第1話 島への片道切符
Re:flection、第1話です。よろしくお願いいたします。
―彼は云った
―同じ失敗は繰り返さない、と
―だが、例え、時間を巻き戻して、その時を過ごし、その失敗を乗り越えたとしても
―そのさきには、自らが望んだ”結果”なんて待ってなど、いなかった
―何度、繰り返したとしても、何度巻き戻しても
―あるのは、”終焉”なのだ
―それでも、彼は繰り返す
―たった一つの幸福を叶えるために
11月中旬PM
俺、緋彩蓮は中学校に行くことなく、自堕落な生活を送っていた。別に、クラスメイトからいじめられていたわけではなく、学年一の美少女に告白して失敗したから、通学を拒否しているわけでも、ない。ただ、行くことが面倒だと、感じてしまったのだ。だから、唯一の家族である妹、緋彩優莉の帰宅を待っていた。
「はらへった……」
ぽつりと呟いた一言は誰かに聞かせる訳で云ったことでは無い。何もできない自分に対して、云っているのだ。二人で生活しているものの、大半の家事は優莉がやっている。俺が出来る家事と云えば、せいぜい、部屋と風呂の掃除、皿洗い程度だ。だから、今、俺が放った一言においては、遅い昼飯でも頂こうと思い、冷蔵庫を開けた時に云った一言である。いつもは、優莉が俺の昼飯まで用意してくれていて、冷蔵庫に保存されているのだが、今日に限っては忘れていたのだろう、冷蔵庫に入っていたのは、調味料とペットボトルに半分程残っている2Lのお茶。俺は妹の手料理を諦め、常にストックしている、3分で食べれるカップ麺にすることにした。
紙製の蓋を開け、ポットのお湯をカップに注ぐ。あと、三分か。俺は特に何の目的もやりたいことも、ない。故に一日の半分は睡眠。残りは、日により、異なる。時には外出し、散歩はしているし、妹に頼まれた食糧品の買い出しもしている。雨の日にはそんな気分にもならないものだから、自室に籠り、読書に耽っている。
三分が過ぎたころ、正確には紙蓋を剥がしているときのこと。普段聞きなれない音が、リビングに響き渡る。数秒後にそれが、チャイムの音だということに気づくというほどにこの音にはご無沙汰だった。俺は重い腰を上げ、玄関へと向かった。
ドアを開けて、目の前に広がっていた光景。それは、5人ほどの黒いスーツの男性が棒立ちになっているという奇妙な光景が俺の家の玄関にはあった。俺は、そのとき、あまりにも奇妙な光景のあまり、ドアを閉ざそうとした……のだが、残念ながら先頭に立つ長身で細身の男性がドアノブを掴んだために、ドアは閉ざされることは無かった。はぁ、と俺はため息をつくと来訪者にマニュアル通りとも云える挨拶をした。彼らは、すぐに、応え云う。
「緋彩蓮、及び、緋彩優莉の両名は政府が運営する学園の生徒に選ばれた。中学を卒業と同時に両名には、政府が管理する島、桜花島に入島し、四月から三年間をその島で生活してもらう。両名には決定権はない」
俺はまたも、ため息をつき、云う。
「面倒だ、断る」
「決定権はないと云ったはずだが。これは政府が決めたことであり、その決定を覆すことは出来ない。何より、貴殿は特に決定権は無いはずだ。何故なら―」
「俺は、もうやめたんだ。今更―」
「まだ、貴殿は所属している。席を外したとしていても、一度在籍すれば、抹消されることは無い。一度は政府に忠誠を誓った身であること、忘れてはいないはずだ」
「忠誠を誓った覚えはない。今の俺は、普通の生活を送りたい」
「そうか、なら、丁度いい」
俺は彼の云う意味が分からず、訊き返した。
「なにが?」
「私は、最初に行ったはずだ。桜花島に入島し、学園生活を送るようにと。私は一度も、それ以外を命令した覚えはない」
「そうだな。だが、その学園生活が俺の望みである”普通の生活”とは懸け離れているように思えるんだが」
「なに、貴殿においては”普通”の学園生活を送れるさ」
「はぁ……その学園ってのは?」
「国民秘匿情報であるが、貴殿には先に話しておこう。政府が管理する桜花島は、現在研究開発中の”魔術”をカリキュラムとして取り入れ、将来起こるであろう”人災”に対処するため、作られた学園、魔術学園である」
「”人災”ねぇ……まぁ、いいや。俺はその島へ行かされるとして、本当に何もせずに”普通の生活”を送ってもいいんだな」
「あぁ、構わない。魔術と聞いて驚かないのか?」
「別に、興味ないんでね」
俺は、最初から存在する疑問を彼に投げかけた。
「で、なんで俺と妹なんだ?」
俺と妹が選ばれる理由。正直、俺が選ばれる理由は分からなくもない。だが、妹は”普通”の人間である。選ばれる理由など見当がつかないのだ。
「それは、魔術の適性があると判断されたからだ」
「へぇ、適正ねぇ。因みに訊くが、さっきから魔術といっているが、それはよく
空想物で描かれる魔術と受け取っていいのか?」
「あぁ、その解釈通りだ。一つ違うとすれば、よく描かれる魔術は魔力が生まれながらにして体内に備わっているが、実際は違う。魔力は一部の人間しか保有していない。故に、刻印を肉体に描くことにより、人工的に魔力を備わせ、行使させる。それが、政府主導の極秘プロジェクトの一部だ」
「刻印を描くことにより人工的に魔力を備わせる。それには代償はないのか?」
「ある」
早々と断言するものだから、呆れてしまうが、奇跡の力には、やはり代償はつきものか。そして、彼は云う。
「代償。適性のない者が刻印を受印すれば、数秒の内に欲のままに動く、獣と化す。最後には刻印が肉体を焦がし、灰となる」
「へぇ、で、俺たちのような適性のある者の場合はどうなるんだ?」
「あぁ、もちろん。適性のある場合は、自我を持ったまま、超常の力を発生させることが出来る。刻印を受印してから数日は肉体に熱を帯び、また、筋肉痛等の症状も確認される。それも三日程度でそれ以降は特に副反応は確認されていない」
「ワクチン接種みたいだな」
「あぁ、その程度だと受け取ってくれて構わない」
「はぁ、それを俺と妹は受けるのか」
「あぁ、受けてもらう」
「俺たちは人間をやめるってわけだ」
「一部の人間にしか行使できない、神秘の力なのだから、神に近づくわけだ。怪物には成り下がらない分、問題ないだろう」
「望んで、神に近づきたいなんて思わないがな」
「私はこれで、仕事を終えたという解釈で帰らせてもらうが構わないか?」
「あぁ、構わない。どうせ、俺が断っても強制っていうんだろう。なら、行くしかないさ。行ってやる。だが、俺は"普通の生活"を送るからな。もう、やめたんだ。だから、何もしない。それだけは彼奴らに伝えてくれ」
「あぁ、分かった。だが、緋彩、”普通の生活”を送ろうとしても、何かあれば、君は動く人間であると私は思っている。それが、”緋”の官位をもつ君の本質だからだ」
「……」
彼は俺に背中を向け、この場を後にする。
「じゃあな、先輩」
「あぁ、久しぶりに会えたと思えば、こんな形になってしまってすまないと感じている」
そして、彼は云う。俺が組織をやめた理由を彼は知っているくせに。
「君は責任を感じていると思うが、だれも君を責めてなど、いない。君はこの素晴らしく平和な国を5年もの間、影から支えたのだから。だから―」
「俺は戻らないよ。どれだけ、先輩が俺を戻そうと思っても。もう、戻らない。別に責任とか感じているわけでもない。ただ、あのとき、俺は何も感じることが出来なかった。だから、いつか、俺は怪物となる……そんな気がしたから。その前に辞めた。誰かが俺を止める前に。俺が自分を止められる間に」
「そうか。なら、これをあの地へ持っていくといい」
彼は振りむくと、俺の元へ差し出す。
「これは?」
そう云って、俺に手渡してきたのは黒い箱。黒い直方体の木製の箱。ずっしりとした重みが受け取った両腕に伝わる。
「忘れものだ。これは、君にしか使えない代物だからな。君を、君の大事なものを守るためのものだ」
「捕まらないか?」
「なに、見た目はあれだが、中身は別物。ばれてもせいぜい玩具だと思うだろう。それに、聞いた限り、持ち物検査はないとのことだ。なら、問題はないだろう」
少しの間、沈黙は生まれた。それは、別れの挨拶には丁度良いもので。
「最後に一つ…………三年後、この地に戻ってくるその時まで。私は待ち続ける。別に組織に戻ってきてほしいというわけじゃない。ただ、生きて帰ってほしい。それが、今の私の望みだ。じゃあ、またな、緋彩」
そして、彼は再び、俺に背を向け、今度はゆっくりとした足取りで帰っていった。
普段はこの時期に振ることのない真っ白な綿のような白雪が舞い落ちる。もう、初雪の季節か。俺は灰色の空をただ、眺め続けた。
こんばんは、Shirousagiです。本作、Re:flection、第一話読んでいただき、ありがとうございます。本作は魔術学園の女神様(読み切り版)を基に世界観を一新して執筆しました。活動報告等では、4月の投稿予定でしたが、執筆が遅れ今に至りました。申し訳ありません。今後は、予定通り、投稿できるよう執筆してまいります。次回の投稿は二週間後の金曜日午後5時です。今後ともよろしくお願いいたします。