秘薬$ ルエーノ
試合は一時中止、翔太が慶斗を背負って保健室へ向う。大人数で押しかけた為、保険医は驚いた。特に、翔太の背中に背負われた彼、慶斗の顔は血相が悪く、死人ではないかと思ってしまうほどだ。
「どうしたの、その子!?」
「魔力を使いすぎたようです。少し見てやってください。」
保険医がメンバーを追い出し、早十分。そろりとドアが開いた。保険医が“静かに”と言いながら手招きをしている。全員は保健室へと入った。ベッドには先程より顔の色が良くなった慶斗が寝かされている。
「確かに魔力の使いすぎの様ね。一体何したの?」
「上級征儀を何発か放って、その上で新しい呪文を試したんです。」
龍夜が答えると、保険医は龍夜に掴みかかった。
「あなたね!何を考えてるの!いくら天才だからって、弟一人の安全も確保できないの!?最初の試験だって、あなたの呪文のせいでここに二人運ばれてきて…。貴方の弟は呪文の実験台じゃないのよ。」
保険医だからこそ、思うことなのであろう。いくら珍しく凄い呪文でも、使用する征儀伝がこんな状態になっては、元も子も無い。
「違うんです!今日は龍夜の呪文じゃなくて、慶斗君が作った…」
玲奈が龍夜を弁護しようとするが、それを龍夜が遮った。悔しくて唇を噛み締める。彼だって、天才や神童などと言われても、一介の学生でしかない事は事実なのだった。
「すいませんでした。全て俺の失態です。慶斗が目覚めるまで付き添いしてもいいですか?」
“当たり前です!”と怒りながら、別の部屋へ行ってしまう保険医。ガチャンと乱暴に扉が閉められ、静寂が訪れた。龍夜は皆を振り向く。
「悪いな。今日はこれで終わりだ。次の練習は日を追って連絡する。」
“疲れた~”などと言いながら、三年生が保健室を立ち去る。類も、“すまぬ、今日は買い物もあるからの。”と言って保健室を出て行った。残ったのは、龍夜、玲奈、そして慶斗のクラスメート三人だった。
「駄目な兄だな、俺。」
自嘲的に呟く龍夜。玲奈がそんな彼を優しく抱きしめた。空気に耐え切れなくなったのか、翔太が口を開く。
「龍夜先輩、慶斗のあの呪文って…。」
「俺にも良くわからない。あれは本当に慶斗のオリジナルだ。詳細は良く分からないが、召還呪文に改良を加えたんだと思う。」
龍夜の話に寄れば、慶斗の魔獣の姿が変わったのは、与える魔力量の増加に寄る物だと言う。赤い瞳と真紅の魔石は、その影響の一部だろうと言う見解だ。まさに、魔力保持量の高い慶斗のみが為せる業だった。しかし、上級征儀の大量使用の後の為か、慶斗は倒れる始末であった。
「新しい呪文を作った時に必ず問題視されるのは、魔力の消費量の高さだ。合成魔獣も勿論。あの先生の言う通りだな。俺は慶斗を実験台にしてるんだよ。」
玲奈が更に龍夜を強く抱きしめる。翔太と凪沙は慶斗を見た。可憐だけは保険医の消えたドアを見ている。スッと立ち上がる可憐。メイド服をヒラリと反してそのドアを叩く。保険医が出てきた。可憐の姿を認めると、その部屋の中へと招き入れるのだった。
「泉の奴、何しに行ったんだ?あいつも怪我してるのか?」
「分からないや、可憐はメイド服さえ着てれば可愛いから♪」
質問の答えにはなっていないが、直ぐに可憐は部屋から出てきた。一体何をしていたのか、それは誰も知る事が無い。
「無理に付き合わなくて良い。帰って貰って十分だ。」
「私はここにいるよ、龍夜。」
「俺も慶斗が心配ですから。」
「私もいるね、慶斗っちの寝顔可愛いし♪」
玲奈と翔太、凪沙が残る事を宣言する。しかし、可憐だけは無表情のまま保健室を出て行くのだった。まるで龍夜が帰ることを勧めたから、帰るかの様に。
「泉の奴冷たいなぁ…。」
「会った時からあんな感じだよ。でも、私には分かるよ。あの娘、クーデレだもん!」
弁護しているのかを疑問に思う言葉だが、彼女は彼女なりに慶斗を心配しているのかもしれない。…無表情のあの顔からは何も伺えないのだが。
「一つ、気になることが有る。あの泉って言う女子、アルマライズを使いながら魔獣の力を引き出していた。」
それがどうしたのか?と言う顔のメンバー。しかし、龍夜は腑に落ちない顔をしている。なぜなら、龍夜の組み立てた理論では、アルマライズとは征儀伝の物理的攻撃手段であり、魔獣を用いた魔法の攻撃ではないのだ。即ち、可憐のガントレットから電撃が放たれた現象がおかしいと言っているのである。
「泉の潜在能力じゃないんですか?」
「無理だ。潜在能力とかの問題じゃない。」
口が滑っても、“龍夜先輩の理論に穴がある”とは言えない翔太達。難しい顔をする龍夜だが、それも一瞬の出来事だった。
「ここは何処でしょう?」
ポーッとした目で起き上がる慶斗。回復が早い事を見ると、どうやらあの保険医は、翔太に投与した物と同じ薬を飲ませたらしい。皆が慶斗が気が付くのを喜ぶ中、慶斗の視界に龍夜の姿が入った。
「お、お、お兄たん!」
龍夜に飛び付いた慶斗。いつもと違う慶斗に戸惑うメンバー。特に抱きつかれている本人の龍夜は驚く。
「慶斗?」
「僕が起きるのを待っててくれたんですね、ありがとうお兄たん!」
頭をグリグリ~と、龍夜の胸に擦り付ける様にする慶斗。慌てたのは玲奈だ。無理矢理龍夜と慶斗を引き離そうとする。しかし、キッと玲奈を睨み付けた慶斗は、いつの間に取り出したのか、白い刀を玲奈に向けた。
「お兄たんは僕だけのものです。横取りしないでください。」
目がマジの慶斗。怖がる玲奈に、今だ状況が飲み込めない翔太。何故か興奮した感じの凪沙。当の龍夜と言えば、“よしよし”と言いながら慶斗の頭を撫でている。それに満足しているのか、慶斗も気持ち良さそうに目を細めている。
「そ、そんなの無いよ!龍夜に撫で撫でとか、私だってされた事無いのにぃ!」
いつもは美人で冷静な、頼れる先輩キャラの玲奈だが、今はそんな欠片さえ見えない。苦笑いする一年二人。玲奈も含めて三人に龍夜が話し始める。
「実はさ、慶斗って小さい頃からこうやると落ち着くんだよ。ここ数年は無かったけどさ。」
サラッと言う龍夜だが、他の三人は慶斗を“ブラコン”と認識したのだった。
「もしかしたら…」
呟く翔太。慶斗を除く三人が彼を注視する。翔太が少し恥ずかしそうにクラス決定試験の後のことを話し始めた。あの保険医の薬を飲むと、やたらとテンションがハイになる事を。つまり、あの薬が魔力を回復させる副作用としてこの様な状態になるとしたら、納得が行くのだ。
「直ぐに直ると思いますよ。俺もそうでしたし。」
翔太の話を聞いて帰り支度を始めた5人。慶斗は薬の効能が切れるまで龍夜に抱きついていたが…。薬が切れた時に慶斗が赤面したのはご愛嬌。それぞれが各自の寮へと戻っていくのだった。
「っ!…はぁはぁ…」
一人の少女が自分の部屋に駆け込むなり、倒れこんだ。しかし、必死の思いで這いずり、部屋まで辿り着く。そして棚からビンを掴んだ。その拍子に物が落ちてしまうが、彼女は構おうとしない。ビンの蓋を開け、震える手で薬を取り出す。5錠ほどが出てくる。薬の規定量から見たら多いのだろうが、少女はそれを一気に飲み込んだ。すぐに手の振るえは止まり、荒い呼吸も収まる。
「な、何とかなったよ…」
そのまま深い眠りへと落ちて行くのだった…。
次はあさっての投稿です。