IF・EP03 女神様と6時限目
遂に新規エピソードを投稿です。よろしくお願いいたします。
心臓に悪い昼食を終え、今は6時限目の原文の時間。俺自身、原文は得意なほうだ。教科書に載る物語を読み解き、筆者の考えを応えることや、物語の展開を考察するとか。だが、今の俺にそんなことできない。何故なら、今が六時限目だからだ。俺が云いたいこと、それは食後だから眠く、思考が麻痺しているということだ。更に云えば、この席は窓際、陽のあたりがよく、とても心地よい。その上、原文の教師は常に液晶の黒板と睨めっこし授業を進めるスタイルなのだ。ここまで、条件がそろってしまえば、寝ないわけにはいかない。そう、結論づけると、俺は瞼を閉じた。
「緋彩さん……大丈夫ですか」
心地よい響きが俺の右耳元から微かに聞こえてくる。
「ばれちゃいますよ……成績、悪くなっちゃいますよ……」
耳に響いてくるのは心地よい囁き声。まるで、それはASMRのような心を落ち着かせるものだった。
「ふぅ」
耳元に掛かる吐息。甘い香りが鼻孔を擽る。
「緋彩さん、なかなか、起きませんね……では、これはどうでしょう?」
停止していた思考は急激に覚醒した。だが、なぜこんなことになっているのか状況が理解できず、彼女へ問う。
「何やってるんだ?水無月さん」
「あら、ばれちゃいましたか、残念です」
「残念じゃなくて、今授業だろう、ちゃんと受けなくていいのか?」
「どの口で云っているのですか?」
確かに人のことなど云えたものではない。だが、
「こんなことして、周りにばれたらどうするんだ?」
「どうしましょうね?」
優秀な彼女ともあろうものが、真面目に受けないなどバレれば……
「まぁ、バレることなんてありませんよ」
バレることはない。それはあまりにも非現実的すぎて、すぐに一つの結論へと向かった。
「おい、まさか……魔術か」
「ご名答、認識操作の魔術です」
認識操作とは人間の五感情報を操作する魔術の一種である。人間は五感で得た情報により、それを取捨選択することにより、認識する。認識操作はその五感情報の取捨選択という部分を操作することである。取捨選択によってはその場に俺たち二人が他の者と同じく勉強しているという認識を与える、又は、存在そのものをいなかったという認識を与えることも可能である。そして、この魔術は彼女が得意とする魔術であった。得意というだけはあって、そもそも、術式が展開し発動されたことに気づかなかった。それは彼女が魔術操作に長けていることを意味している。
「おい、魔術は……」
「バレなければ、校則もあってないようなものですよ」
「”女神様”が云っていいことでは無い気がするのだが……」
「私は自分を”女神”だなんて思ったことないですよ、私だって人間ですから、何だってしますよ」
「まじか……」
ここの校則って、普通の学校の罰の重みが全く異なるのは俺の気のせいなのだろうか。
「まぁ、そんなことはいいとして、寝てて成績は大丈夫なのですか?」
意外そうに彼女は云ってくる。当然だろう。勉強は授業で習ったことを、復習することにより、記憶するのだ。それだというのに俺が授業をまともに受けずに、成績が良いのだから彼女にとっては不思議なのかもしれない。その授業を初めて受けたという前提であればの話であるが。
「俺は運がいいのかもな」
「運だけで成績など、良くなりませんよ」
「かもな」
彼女に知ってもらおうなど、思っていない。俺はただ、ごく普通の”日常”を彼女と歩むのだから。
「そうですか、では、こうしましょう」
彼女は指でパチンと鳴らすと、術式は一瞬にして教室を飲み込んだ。やはり、発動させるということを意識していなければ、気づかない。
「ここを……緋彩くんに解いてもらおうか」
「こんなこともできるんですよ、緋彩さん」
今にもえっへんという自慢げな声が聞えそうな態度を見せる彼女は小声で囁く。
俺ははぁ、とため息を誰にも聞こえないよう吐きつつ、席を立つ。黒板を伺い、解く内容を把握する。これなら……
意地悪な表情を見せる彼女を眺めつつ、俺はその問いに答えた。
「うん、合っている」
教師は俺の解答を聞き終え、ただ、一言、そう云った。俺は席に座りなおすと、隣では残念そうな表情の彼女がこちらを見ていた。
「残念だったな」
「そうで……いえいえ、そんなこと思ってなどいませんよ」
表情を引き攣らせつつ、いうものだから、バレバレだ。小悪魔だな、と一言云いたくもなったが、今は授業中だ。やめておこう。
「緋彩くん、授業中は寝ないようにな」
と教師から、注意を受けてしまった。黒板しか見ないくせによくわかるな、と思ったが、今更だが、黒板と云っても、正確にはモニターという液晶画面にタッチペンで書いているのだ。モニターが日の光に反射すれば、わざわざ、生徒を見なくても、見えるというわけか。
「あら、先生にばれていたようですね。私が気付く前から、先生は気づいていたのかもしれませんね」
またしても、意地悪な顔を見せる彼女。
「みたいだな」
「はい、気を付けます」
そう一言だけ俺が云うと、クラスメイトはくすくすと笑う。どうせなら、彼女が魔術を使っていたこともバレればいいのにとすら思ってしまった俺だった。