卑怯л ドルミトリオ
今日も南陽学園に生徒が登校する。その中で一際一目を引く集団があった。
「これは確かに一目を引くよな…。」
翔太が呟く。彼の隣には可愛らしい女子の姿が、いや、違った。女装した慶斗である。凪沙に自分の制服を奪われてから早数週間。その間彼は女子の制服を着ていたのだった。“新しい制服を買えばいいじゃないか”と言われそうだが、慶斗自身が“勿体無い”と言ったのだ。それに、新しい制服さえ奪われる可能性がある。そんな慶斗も最近は凪沙の持ってきたニーハイを履いたりしているので、翔太としては“女装を楽しみ始めてる”と言う考えさえ浮かんだものだ。
女装する慶斗にしがみ付いてるのは椎名凪沙。慶斗をコーディネートした張本人であり、“可愛い物”と“面白い物”が好きな子である。いつものスイマルで慶斗の右手を握っている。
彼女の右手に繋がれているのは泉可憐。いつもながらの無表情で歩いている。しかし、その格好はメイド服。時たま凪沙の策略によるものか、メイド服が変わる。しかし、本人は嫌な顔一つしない。…できないのかも知れないが。
そんな一学年Sクラス4人の後ろを歩くのは、龍夜と玲奈だった。いつもの事だが、玲奈は龍夜にベッタリである。そんな6人が周囲の注目を浴びるのも必須だった。
「グッモーニングぢゃ、皆。おや、いつもの如くぢゃの。」
現れたのは中里類。龍夜達と同じく二学年Sクラスであり、魔法より魔獣自体の戦闘力を強めると言う、珍しい征儀伝である。彼は翔太の隣に並んだ。あの日試合をしてから、彼らは何かと話をするようになっていた。
「中里先輩、おはようございます。」
「青龍。いつもながら一人取り残されてるようぢゃな。」
「それは言わない約束です。先輩。」
とまぁ、何気なく人の気にする所を突いたりする、天然毒舌家な所がある彼なのだが…。
「凪沙…。僕はいつまで女装をすればいいんですか?」
「私の気が済むまでだよ♪」
即ち、一生と言う意味である。慶斗がムスッとして凪沙を見た。しかし、何かに気づく。
「凪沙?泣いてたの?」
「え?あぁ、これ?昨日すっごく泣ける映画見たんだ♪女装する男の子がついには死んでしまうお話~。慶斗っちも見る?貸すよ!」
「え、遠慮します。…凪沙でも泣くんですね。」
「あっ、酷い!私だって泣くときは泣くんだから。そんな事言うと、絶対ッ女装許してあげないんだから。プンプン!」
「ごめんなさいですぅ~!」
「いいじゃん。龍夜先輩だって慶斗っちの女装気に入ってるんだから。そうですよね、龍夜先輩?」
「そ、そうなんですか、兄ぃ?」
慶斗(女装ver)が振り返って龍夜に真偽を問い始めた。保険医のあの妖艶な笑みを見ても動じなかった龍夜のはずが、龍夜の女装姿(+涙目)を見てギクッとしたのだ。何故か顔を赤くしている。慶斗がそんな彼を疑問に思って首を傾げる。
「これは…ヤバイ…」
龍夜が一言呟いた。慶斗は更に分からなくなるし、玲奈は慶斗を睨み始めた。どうやら敵対心を持ったらしい。
「慶斗君、近親相姦って知ってる?」
「ふぇ?それってアレですよね?血の繋がりが強い人同士の…」
「わぁー!わぁー!わー!」
無駄に純粋な慶斗は、意味を人前で淡々と喋ろうとする。遮ったのは他でもない玲奈だった。朝から学校近くでそんな事を喋られたら、誤解されるに決まっている。無駄に強敵になってしまったと思う玲奈であった。
さて、慶斗たちが教室につく頃、Aクラスでも色々あった。Aクラスと言えば、クラス決定試験において、慶斗たちのコンビに勝ったにも関わらず、Sクラスを辞退した二人組みがいる。天馬鹿狩、一角獣誠也だ。この二人、Aクラスの中でも実力はずば抜けており、一番Sクラスに近い存在と言われている。
「兄貴、おはようございまさぁ!」
「うむ。」
基本、無口な長身男子の天馬鹿狩。属性が暴力と言う特殊属性を持っているのだ。対して江戸っ子口調の小柄な男子、一角獣誠也の属性は金となっており、学園入学以前からチームを組んでいた二人のコンビネーションは高いものだった。
「クラスアップ試験、どうして行かなかったんですかい?俺達の実力なら直ぐにSクラスに上がれるんですぜぃ?」
「前にも言ったはずだ、イッカク。同じクラスにいては向上心が廃ってしまう。それなら違うクラスで己を磨いた方がいいのだ。」
「流石は兄貴でさぁ!人間できてら。」
褒め称える誠也。しかし、クラスの全員としては、自分が脚光を浴びれない為、さっさとSクラスに行って欲しいようだ。まぁ、特に鹿狩の風貌が少々恐ろしい為、口が裂けてもそんな事が言えないのが事実なのだが…。
場所は変わってここはDクラス。最低クラスにして、この前のクラスアップ試験においてSクラスに完敗したクラスだ。
「何故だ!Sクラスに入るべき俺が、決定試験では一回戦敗退、アップ試験でも完敗。世の中不条理すぎるぞ!」
「そうだ!ハーレム形成を根幹から崩しやがって!」
騒いでいるのは、慶斗たちのチームに初戦で敗退した二人。名前をそれぞれ、玄武大那と亀倉智樹と言う。二人は自称Sクラス筆頭であり、ハーレム王の肩書き(自称)を持っていると言う。Sクラスに入れば、自分のハーレム形成が大きく前進すると考えているのだった。
「何かいい作戦があるはずだ!」
「そうだ、こう言うのはどうだ?Sクラスの男子を闇討ちにし、コテンパンに叩きのめす。そして二人が入院し、俺達が勝った事を広めれば、教師も俺達の実力を認めてSクラスに入れるに違いない。しかも、Sクラスに勝ったとなれば、女子からの注目も浴びて、ぐふふふ…。」
どうやら二人の辞書には、“卑怯”の二文字がない様だ。そんな事を大声で相談している二人の背中は、冷たい視線に寸分もなく突き刺されているのだが、二人はやめようともしない。いや、気付いていないのだろう。儚い二人の夢への一歩が始まったのだった。