劣等感
「お姉ちゃん、結婚するってよ」
進学、就職で実家を出て5年。2時間かけて東京から地方の実家に帰って、早々に私に告げられたのは「お帰り」よりも姉の結婚報告だった。
「……ふーん。良かったじゃん」
それだけ母親に返すと自分の荷物を持ち、かつて使っていた部屋に行こうとするが、母親に止められる。
「美月が使ってた部屋、使えないわよ」
「何で!?」
「だってお姉ちゃんの衣装部屋みたいになっているもの」
仕方ないじゃないとでも言うように、顔に手を当てながら言う母を恨めしげに見る。
「2泊でしょ??客間使いなさい」
そう言うと、母はキッチンに戻っていく。
納得いかないが、取り敢えず荷物だけ客間に持って行き、それから2階の自室を見に行く。
「本当だ………」
ドアを開けてびっくり。私が幼少から高校卒業するまで使った部屋は、衣装ケースやハンガーラックが所狭しと置かれている。私の好みではない、ピンクや黄色のミニスカートやファーがふんだんに使われている上着等沢山あった。
「……私とは合わないな」
部屋中の服を見渡してからそっと部屋を出る。
私は姉の結月と弟の皐月の3人きょうだい。5歳離れている皐月とはそれなりに仲が良いと思っている。が、2歳年上の姉の事は昔から好きになれない。自由奔放で自己中で、自分が常に世界の中心じゃ無ければ気が済まない。そう育ったのは両親が原因だ。最初の子供だからか、特に姉の事を可愛がっていた両親は、幼い頃から姉のお願いは何でも聞いていたし、何かと私と皐月を姉と比べては批判していた。
そんな両親と姉が嫌で、私と皐月はいつも2人でいる事が多かった。進学や就職で、お互い家を出てからも連絡は取り合っている。が、2人とも姉とは連絡を取っていない。
正直、姉の結婚なんてどうでも良かった。今まで私の彼氏を何度も横取りした人が、幸せになるなんて信じられない。僻みかもしれないが、私は祝いたくない。
専門学校への進学がきっかけで実家を出て、ずっと実家にいる姉の話を聞く事も無いだろうと思っていたが、甘かった。親の話題といえば姉の話か、仕事の愚痴しか無かったのを思い出した。
姉は出掛けているのか、夕食は帰宅した父と3人で食べる事になった。ただひたすら母から姉の結婚相手の話を聞かされる。
「お姉ちゃんの結婚相手の人ってね、不動産会社の社長の息子さんなんですって。『高園寺竜一』さんって方なんだけど」
「ふーん」
大きな不動産会社なはずだ。「高園不動産」という看板を見た事ある。確か本社は東京だった。
「………何で東京にいないのに知り合うの??」
実家から出ていない姉が知り合うはずが無いと思うが「紹介だって」と言われる。
「お姉ちゃんの会社の先輩が、高園寺さんの大学の後輩なんですって。それで知り合ったみたいよ。1ヶ月前に」
「1ヶ月前!?よくそれで結婚まで決まったね!?」
そもそもの関係が最早他人みたいな関係なのに、よくその御曹司も1ヶ月で結婚を決めたものだ。
「何でもお姉ちゃんが猛アタックしたみたいよ」
なるほど。姉の押しの強さに負けたのか。無駄に意志の強い姉だ。無理やり話を進めたのだろうと納得する。そして聞いてもいないのに母は、その御曹司がやれイケメンだ学歴だ高収入だと話し続ける。聞きたくもないのに聞かされるのはご飯が不味くなる。結局、ずっと黙っていた父に「もう止めなさい」と止められるまで話は止まらなかった。
夕食後、お風呂に入り客間で休もうと思ったが、急遽帰り支度をする事にした。もう1泊するつもりだったが、これ以上母の話を聞きたくないと思い出したばかりの荷物を片付ける。そもそも今回の帰省だって今まで暮れ正月にも帰省しなかったので、有給消化も兼ねて三連休を取ったのに、友達とタイミングが合わず遊びにも行けなかったので帰省したまでだ。出来れば今回の帰省を最後にしようとも思っていた。休みを無駄にしたなと思っていると、皐月から電話が来た。
『もしもし??美月姉??』
「……そうだけど」
『…めっちゃ不機嫌じゃん。実家どう??』
ブスッとした声で出たせいか、皐月に機嫌が悪いのがすぐにバレる。
「どうもこうもないよ。相変わらずお姉ちゃんの話。知ってる??結婚するってさ」
『は??誰が??』
「お姉ちゃん」
皐月にはまだ知らされてなかったようで、電話口で「信じられねー」と言っている。
『何処の物好きよ、結月姉と結婚するなんて』
「高園寺竜一って人」
『高園寺……??聞いた事あるな』
「不動産会社の御曹司だってさ。ずっとその話聞かされて嫌になったから明日帰るわ」
『早っ。2泊する予定だったのに』
「いいのよ。いても楽しくないから。じゃあね」
『おー。また連絡するわ』
早々に皐月との電話を終わらせ、再び荷物整理をする。荷造りを大体終えて、小さく溜息を吐く。改めて感じるのは、この家には私の居場所は無いらしい。両親は何とも思ってないだろうが、皐月が寄り付かないのも分かる。やっぱり今回の帰省で最後にしようと決めてさっさと寝ようと布団に入り、電気を消した。
翌朝、何時もより早く起きるとリビングへ向かう。日曜だと言うのに、母はもう起きて朝食の準備をしていた。その後ろ姿に「おはよう」と声を掛け、コップに水を貰う。
「おはよう、早いのね」
私を見ずに母は言う。味噌汁を味見しているのを横目で見ながら「うん」と答える。
「もう1拍するつもりだったけど、朝ご飯食べたら帰るわ」
「あら、そうなの??分かったわ」
止められるかと思いきや、母はあっさり了承する。聞こえないように、溜息を吐くと「お姉ちゃんは??」と聞く。
「もうそろそろ帰るって連絡あったわ。昨日友達と随分遅くまで飲んだみたいで。友達の家に泊まったんだって」
「ふーん」
姉に友達がいた記憶が無いので不思議に思う。同性からは嫌われるタイプなので、遅くまで仲良く飲むような人がいるとは思えなかった。
母が用意してくれたご飯を食べていると、父も起きてきた。
「なんだ美月、早いな」
「うん、もう帰るから」
「帰る??随分急だな」
「ちょっと用事思い出して」
「……そうか」
それだけ言うと、父は新聞に目を通す。私もそれ以上は何も言わずにご飯を食べ終える。食器を片付け、身支度を整えて早々に家を出る準備を進める。8時前には準備を終え、まだリビングにいた両親に「じゃあ、帰るね」とだけ挨拶して玄関に向かう。もちろん、両親は見送りには来ない。今までもそうだったので、変わらないなと思いつつ靴を履く。
鍵を開け、扉を開けると「わっ!!」と驚く声が外から聞こえる。聞きたくない声だが、聞き覚えのある声に思わず顔をしかめる。目の前にいたのは姉の結月だった。
「あれ??美月、帰ってたの??教えてよ、そしたらご飯行けたのに〜」
「……おはよう。一応、親には言ってたんだけどね。もう帰るからいいよ」
姉の横をすり抜けるように外に出る。姉はまだ何か話したそうにしてるけど、気付かないふりをする。だが、そんな私にお構い無しに姉は「そうそう」と話し掛けてくる。
「私、結婚するんだ〜」
「……知ってるよ。お母さんから聞いた」
私の素っ気ない返事に面白くなかったのか自慢話をしてくる。
「相手はね、不動産会社の御曹司で凄いイケメンなんだ〜」
「ふーん。せいぜい本性バレないように気を付けてね」
これ以上聞きたくなかったので、嫌味だけ言って駅に向かう。後から「何よそれ!!」と文句が聞こえたが知らないふりをした。
実家への帰省から3ヶ月後。姉の挙式が2週間後だと親から連絡が入る。急に連絡来ても休み等調整出来そうに無かったので「仕事だから無理」とだけ返した。「薄情な子ね」と言われたが、母には言われたくなかった。皐月からも連絡があり、挙式前に母と姉で北海道に旅行に行くそうだ。父は仕事で行けないらしい。どうでも良かったので「ふーん」とだけ返しておいた。どうせ私達の分のお土産は無いだろうからと思っていると、皐月も同じ事を言っていた。
数日は何も連絡無く、仕事と家の往復だけだった。ある日仕事中に父から連絡が入った。無視していると、何度も掛かってくるので5回目の着信で会社の廊下に出てから電話に出る。
「もしもし??今仕事中なんだけど『………落ち着いて聞いてくれ』…え??」
いつもに増して神妙な声の父に疑問を抱きながら続きを待つ。
『母さん達が亡くなった』
「………どういう事??」
『事故らしい。今から北海道に行って来る。詳細は追って知らせる』
「……分かった」
それだけ言うと、よっぽど急いでいるのか父はすぐに電話を切る。一応、皐月にもメッセージで連絡を入れ、室内に戻り上司にも伝える。
「すみません、今父から連絡がありまして…。旅先で母と姉が亡くなったそうです」
「えっ!?仕事してて大丈夫なの!?」
淡々と告げる私と正反対に、上司と周辺にいた社員が慌てる。
「父が今旅先に向かいましたので、連絡待ちです」
「取り敢えず今日の仕事はもういいから家に帰って!!詳細分かったら連絡して!!」
「え、いやまだ仕事が「いいから!!他の人に頼むから!!」……分かりました」
有無を言わさず上司が帰るよう促すし、他の社員も帰るように言うので、大人しく帰る事にした。
夜になり、父から連絡があった。母と姉は北海道で旅行中、レンタカーを運転していたら、居眠り運転していた大型トラックに正面から突っ込まれて亡くなったとの事。父が2人の遺体を引き取り明日には実家に戻るそうだ。皐月にも伝えると、取り敢えず実家に行くみたいなので、私も行くと伝え準備をする。
あんなにも嫌っていた姉と母が亡くなり、流石に泣くかと思ったが涙なんて全然出てこない。喪服を準備しながら2人との思い出を振り返るが、いい思い出が無い。そんな人達の葬儀に出てどうするんたろうと思い虚しくなる。これで最後だと思い、実家に向かう。
葬儀は粛々と行われ、参列者は親戚一同と姉の会社の人など数人だった。その中には姉の婚約者の高園寺竜一もいた。葬儀の一切が終わった後に何やら父と話しているようだが、私と皐月は特に気にもしなかった。
「あの人、結月姉の婚約者??何話してんだろ」
「さぁ??婚約破棄の慰謝料とかじゃない??」
「不貞があっての破棄じゃないんだから、流石にそれは無いでしょ」
「気になるなら聞いてくれば??」
本当に気になったのか、皐月は小走りで父の元に行き話に混ざった。それを横目で見ながら葬儀の後片付けを手伝う。
片付けも終わり、参列者達も帰り、後は私達だけになった頃に父と皐月が戻ってきた。
「高園寺さん、元々結月姉と結婚する予定では無かったみたいだよ??」
皐月の口から信じられない言葉が出てきた。
「どういう事??」
何でも、姉の猛アタックを受けたのは事実らしいが、半年程海外に行くので、早々に1人にしてしまうからと最初は断ったらしい。が、姉がその前に結婚してしまおうと躍起になって動いたみたいだ。最後まで人騒がせな姉だ。
「でも、婚約はしてたんでしょ??」
「高園寺さんは乗り気じゃ無かったけど、女性に恥をかかせる訳にはいかないからって事で応じたらしいよ」
「モテる男も大変ね。皐月も変な女に捕まらないようにしなさいよ」
「職場は男所帯だから大丈夫だよ」
皐月は苦笑いして答える。一方、父は婚約も姉の暴走と分かった上で葬儀にも参列してくれた高園寺に感謝していた。
「……私は仕事に戻るけど、お父さんあの家に1人で住むの??」
私も皐月も実家に戻るつもりは無かったので、父は1人になってしまう。父は暫く無言だったが、首を横に振り答える。
「いや、あの家は売る。そして俺の実家に戻るよ。2人にも中々会えなくなるな」
父の実家は熊本だ。今よりも移動距離があり、そう頻繁には帰れそうにない。皐月が何か言おうとしていたが「いいんだ」と父が遮る。
「2人には悪いと思っている。結月にばかり構って、寂しい思いをさせたな。申し訳ない」
そう言って頭を下げる父の姿を見て、こんなに小さかったかなと思う。母も我が道を行く人だったので父も強く言えなかったのだろう。
「これからは2人の人生を遠くから応援しているよ。何か困ったら遠慮無く言ってくれ。今までの分、全力で応えるから」
そう笑いながら言う父だが、目は笑ってなかった。2人を亡くした喪失感がまだまだあるのだろう。正直、父を頼る日が来るとは思えないが、その言葉だけは覚えておこうと思い「分かった」とだけ伝えて会場を後にした。
その後は、何時もの平穏な日々に戻り皐月とは相変わらず連絡を取りつつ、皐月経由で父の近況報告を受けていた。勤めていた会社を辞め、熊本に戻りミカン農家を始めたそうだ。出来たら送ると言っているらしい。
姉と母の葬儀から1年半。慌ただしい出来事もなく、私は平穏な日々を過ごしていた。
「これで君の思い通り??」
「………そんな事ないわ。偶然よ」
竜一はソファに腰掛ける私を後から抱きしめながら言う。
「悪い子だね。自分のお姉さんの元婚約者と結婚するなんて」
「勝手に婚約したのは貴方でしょ??私はそんなの望んでいなかったのに。知らないふりをするのも大変だったのよ」
「こうでもしなきゃ美月は俺と結婚してくれなかっただろ??」
竜一はそっと優しく私の頬にキスを落とす。「くすぐったい」と伝えると竜一は優しく微笑む。そして、窓際に行きカーテンを開け大きな窓から外を見下ろす。都内の高層マンションから見下ろす夜景はさぞ絶景だろう。
実は私と高園寺竜一は交際していた。私が勤めているのが高園不動産と取引のあるシステム会社で、Webデザインの打合せの際に知り合った。竜一が私と交際していると言って断り続けていた飲み会に、数合わせで行った時にある女性を紹介された。その女性が姉だった。竜一から話を聞いた私は、また姉に奪われると思い不安になったが、竜一は姉を選ばなかった。
私が姉と両親を良く思ってない事を知っていた竜一は、姉に一泡吹かせたいと私に提案してきたのだ。私は極力関わりたくなかったので、やり方は全て任せた。まさか婚約までするとは思わなかったので、結婚すると聞かされた時は冷や汗をかいた。そのまま竜一の元から離れようかとも思ったが、それは竜一が許さなかった。
黙っていようと思ったが、竜一は律儀に葬儀の際に父に話したらしい。父は「そうでしたか」とだけ言い納得したように頷いたらしい。竜一が海外に行っている間に父から聞いた。父は「結婚する時は連絡下さい。お祝いします」と言っていた。照れ臭いが、一応その時は連絡しようと思う。
今は竜一と同じマンションで暮らしている。もちろん、高園不動産所有だ。竜一には甘えてばっかりなので、せめて仕事は続けて経済面では甘えないようにしている。竜一は気にしていないようだが、私が気にする。
「…………私は、姉に恨まれるかしら」
竜一の背中に問いかけるように呟くが、竜一は何も答えない。もちろん、私も答えを欲しくて聞いた訳では無い。
「……結局、姉の事が嫌いだったのは劣等感からよね」
「劣等感??」
竜一は振り向きながら聞き返す。
「両親の関心は常に姉だったから。姉と比べては構ってくれない両親、それを当たり前と思っていた姉。どうにかして両親の関心を自分に向けたくて、姉を嫌ったんでしょうね。でも両親は全く気にしていなかった。私は姉と違って可愛げも無いし、勉強が得意でも無かったからテストとかで褒められる姉に劣等感を持ったのよ」
私の言葉に優しく微笑みながら竜一はカーテンを閉めてソファに近付く。
「それでもさ、美月の両親はお姉さんから離れなかったと思うよ」
私の隣に座りながら竜一は言う。
「でも、大丈夫。その分俺が愛してあげるから」
ニコリと笑いかけながら言う竜一に、こっちが照れてしまう。顔を伏せようとしたが、聞きそびれていた事を思い出した。
「結局、聞かなかったけど本当に姉と結婚するつもりだったの??」
我ながらアホな質問だと思う。たった今私に甘いセリフをくれた人にする質問じゃない。
「……それ、今聞くの??」
私の肩に手を回し、キスでもしようとしていたのか、顔を近付けていた竜一は顔を引き攣らせながら聞いてくる。
「………ごめん」
「いや、いいけどさ」
肩に回した手はそのままで、私の体を引き寄せ私の肩に顎を乗せる。
「本当はさ、婚約して挙式の日程まで決まったから何処で婚約破棄しようかな〜って思ってた。一番良いのはいくらお金払ってもいいから、挙式当日にキャンセルかなって」
恐ろしい事を言い始める竜一に固まってしまう。竜一というか、高園不動産にも迷惑被ってしまう。
「まぁ親父には話してたし、式場決まった時点で式場にも伝えてたから金銭的に問題は無かったよ」
「大問題しか思い浮かばないんだけど……」
「今まで美月にしてきた事よりは軽いでしょ??」
平然と言う竜一だが、後で竜一のお父さんには謝罪しようかと思う。
「もう終わった事だからさ、気にしないで。飲み会とかは全部断ってるから」
私を安心させようと髪を静かに撫でながら、私の返事を待たずにキスをする。そのままソファに押し倒されたので「電気は消して」とだけ告げ、後は竜一に身を預けた。
数ヶ月後、私は竜一と結婚した。皐月は驚いていたが、父は泣きながら喜んでいた。姉と母がいたらきっと私の結婚を喜んでくれるのは、皐月だけだっただろう。父が喜ぶ姿に少しモヤモヤするが、まぁ良しとしよう。2人の墓参りも兼ねて墓前に竜一と報告に来たが、2人はどう思うだろうか。姉は怒り狂うのか、母は結婚自体認めないだろうか。でも、もう私を咎める2人はいない。晴れ晴れとした気分だが、少しは申し訳無さもある。が、竜一が選んだのは姉ではなく私なんだと自信を持つ事にする。死人に振り回されるのは勘弁して欲しい。
そう思いながら、長い時間手を合わせていると竜一が立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
そう言って歩き出したので、私も立ち上がる。
「うん」
それだけ言うと、竜一の後を小走りで追った。
毎回長くなってしまう……
次は短く仕上げたいなぁ……。
※11.13 訂正・付け足し行いました。




