最後の登校
荷物は昨日のうちに集荷所へと持っていった
私はトランクにしばらくの荷物と、両親から多めのお小遣いと、私名義の通帳とを貰った
お年玉がコツコツ貯められた、可愛らしい通帳だった
「じゃ、行ってきます」
「私たちも後から行くから。ちゃんと見送らせてね」
母親の声を背中に聞きながら玄関を出る
ガラガラとトランクを引きずりながら、見慣れた景色を不思議な気分で歩いていく
少しすると何度も登った見慣れた坂があって、その上に学校がある
この時間は同じ制服を着た子たちが、わらわらと坂に集って、そこここに固まりながら、おしゃべりをしながら歩いている
「おはよー!」
背中からの声に驚いて振り向くと佳奈がいた
「あれ、珍しい。いつももっと早いのに!」
私が言うと、今日は電車じゃないからと笑った
「送ってもらったんだ。で、ちょうど有希が見えたから降りたの!
ねぇねぇ、何その荷物? 有希、引っ越し先決まったの?」
私は、あー…と視線を泳がせた
それから、ずっと怖くて封筒を開けられないでいたことと、新しい住所を佳奈に伝えた
佳奈は目をキラキラさせて、都会だーとハシャいだ
「落ち着いたら遊び行っていい?」
ねぇねぇと、嬉しげに腕を絡める
私は、そんな佳奈の様子にホッとしながら、勿論と答えた
「佳奈はおじさんのとこ手伝うんだよね?」
「そー。お土産屋さんみたいな、雑貨屋さんみたいなとこ」
でも多分暇だからと笑う
「毎日お店のお掃除して、ポップとか作るのかなぁ? 人と話すの好きだから、お客さんとおしゃべりしてようと思って」
おじさんのとこだから気が楽だし、利益も考えてないし、と
「佳奈は…しばらくは引っ越さないの?」
うん、と佳奈は頷く
「お金貯めて…といっても、おじさんのとこほとんどお給料ないんだけど…欲しいもの買えるだけ買って、満足したら…有希みたいにどこでも行こうかな?」
おじさんのとこがつまらなかったら、どこか仕事応募してみるよ、と佳奈は笑う
「あたしさぁ、昔のドラマに出てくるキャリアウーマンに憧れるんだぁ。だからせめて格好だけでも、そんな風にしたいの」
「そっか…」
それは今でいう、弁護士とかなのかな? と思いながら私は頷く
「有希は働かないつもりなんだよね?」
ひょこ、っと佳奈が顔をのぞき込んできた
「私は…」思わず立ち止まり、目を泳がせる。
それから、もういいか、と思った
「小説を書きたいの。それでいつか有名になれたら嬉しい」
佳奈は、いいねいいねと、また目をキラキラさせる
坂はもう登りきって、学校がすぐそこにあった
「小説家じゃないけどさぁ、SATCのキャリーとか憧れるよねぇ」
「そうね…」
私は、ぼんやりと学校を見上げながら答えた
目に入る桜並木に、そういえば兄に似た人を見かけたのもこの坂の上だったと思い出していた