乗り合わせているのだった。
「数ヶ月ぶりの我が家だな…。」
「そうだな。俺は春休みは戻らなかったから半年以上になる。」
楽しそうに会話をする翔太と龍夜だが、慶斗は浮かない顔をしていた。やはり未だ可憐の事を引き摺っているのかもしれない。
「慶斗、気持ちは分かるが、もう少し楽しそうにしろって。留美の奴がマジで心配するぞ?」
「え?あぁ、留美に会うのも久しぶりですね。」
そこで慶斗の表情も少し柔らかくなったように見える。本名、倉本留美。慶斗と龍夜の幼馴染である。一年下のため、妹の様な感覚で付き合ってきた。慶斗を介して翔太とも知り合いである。彼女は小さい頃から二人、特に彼女には甘く、いつも優しかった慶斗にはとても懐いていた。翔太が留美の事を少し気に掛けているのは、ここだけの話である。
「ま、アイツも南陽入りたいって言ってるわけだし。この夏は留美の特訓でもしてやるか。」
「是非俺も仲間に入れてください。」
そんなこんなで、彼らの旅路は終着を迎え様としているのであった。
列車がホームに着く、荷物と一緒に降車する三人。駅からどうやって帰ろうかと考えていた時だった。
「慶斗お兄様っ!」
慶斗が誰かに抱き疲れる。しかもライフル銃の弾丸の如く飛んで来た彼女は、慶斗を跳ね飛ばしてしまった。唖然とする他の客。いつもの事だからと苦笑する龍夜。少し羨ましそうな顔の翔太。
「慶斗お兄様、お久しぶりです!」
ホームの床で伸びる慶斗の腹の上でピョコピョコと跳ねる、シャギー掛かったショートヘアーの少女。何を隠そう、彼女が倉本留美本人である。
「留美、お久しぶりです。イテテ…、元気にしてましたか?」
「うん!勿論よ。龍夜お兄様も翔太さんも、お元気で何より。爺と一緒に来てるから、家まで送るね。」
後ろから執事服を着た初老の男性が近付いてくる。
「お嬢様がご迷惑をお掛けしてすいません。ですが、お嬢様は一ヶ月前からこの日を楽しみにしてた故、お許し願います。」
丁寧に挨拶をしてきた男性。彼こそが、留美専属の世話係であり、爺と呼ばれている人間だ。実を言えば、留美の家はかなり裕福である。
「爺やさんもお久しぶりです。」
「車の準備が出来ております。どうぞ此方へ。」
その後、爺の運転する車で家に送り届けてもらう三人。その間留美は慶斗にベッタリとくっ付いていた。龍夜の話通り、かなり懐いているようだ。少々お疲れ気味の慶斗だが、嫌な顔一つしないでいる。やがて、翔太が降り、慶斗たちも自分の家へとついた。
「慶斗お兄様、留美のお家の部屋が空いてるから、泊まってってよ。」
「ゴメンね、留美。家族にもちゃんと挨拶をしないといけませんから。明日にでも遊びに行きます。」
「そうですよ、お嬢様。慶斗様の言う通りです。それに、夏休みはまだたっぷりとあります。」
たしなめる爺。留美も不服そうながら、“はぁい”と返事を返した。
車から降り、我が家へと入っていく二人。チャイムを押すと、女性の声が聞こえた。
「どなた?」
「龍夜だけど、帰ってきたよ。勿論慶斗も一緒。」
直ぐにドアが内側から開けられた。開けたのは彼らの母親だった。
「お帰り、二人とも。」
「ただいま。」
「ただいま帰りました。お母さん。」
自分たちの部屋に荷物を置くと、両親の待つリビングへと向った。今日は息子が二人とも帰ってくるのもあって、両親共に家にいる。リビングでは父親がコーヒーを啜っていた。
「父さん、ただいま。」
「おぉ。龍夜か、お帰り。慶斗も元気にやってたか?」
「はい。」
慶斗たちも飲み物を受け取りながら、これまでの学園生活のことを話し始める。慶斗が一瞬ながらも魔獣合成を成功させた事、それのお陰でSクラス配属が決まった事。中国系征儀伝の出現、それに対抗する為に龍夜が筆頭となって警護部が作られたこと。話すネタは尽きる事がなかった。
「私たちも色々ニュースで聞いている。龍夜は色々呪文を作ったそうだな。それで中国系征儀伝を返り討ちにしたんだって?慶斗も、友達と一緒とはいえ未知の相手と互角で戦うなんて、すごいじゃないか。我が息子ながら誇りに思うぞ。」
両親が二人を褒めちぎる。学園から離れたこの街でも、メディアを通じて特に龍夜の事は広まっていた。そんな兄弟の親ともなれば、鼻高々になるのは当然だろう。
「僕は何もしてません。兄ぃがいつも助けてくれるんです。あの時だって、可憐がいなかったら僕や凪沙は…」
ここに来て可憐のことを思い出してしまう慶斗。龍夜は事情を知っているので、少し表情を暗くするのだが…
「おやおや、女の子二人の名前が出てきたぞ、母さん。留美ちゃんがいるのに慶斗もやるようになったなぁ。龍夜も学園長のお孫さんと仲良くやってるみたいだし、私たちに孫ができるのも時間の問題だな。」
「もうお父さんったら気が早いんだから。」
慌てて訂正する慶斗。特に凪沙にはおもちゃ扱いされている始末なのだ。
「さてさて、慶斗たちで遊ぶのも飽きてきたし、飯にするか。久しぶりの母さんの手作り料理だ。たくさん食えよ。」
こうして、慶斗たちの帰省一日目は過ぎて行ったのだった。