第3話 柚子の恩返し
おそらく借金返済を待ってもらう嘆願中だったであろうエイジさんと、銀行で気まずい再会をはたしてしまった。
「あ……ユズさん……」
エイジさんは、明らかにかなり動揺している。いや、そりゃそうだよね! 知り合いにこんなシーン見られたくないよね……。
エイジさんを担当していた銀行員も私の方を見てくる。加えて、カジノの支配人さんと銀行の支店長さんも、私の方を見て「お知り合いですか?」と聞いてきた。
全員からの視線を集めて、居心地が悪い。だが、ハタと気がついた。私はいまや大金を持っているのだ。もしかして、エイジさんのこと助けられるかも。
そもそも、砂漠でエイジさんに助けてもらわなかったら、街に辿り着く前に熱中症で死んでたかもしれないし。それに、エイジさんが的確に「転移局で手続きしろ」って教えてくれなかったら、見舞金ももらえなかったし、カジノにも行かなかったのだ!
「あの……あの人、命の恩人なんです。できたら、賞金で恩返ししたいんですけど、可能ですか?」
私の言い分に、銀行の支店長さんは驚いたようにカジノの支配人さんと顔を見合わせると、全員に「とりあえず、みなさん一旦応接室でお話しましょう」と言ってくれた。
◇◇◇
銀行の支店長さんは、エイジさんを担当していた銀行員さんからファイルを受け取ると、借入状況を確認しているようだった。そして、ため息をひとつ吐いてから、向かいに座ったエイジさんに向けて話し始める。
「龍堂さん、貴方の牧場で借入されている分の返済について、こちらの佐藤様から借金の肩代わりのお申し出がありました。お受けされますか?」
呆気に取られて、エイジさんはポカンと口を開いている。状況を飲み込めていないであろうエイジさんに私は慌てて、情報を付け加えた。
「あのね、エイジさんに助けられた後、カジノでスロットしたら、超大当たりしちゃって、私すごいお金持ちになっちゃったんだ。お願いだから、少しでも恩返しさせてほしいです」
そう言って私が頭を下げると、エイジさんはソファーから立ち上がって、私に「頭をあげてください!」と声を張り上げる。
「それに……そんな……そんなわけには……」
狼狽えた声のエイジさんを見て、私はため息を吐いた。ああ、固辞されそう。エイジさん見るからに真面目そうだもんね。こんな申し出受けてくれないか。
「正直なところ、佐藤様には『こんなこと止めなさい』と申し上げたいところですが、今ここで佐藤様の善意をお断りされると、龍堂さん、貴方は牧場のすべてを失うことになりますよ」
銀行の支店長さんは、眼鏡をクイッとあげて、エイジさんにお説教するような口調で告げる。エイジさんは拳を握りしめて屈辱に耐えているようだった。やっぱり、プライド傷つけちゃったかなぁ。失敗したかな。
「そこは、いま競りに出してる繁殖用の牝竜が売れれば、問題なく利息分と延滞金の返済は可能ですから!」
「でも、現状売れてらっしゃらないのでしょう?」
支店長さんの切り返しで、エイジさんは黙ってしまったが、私はちょっと閃いた。タダで借金返済してあげると言われるから、きっと抵抗があるのだろう。
「んー。じゃあ、私がそのヒンリュウ? ってのを買い取るのでは、どうですか?」
私はなるべく明るくアホっぽく、アイデアを口にする。
「え!?」
その場にいた全員から驚きの声と共に視線を集めてしまい、また気まずい雰囲気になってしまった。
「あ。もしかして、渡来人は買えないものですかね?」
「いえ……そんなことはございませんが、佐藤様、牝竜が何かご存知なのでしょうか?」
支店長さんがかなり困った顔で、私に語りかけてくる。いや、全くご存知ないです。すいません。ごめんなさい。
「いやぁ。よくわからないですけど、ヤバめのものですかね?」
しょんぼりした顔で、私は返事をする。
「……ドラゴン……」
小さく絞り出したようなエイジさんの発言に思わず、「は?」と不躾に返してしまった。
「……牝竜は、ドラゴンのメスのことだ」
ドラゴン? ドラゴン? って、あのゲームとかに出てくるモンスターとかのドラゴン??? 頭にハテナマークがたくさん飛ぶ。
「ちょっと、理解追いついてないですけど、この世界にはドラゴンがいて、そのドラゴンを売り買いしてると? え? なんのために? ペットですか?」
ため息をついてからエイジさんは、ソファーに座り直した。なにもわかっていない私に呆れているようだ。でもさ、この世界来たばっかりだし、そんなあからさまにため息つかなくっていいじゃん。
「競竜っていう、公共ギャンブルがあるんだ。渡来人が持ち込んできた文化なんだけど。そっちでは、ウマって生物を競争させてるんだろう? それをドラゴンを使ってやる。うちは、その競争竜の生産育成牧場」
「えー! 超面白そうじゃないですかぁ。まだ、全然よくわからないですけど、牝竜、俄然、欲しくなってきました!」
「ええええ……」
今度は私の方が立ち上がってしまい、両手を合わせて目を輝させる。エイジさんは困り果てた顔をしたけど、私はすごいテンションが上がってきたのだった。
「とにかく、その子見せてください! 諸々のお話はそれからにしましょうよ! ね! エイジさん!」
私の勢いに気圧されて、エイジさんは「わ……わかったよ」と頷く。そして、銀行の支店長さんの権限で、エイジさんの今日の返済期限は明日まで延長された。